11.柔らかい殻
どうしよう。悟空の頭の中はその言葉で一杯だった。
眼下に広がる崖。
垂直に切り立っているわけではないが、ジープで下りるには少し無理がある事くらい、悟空の頭でも理解出来る、そんな角度。
かといって、引き返すわけにもいかない。背後の森は、敵の放ったおびただしい数の毒虫がいるからだ。
木々や茂みに隠れた小さな虫を全て排除するのは不可能なので、ここは場所を変えて、虫を操る敵の方をおびき出した方が、効率が良い。
そう考えた八戒が気功砲で突破口を開き、ジープを走らせたのだが、
「・・・どーすんのよ、これ」
「あはは・・・流石に、この展開は予測してませんでしたねぇ・・・」
「・・・(怒)・・・」
本来のルートから大幅に外れ、闇雲に走った結果がこれだ。
そうこうしているうちに、背後から不穏な空気が迫ってきている。
「こ、こうなったら三蔵、魔戒天浄だ!」
「阿呆、虫を操っている奴の居場所が特定出来ていない以上、虫を蹴散らしてもまた湧いてくるだろうが。同じ害虫の癖に解らんのか」
「誰がゴキブリだって!?」
「俺はゴキブリとは一言も言ってねぇ。やはり自覚はあったのか」
「悟浄、ばっかでー」
「こいつら、激ムカつく・・・!」
「そんなことより、どうする」
最後の台詞は、運転席に向けて発せられた。
一行のリーダーは三蔵だが、戦闘時の作戦の提案など、参謀役は緑の瞳の青年だからだ。
その声が聞こえたのかどうかは不明だが、他の3人が不毛な言い争いをしている間、口元に手を当てて思案していた八戒が、ふと振り向いた。
「悟浄、運転代わって下さい」
「へ?」
「あ゛?」
急な指示に、悟浄も三蔵も怪訝そうな顔付きになる。
「ほらほら、余りゆっくりもしてられませんから」
急かされて、納得いかないまま運転席に座る悟浄(一瞬ブルン、とジープが不満そうにエンジン音を鳴らした)。
当の八戒は、先程まで悟浄が座っていた後部座席に腰を下ろす。
「皆さぁん、シートベルトをお締め下さーい」
「・・・どこの添乗員だ」
「シートベルト?ンなモンあったっけか?」
「えーと、あ、背もたれと座席の隙間にあったよ」
またしても一瞬、エンジン音がブルンと鳴った。
(今の今まで気付かなかったんですか貴方がた、と言いたいらしい)
全員がシートベルトを締めると、八戒はやおら『気』でバリアを張った。
「・・・このまま虫のいる森に突っ込むの?」
「いえ、さっきも三蔵が言ったように、それでは埒が明きません。先へ進みます」
「・・・何?」
「もちろん、普通の状態ではジープもろとも真っ逆さまですが、これがゴムボールを落としたと仮定すればどうです?」
「八戒サン、まさか・・・?」
ブルブルブルブル・・・ブルン、ブルン、ブルン、
ジープの揺れが、大きくなった。
「悟浄、アクセルを踏んで、このまま進んで下さい!」
「「「マジか/かよ――――っっ!!?」」」
ボフッ、と一際大きな排気音が聞こえたのは、ジープがむせ返ったのだろうか(そもそも身体のどの部分がどのパーツになっているのかは誰にも判らないが)。
ジープでなくとも八戒の案には異を唱えたい3人だが、かといって誰も良い案は浮かばないし、既に背後から気配だけでなくカサコソと虫特有の足音が聞こえ始めている(ちなみに大きさは黒いアレの幼虫くらいだった)。
「わー虫が来てる来てる!」
「仕方ねぇ、出せ!」
「だあぁっ!こうなったら八戒!下りきるまで『気』を緩めんじゃねーぞっ!」
「はいはい任せて下さい・・・来ましたよ!」
ブルン、ギュルルルル・・・
「「「〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!」」」
ぼよ〜〜〜んっ
「ひえぇええぇっ!!」
ぼよ〜〜〜んっ
「うわぁあぁぁあぁっ!」
ぼよ〜〜〜んっ
「・・・、・・・・・・、・・・・・・・・・っ!!」
「喋ると舌噛むかも知れませんよ〜」
通常の『気』のバリアより強度を調節したそれは、八戒の言う通りゴムボールを弾ませたように崖の斜面を跳ね、
それと共に、バリアの中にいるジープは、時に宙に踊り、時にバリアごと回転し――というより、車体が回転するからバリアも回転するのだが――、それでも車体は傷一つ付かず崖を下っていった。
結論として、作戦は成功した。
件の毒虫は木や枝葉を這うことは出来ても急な角度の地面を這うことは出来ないらしく、虫使いは虫を引っ込めて一旦退却し、時を改めて一行の前に現れた。
そして虫を呼ぶ前より先に取り出された3種の武器によって瞬殺されたのだ。
元々虫が得手ではない一行が更に虫嫌いになった原因が何処にあるのか、
追及する者は多分、いない。
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あとがき
八戒さんが3割増(当館比)変で、八戒さんファンの方々には大変申し訳なく。
しかもジープ君までちょびっと黒い。ペットは飼い主に似・・・いえ何でもありません(滝汗)。
この場合の『虫嫌い』とは、恐怖を感じるのではなく殺意を感じる方向で。 |
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