07.毀れた弓
西方軍第一小隊元帥の執務室は、ある意味地上――桃源郷――に似ているかも知れない。
天界下界あらゆる地域の書物や置物(それが本来置物という位置付けを為されているかは別として)がごちゃまぜになり、混沌の世界を創り出している。
――と言えばまだ聞こえはいいが。
「だああああぁっ!!何をどうすりゃたったの1週間でこんだけ散らかせるんだっ!?」
「それはですね金蝉、ある兵法書を読んだらそれに載っていた武器の詳細を調べたくてその時代の武器について書かれた――・・・」
「説明せんでいいっ!」
「自分から聞いたくせに、失礼ですねぇ」
「それが失礼だってんなら、この状況は失礼だと思わんのか!片付けろ!掃除しろ!でもって風呂に入れ!」
「要求が多過ぎます」
「諸悪の根源が、しれっと言ってんじゃねぇ!・・・・・・っ(くらり)」
「わー、大丈夫、金蝉!?」
「あはははは、怒鳴り過ぎて貧血起こしちゃったみたいですねぇ」
「はー、体力皆無のお坊ちゃまが、自分のキャパ超えて大声出し続けるから・・・をーい旦那ー、生きてるー?」
「・・・・・・・・・」
「頷くことも出来ねぇって、重症だな。
取り敢えず、お宅のタッパで倒れられると色々邪魔。ソファにでも横に・・・なれないか、こりゃ」
来客用のソファの上にも、本がどっさり積み上げられている。
そもそもこのソファが文字通り来客の為に使われたことなど、ついぞないのだが。
(唯一の客たり得る金蝉の神経は、散らかった部屋でくつろぐような図太さは持ち合わせていない)
「あーもー、しゃーねぇな、おい天蓬、このお坊ちゃま寝室に放り込んどくぜ?」
「どうぞ。あ、僕のコレクションにつまずかないようにして下さいね?」
寝室は寝室で、天蓬が下界から集めてきたコレクションが所狭しと並べられているのだ。
「天ちゃん、金蝉大丈夫?元気になる?」
「・・・大丈夫ですよ悟空。暫く横になっていれば良くなります」
一瞬返事が遅れたのは、『(悟空のように)元気な金蝉』を想像してしまったからであるが、幸いにも当人が知ることはない。
金蝉が隣室に篭ったことでかえって片付けははかどり、床を埋め尽くしていた物の仕分け(ゴミか否かの分類が難しいのは、捲簾や悟空が生まれて初めて目にするようなブツが多いからだ)がほぼ完了した頃、
「・・・天蓬・・・」
「あぁ金蝉、起きて来て大丈夫ですか?」
「おー、ようやく復活か。てか一番大変なところをサボりなすったね旦那」
「金蝉、もう平気?倒れたりしない?」
「あぁ大丈夫だ。・・・ところで天蓬・・・その、これなんだが・・・」
先程まくし立てるように怒鳴っていたのと同一人物とは思えない歯切れの悪い口調で、ぼそぼそと話す金蝉。
まるで、粗相した事を親に打ち明ける子供のような表情だ。
口ごもりながら天蓬に向かって差し出したのは、濃紺の布に包まれた『何か』。
「あ・・・もしかして」
「ベッドの足元に近い壁に立てかけてたのを、蹴飛ばしてしまったらしい・・・それで・・・」
そこで口を閉ざし、布の結び目を解いた。
中から出てきたのは、無残にも中程のところでへし折れた弓
「あー、金蝉いけないんだー、天ちゃんの物壊しちゃったー」
「まあまあ悟空、ちょっと待て。ここは黙ってお父さん達の話を聞こうや」
「あー、これですね、大丈夫ですよ金蝉」
「いやこれはどう見ても・・・!」
「これ、元から毀れていた物ですから」
「・・・・・・は?」
「じゃあ、金蝉が壊したんじゃないんだ?」
「見てみろよ旦那、弓ってのはな、強い力で弦を張れるよう、しなやかな材質の木や竹が使われる。
こんなに木の繊維がバラバラになるような折れ方は、相当な力で弦を引っ張ったせいだ。ちょっと蹴倒した程度でなるもんじゃねぇ」
武器なんて間近で見る機会がないので詳しい事は全く知らなかったが、捲簾の言葉は門外漢の自分にも理解出来る内容だった。
だが、だとすれば。
「なら、わざわざこんな上等な布にくるんでいつまでも置いてないで、棄ててしまえばいいんじゃねぇのか?」
「・・・・・・毀れてはいますが、ゴミじゃないんですよ、金蝉」
「あ゛?」
「僕ちょっと向こうの部屋に行ってますので、ここ頼みますね」
「「ちょ・・・おい!」」
金蝉と捲簾2人の抗議の声にも耳を貸さず、天蓬は寝室に篭ってしまった。
残されたのは――
「・・・取り敢えず片付けようぜ、旦那」
「・・・・・・(何で俺が)・・・」
寝室のベッドに腰を下ろし、膝に置いた包みを広げる。
衣擦れの音と共に濃紺の絹布は床に落ち、毀れた弓がその全貌を現す。
『元帥!!』
まるで昨日の事のように、鮮明に脳裏に浮かぶ光景。
封印対象であった妖化生命体に捕らわれた自分を助けようと、あらん限りの力で弦を引く、部下の姿。
『ああああぁっっ!!』
――折れた弓の一部が跳ね上がり、弦を引く『彼女』の顔を直撃するとは。
長い年月と共にくすんだ海老茶色へと変色しているが、木の繊維に付着した『彼女』の血液は、あの時起こった事が事実である事を示している。
「――責任、取るべきだったんでしょうかね・・・」
『失いたくない』その一心で、軍から――自分の手元から引き離した『彼女』。
望めば、軍の経費で高度な治療を受け、傷痕を薄くする事も可能だったにも拘らず、それを拒んだ理由は、幾年月を経た今でも解らずじまいだ。
「―――・・・・・・」
天蓬の唇が、『彼女』の名を呟くように開かれたが、音にはならなかった。
それから程なくして、弓は本来の持ち主の下へと返ることになる。
それは、斉天大聖が暴走し、彼を庇う者達が下界へ亡命する事を決意した日の出来事――
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あとがき
天蓬ドリーム・・・のつもりなのですが、名前変換が無いのが申し訳ないところ。
最後のくだりで名前を言わせても良かったのですが、敢えて音には出さないようにしました。
もちろんこれで終わるつもりはなく、当館のメインストーリーの天界編を書く際に、きちんと話を繋げるつもりです。 |
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