四次元なのは三蔵の袂だけにあらず(笑)





83.雨垂れ


 ぴちゃん・・・・・・ぴちゃん・・・・・・
 ・・・・・・パタタッ・・・・・・・・・ぴちゃん・・・




「止みませんね、雨・・・」

 軒から滴る雨垂れを見つめながら、呟く八戒。

「・・・・・・」

 それとは対照的に、窓に背を向けて新聞を読む三蔵。
 元々口数の多くないこの2人の場合、八戒が黙ってしまえば極端に静かだ。
 三蔵が新聞をめくるカサ、という音、コーヒーを飲む音、カップをテーブルに置く音。
 そんな僅かな音だけが時折2人の耳に入るが、それもすぐにやむ。






 ふと、カップが空になったのに気付き、三蔵が八戒にコーヒーのお替わりを頼もうとした時、

「・・・・・・」

 顔を上げた三蔵の目に入ったのは、裁縫道具(八戒7つ道具の1つ・・・らしい)と端切れを広げ、何かの作業に没頭している八戒の姿。
 声を掛けるのが憚られるくらい、その様子は真剣だった。
 更にサインペンを取り出し、手元の物に何かを書きつけている。
 繕い物か何かか――それにしてはサインペンというのはよく解らないが――
 取り敢えず一段落ついたらコーヒーを淹れさせよう(←淹れてもらおう、ではない)、そう考えて再度新聞に目を落とした時、

「出来ました♪」

 達成感を滲ませた声を上げ、先程からいじくり回していた手の中の『モノ』を自分の目の高さに掲げた。

「・・・八戒」
「何でしょう、三蔵?」
「何だそれは」
「何って、見れば解るでしょう?てるてる坊主ですよ。
 何もすることが無いから、ちょっとした気晴らしですかね」

 明日は晴れるといいですね♪

 言いながら、後ろに満開の花でも背負ってそうな笑顔を浮かべた(こいつの背中は異次元と繋がってんじゃねぇかと思うくらい状況によって色んなモノが出現する)。



 確かに。
 ジープに幌が無ぇ以上、雨は降らないに越したことはない。
 いささか子供じみている気がしないでもねぇが、今までの陰鬱状態を考えたらまだマシだ。
 (↑自分の事は棚に上げる三蔵)



 ――だがな。
 てるてる坊主に俺の顔を書くのはやめろ!
 俺が首吊りしてるように見えるじゃねぇか!つーか狙ってやってんのか?
 それと、普通てるてる坊主ってのは、窓辺の室内側に掛けるモンじゃねぇのか?何で窓の外の軒下に吊るす!?
 それじゃ何かの罰ゲームだろうが!
 あぁ?本来てるてる坊主は雨の神様に雨を止ませるようお願いに行くため軒下に吊るすだと?
 んなこと知ったこっちゃねぇ!てかとっとと下ろせ!

「嫌です」

 即答。
 文句を言おうとして口を開く前に、

「そもそも、雨で足留めを喰うと極端に不機嫌になるのは何処の何方です?おまけに、気候の変化なんて誰の所為でもないのに周りに八つ当たりして。しかも雨が上がったら即出発だなんて、ぬかるみの中を走らされて泥塗れになるジープの事を考えたことがありますか?」

 容赦ない毒舌攻撃ときた。
 先程花を生産(召還?)していた背中からは、今度は見えない棘が発生して攻撃してくる。

「・・・休憩の時にでも水浴びさせりゃいいじゃねぇか」

 言われっぱなしも癪なので、反撃してみる――苦し紛れなのは百も承知だ。
 が、どうやら自分は言葉の選択を誤ったらしい。
 見えない棘を増殖させていた背中からは、今度は闇色の瘴気が湧いてきた。

