5.釣りをする人
行く河の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず。
なんて言葉があったっけか。
確か人生の無常を表した物語か何かの文頭らしい。
変わりなく見えるものも、少しずつ、しかし常に変化していく。
普遍のものなど在りはしないのだ、と。
下界に降り立つ機会の多い俺達軍人には、その言葉はよく解る。
実際こうやって腰を下ろしている岩も、適度に日差しを遮る木々も、次に此処に来る時にはすっかりその形を変えているだろう。
もしかすると、この眼下に見える河の流れすら変わっているかもしれない。
「――引いてますよ」
背後から掛けられた言葉に返すより先に、竿を握る手に力を入れる所は、我ながら軍人気質だと思う。
戦場に於いて、余計な口は命取りだ。
逃げる相手と竿を引く自分との力の攻防という点で、ここは小さな戦場と言えるだろう。
程なくして、俺の力に屈服した魚が釣り上げられた。
「お見事」
「おう、お前さんが抜群のタイミングで声掛けてくれたからな」
俺の背後でこの攻防を終始見ていた人物――天蓬元帥――の方を向くと、食うか?と獲物を持ち上げる。
「ホントに貴方って、天界人とは思えませんよね」
無殺生って意味知ってますか?と肩をすくめる当の本人も、言うほどキレイな生き方をしてきたわけではない。
俺達軍人は、天勅の下討伐という名の殺生を繰り返してきている。
だがそうしてこそ、自分が『生きている』気がするのだから、我ながら始末が悪い。
目の前の奴の言う通り、天界人らしくないと言われるかも知れないが、俺もコイツも、あんなお綺麗な振りして澱みきった世界には、そう長く居続けられないだろう。
既に、上層部でキナ臭い動きが出始めているのだ。
「お宅も人の事言えないでしょーが。俺達結局、天界には相応しくないんだぜ」
「あはははは、じゃあいっそのこと、2人で西海竜王閣下に辞表出しちゃいましょうか」
「いーねぇ、それ。竜王の旦那、泡を食うだろうぜ」
「いやぁ、案外厄介払い出来て小躍りするかも知れませんよ?」
「うわそれ見てぇっ」
呵呵大笑する俺達の眼には、同じ光と同じ影が宿っていた――
「でも軍を辞めたら、あの部屋出ないといけないんですよね。本や美術コレクションの梱包、手伝っていただけますか?」
「何で俺が!?」
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あとがき
Word vol.3を読んだ直後から書き始め、vol.5読んだ直後に書き上げた話です。ちょっとでも軽くしようと最後の台詞を付けて見ましたが、それでも痛い(涙)。
2人に哀悼の意を込めて。(2008.09.18) |
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