98.墓碑銘
広大な更地に、埋め込まれる墓石。
仏道のそれとは明らかに異なる平たい石版は、左右2色に分かれていた。
「すみません。こんなのに呼び出してしまって・・・」
「・・・確かに、ジジィ共に知られたら何言われるか分かったもんじゃねぇな」
「をいをい、だから家で服を貸したんだろ?」
「僕の、ですけどね。それにちょっと裾が余っ・・・」
「黙れ」
「なあ八戒、三蔵がここに来るのって何かマズいのか?」
「そうですね・・・この葬儀は、三蔵の属する仏教とは違って景教ですから・・・」
「・・・ケーキ?」
「お前は解んなくていーの」
「それにしても良くできてるな」
「結構考えたんですよ。僕自身は何処に骨を埋めようと、その上に何ができようと構わないんですけど、『これ』は・・・僕にとって、一種のけじめですから・・・」
「そうか・・・ならいい」
墓碑は2枚の石版を斜に組み合わせて一つの完全な墓碑になるように設計されていた。
白大理石の石版の表には、『My better half(我が良き片羽)』。
黒大理石の石版の表には、『One more I(もう一人の自分)』。
花喃と――『悟能』の墓碑。
しかし、その下に埋葬すべき遺骨はない。
「でも――どちらもこの地で死んだ事に変わりはありませんから・・・」
6年前――この地で愛する女性は自害し、そしてその数ヵ月後、自分は『過去の自分』をこの手で刺した。
「もう、6年になるんですね――」
言いながら周囲を見渡す八戒の目に飛び込むのは、柔らかそうな芝生で覆われる大地。
年月は、一面の焦土だったこの地の姿を変える。
元大妖怪の根城だった土地は、慶雲院が所有・管理することとなり、あの厄介な妖植物も取り払われている。
この地で命を落とした多くの者達の鎮魂となるよう、自然公園の様相に造り変えられた。
中央に位置する慰霊碑とは別に、公園の片隅に墓碑を造る事を願い出た八戒に、慶雲院統括責任者として許可したのは、他ならぬ三蔵だ。
――ちなみに、この時点で墓碑の様相については伏せられていたため、三蔵が異国式の葬儀に参列した事はこの4人だけしか知らない。
「石版状の記念碑や定礎版など珍しいもんじゃねぇし、こいつについて幾ら調べてもバレるわけねぇだろう」
「なんつーいーかげんな・・・」
「何か言ったか?」
「いえなーんも」
「三蔵がいい加減なのは、誰にも実害が無いところだけだよ――寺の坊主達は別だけど」
「それはまた、ご愁傷様と言いますか・・・」
「それもどーよ(汗)」
「煩ぇ」
苦い顔の三蔵を囲んで、3人が笑い合う。
出逢ったばかりの頃は、早く片割れの元に逝く事しか考えていなかった。
こんな屈託のない表情を出せる日が来るなんて、思ってもいなかった。
西への旅を始めた頃の、爆弾を抱えているにも似た自分は、もういない。
――花喃、見ているかい?僕はこんなにも、笑えるようになったんだ。
だから――もう、心配は要らないよ・・・『僕の半身』――
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あとがき
『My better half』
この慣用句使いたいが為にありもしない花喃姉様のお墓作っちゃいました(謝)。
『One more I(もう一人の自分)』というのは、小説2巻に出てきた『彼』の事。
西行の旅から長安へ戻った直後という設定。
本当は旅の前にしようかと思っていたのですが、まだあの頃は精神面のバランスが危うかったので。
悟能/八戒の軌跡がお題No.34→9→53→この話まで一続きになってます(単独で読めますが)。 |
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