「・・・へえぇ、そういう事を言いますか」

 地の底を這うような声でこちらへとゆっくり近付いて来る八戒の形相に、三蔵はかつてない程の危機感を覚えた――






 ダンダンダンッ


「おい何だよ、敵か?」
「・・・敵だったら窓叩く前に壊して入って来るって」

 ポーカーをしていた俺達の部屋の窓を乱暴に叩かれ、俺と悟空は顔を見合わせる。
 まー確かに窓を叩いてコンニチワな敵はいないだろうが、何せこちらは日々西へ向かう旅ガラス。窓を叩く知り合いなんざいる筈もねぇ。


 ダンダンダンダンッ


「結構必死っぽいよ。開ける?」
「しゃーねぇな・・・ったく・・・」

 女将さんに叩き出された宿の親父か?と思いつつ窓に近付いて外を窺えば、

「――三蔵!?」

 必死の形相、というより鬼のような形相で窓を叩くのは、我等が一行のリーダーこと玄奘三蔵法師様。
 俺様の姿を目にした最高僧サマは、躊躇いもなく愛銃を構え、言い放った。

『5秒以内に開けろ、でなきゃ打ち壊す』

 ぴったり閉められた窓の外、それも雨音で声なんてかき消される筈なのに、何を言ってるのか解ってしまうのが哀しい。
 打ち壊すったってここは宿屋だ。クソ坊主のせいで宿の経営者に追い出されるのは勘弁願いたい。
 ってかその銃、照準に向かってるんスけど?

「わーった、わーったって・・・」


 カチャ
 ガウンッ


「遅い!」
「・・・・・・・・・っ、開ける瞬間に撃つんじゃねぇ!!」

 俺が怒鳴っているのを完全に聞き流し、最高僧サマは窓枠に足を掛けて入って来やがった。

「どうしたの、三蔵?こんな雨の時に外へ出て」
「出たくて出たわけじゃねぇ!」
「つーことは、八戒サンに叩き出されたって訳か。何、ケンカ?珍しいじゃん」
「叩き出されたわけでもねぇ!」
「・・・自分から出たの?外へ?」

 解んねぇ、と首を傾げる悟空。
 逆に俺は、次第に状況が見えてきた。

「八戒の逆鱗に触れるような事言って、般若の形相で窓際に追い詰められて、そこから飛び出したってワケね」

 あ、『何で解った?』って顔してる。
 そりゃね。奴と3年も一つ屋根の下で暮らしてりゃ、そーゆー事もあったわけよ。
 ま、俺様は逃げ出しても賭場や酒場に転がり込めば、綺麗な姉ちゃんが慰めてくれたけど。
 この最高僧サマが転がり込むといったら、ここ以外にはねぇわな。
 八戒から尻尾巻いて逃げた事も、俺に図星を指された事も気に喰わないのだろう、三蔵は忌々しげに舌打った。

「取り敢えず風呂借りるぞ」
「「どーぞ」」

 ・・・後から思えば、俺はこの時、何が何でも部屋に戻すべきだったんだ。
 三蔵が風呂場へ消えたと同時に、


 コンコン


「悟浄、悟空、僕ですけどいいですか?」
「「どーぞ」」

 おや、と思った。
 基本的に八戒は、逃げる者は追わない。
 ほとぼりが冷めた頃を見計らって戻れば、静かに許してくれる。
 まあその時のこちらの態度次第では、翌朝のコーヒーに下剤が入っていたりするんだが。

「失礼します」
「どしたの八戒?」
「珍しいじゃん、一旦引きこもってからこっちに来るの。ポーカーでもすっか?」
「・・・三蔵が」
「あ゛?」
「言うんですよ。次の町まで左程の距離はないから、明日の朝まで雨が降っていても、上がったら即出発だって」
「いいんじゃねぇの?どっちかってーとこの町、あんまパッとしねぇし、次の町の方が大きいんならそっちへ行って買い出しした方が良くね?」

