1.クレヨン
「とうさま、とうさま」
幼児特有の高い声――それでも不快には思わない――で呼ばれ、振り向けば、
「・・・・・・お前・・・それ・・・」
「どうです?かあさまみたいです?」
自分の膝上程度の背丈しかない幼女の、本来なら淡いピンクの唇は、
「・・・クレヨン・・・?」
「かあさま、いつも『おけしょ』しているでしょ?まーやもしてみたです。
ねぇとうさま、まーやもきれいですか?」
にぱ、と4歳児らしい笑みを零すその唇は、笑みとは反対に年齢に不釣合いな赤。
利き手は父親に似たのか、紅葉のような左手に握られた、真っ赤なクレヨン。
恐らくは母親の仕度風景を見て、真似をしたのだろう。
口紅の置き場所は分からないから、おもちゃ箱のクレヨンを使って。
いや、そもそも口紅とクレヨンの違いなど、判っていないのだろう(どちらも顔料を油脂で固めた物であるから、似ているといえば似ているが)。
男児より女児の方が色気づくのが早い、とはよく聞くが。
はぁ、と一つ溜め息をつく。
「・・・とうさま?」
父親の、喜ばしいとは程遠い表情に、流石に叱られると思ったのか、
恐る恐る見上げる大きな瞳。
その、母親よりはやや明るい蒼の瞳に、己の紫暗を合わせた。
「摩耶、そんな物を塗ったら、お前がクレヨン臭くなって、計都がお前の事を判らなくなってしまうぞ」
途端に、大きな瞳がみるみる潤み始めた。
「やー!そんなの!」
「だったら早く洗面所に行って、石鹸で顔を洗って来い。クレヨンを元の所へ戻してからだ」
父親の言葉に、摩耶と呼ばれた女児は猛烈な勢いで部屋へと向かった。
「一体どうしたんです、摩耶?急に甘えん坊さんになっちゃって・・・」
生まれたばかりの第3子を腕に抱きあやす計都は、長女が急に赤ちゃん返りしてしまい、困惑顔だ。
第2子が生まれた時も、第3子が授かったと知った時も、別段問題行動はなかったのに。
母の背と椅子の背凭れの間に無理やり体を挟み込み、母の背にしがみ付く摩耶を見て、三蔵はまるでコアラの子だとこっそり思った。
「いいじゃねぇか。別に永久にそのままなわけじゃねぇんだ、ほっときゃそのうち治るだろうさ」
「もう、それって楽観的過ぎるんじゃありません?」
「そうでもねぇだろ」
むしろ逆といえる。
唇を紅く塗った愛娘を見て、このまま親離れしてしまうのでは、と不安に駆られたくらいなのだから。
何にせよ、昼間自分が摩耶に言った脅しは、計都に聞かせない方がいいと、コーヒーを飲みながら口の端を上げた。
この家に於いて、子の親離れより親の子離れが遅くなるのは、決定事項のようだ。
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あとがき
90%のもの書きさんが天界悟空をメインにするであろうこのお題。
香月は残りの10%に属します。
あ、一応パラレルで、三蔵様は当館オリキャラ計都との間に3人の子供を儲ける設定。『摩耶』とは釈迦の母親である摩耶夫人(まやぶにん)に由来しています。 |
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