 これだけ小さい町だと、賭場は路地裏の廃材置き場ってのが普通で。
 つまり、今夜みてぇな雨の日は当然臨時休業だ(そもそも誰かが営業しているものでもない、単なる地元人のたむろ場だが)。
 だったら足元が多少悪くても、早いとこ先へ進むのが常套だと思うんだけど。

「・・・そうですか貴方もそう仰るんですか」

 そう言った八戒の片眼鏡が、部屋の灯りを反射してキラリと光った。
 ここへきて初めて、俺は言葉を選び間違ったらしい事に気付いた。
 さっき三蔵が風呂へ入る前に、八戒を怒らせた原因を聞いておかなかったのを、悔やんだ時にはもう遅い。

「なら、出来るだけ早く雨が上がった方が、地面が乾くのも早くなりますよね?」
「お、おう。そう・・・だよな」
「雨が上がって欲しい時には、やっぱりてるてる坊主ですよね?」
「お・・・おう」
「てるてる坊主って大きい方が、効き目がありそうですよね?」
「お・・・ん?そうか?」
「効き目がありそうですよね?」
「アリソウデスネ、ハイ」
「なら、協力して下さいますよね?」
「は、い?」






 カチャ


「あ、三蔵、出たの」
「騒がしいぞ。一体何なんだ」
「三蔵、八戒にアレされかけたんじゃないの?」
「・・・・・・・・・」

 悟空の指す方向を見ると、

「おまっ、吊るすって軒下!?外!?聞いてねぇって!!」
「三蔵と同じ事仰るんですねぇ。本来てるてる坊主は雨の神様に雨を止ませるようお願いに行くために、軒下に吊るすのが正式なやり方なんですよ」
「知らねぇって!!てか寒い!冷てぇ!!」
「あーもう、てるてる坊主が暴れないで下さい」


 ビシッ


「あ・・・当て落とされた・・・」
「・・・・・・(汗)」






 結果的に、雨は朝方にやんだが、案の定悟浄は思いっきり風邪を引いた。
 そのため結局出発は日延べとなったが、誰も何も文句は言わなかった。
 諸悪の根源当事者である八戒は――

「お湯加減はどうですか、ジープ?」
「キュー♪」
「はっかーい、タオル持って来たー」
「有り難うございます悟空。ほーらジープ、身体を拭きましょうねー」
「キュ♪」
「本当に、昨夜に限ってペット禁止の宿に入ってしまって、冷たい雨の下防水シートだけで凌ぐ羽目になって・・・大変でしたよね、ジープ?」
「キュウゥ」
「特大てるてる坊主のお陰で雨も上がりましたし、明日は滞りなく出発出来そうですね」
「キュ♪」

 宿の庭で繰り広げられるほのぼのとした光景と裏腹に、

「ぶえ――――っくしゅっっ」
「人の前でくしゃみなんざすんじゃねぇ!伝染(うつ)したら殺すぞ!!」
「仕方ねーだろ!ここしか吸える場所ねぇんだからよ!
 大体、テメェが最初から八戒怒らせるような事言ってなけりゃ、こんな事に・・・は・・・ふぁ――――っくしょいっっ!!」
「最初に奴の気に触る事を言ったかも知れんが、矛先が自分に向くような言動をしたのは自分の責任だろうが。俺は知らん(しれっと)」
「ちっくしょ――っ!!・・・は・・・は・・・は――――っっくしょい!!」

 宿の喫煙ルームでは、何とも情けない言い争いが続くのだった。
 雨上がりの朝の、ちょっとした(?)日常。







あとがき

最遊記で『雨』が付けば否応無しに三蔵or八戒のシリアスになる。
・・・と思っていたんですけど、アレ
結局ジープだけが美味しい話になりました。香月ジープ君大好きなもので。
香月がてるてる坊主を作ったのは幼稚園の年少組の時っきり。
5歳で既にサンタクロースの存在信じなくなかったから可愛げがないったら。



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