作品は自分のキャンバス内に収めましょう





99.ラッカー


 「あーあ、こんなに書き散らかしちゃって・・・」

 表通りから一歩入ったこの通りは、いわゆるダウンタウン。
 小規模の商店と安アパートが立ち並んでる。
 最近、商店主達が頭を悩ませているのが、この落書きだ。
 白墨で子供が書く可愛いものではなく、ラッカーを使ってポップな字体で挑発的な英単語が書かれている。
 ゲームや漫画に出て来る英単語しか覚えていないんですよね、こういう事する人達は。
 商店主達も見つける度にペンキで潰しているのだが、こういうのは往々にしていたちごっこになる。
 本職をおろそかにすることのできない彼らを見かねて、ボランティアを申し出たのだ。
 ま、日頃少しずつ買い物の際におまけしてもらっているお礼ですね。

「さて、始めますか・・・」






 数時間で、壁の落書きは綺麗に塗り潰された。
 丁度学生の下校時間に重なり、興味を持った子供達が、代わる代わる手伝ってくれたのが大いに助かった。
 最初の子に、たまたまポケットに入っていた飴をあげたのも、効果があったのかも知れない。
 しまいには、手伝いを申し出る子供が列を作り始めたのを見て、慌てて近くの駄菓子屋に袋入りの飴を買いに行く始末だ。
 トム・ソーヤの逆バージョンですね。
 子供が皆帰ってしまい、細かい所を手直しして、仕上がった頃には流石に疲れて地面に腰を下ろしてしまった。
 その時、

「おー、八戒じゃん」
「・・・何、地べたに座り込んでんだ」
「足痛めたとか?大丈夫?」
「おや皆さんお揃いで。珍しいですね。
 いえ少し疲れただけで、足腰は痛めてませんので、ご心配なく」

 皆、僕と同じアパートの住人だ。
 僕の隣の部屋の住人である悟浄は、学生時代からの友人で、演劇座の舞台道具係。
 舞台女優さんを部屋に引っ張り込んでいるのは、見て見ぬ振りをしてあげている。
 三蔵は、Webデザイン関係の仕事をしているらしい。
 でも家電の使い方はからっきしで、僕に助けを求めて来たこともある。
 悟空は、三蔵と暮らしている中学生。遠い親戚らしく、弟ではないと言っていた。
 アパートの住人の最年少で、皆から可愛がられている。
 この子の将来の為にも、悟浄には特定方面の生活態度を改めて欲しいものだ。

「いえね、この塀の落が・・・」
「あーっ!!俺の渾身の作品があああああぁっ!!」

 ・・・・・・・・・はい?

「ちっくしょう、素晴らしいインスピレーションが降りてきて出来た芸術作品なのに、うわー、無粋なペンキに閉じ込められちゃって・・・」
「・・・・・・悟浄、ひょっとして貴方が・・・?」
「おーよ、この芸術家沙悟浄様の、後世に遺すべき作品だったのによ、誰だよ一体・・・」
「僕ですが、何か?」
「・・・・・・はい?」
「あ、お、俺、宿題があるから、先帰るな。んじゃ!」
「お前らに付き合う義理はねぇ。帰る」
「お、ちょっと待て、お前ら・・・」

 その場を離れようとする悟浄の襟首を、むんずと掴む。

「え〜と・・・八戒、サン?」
「聞き捨てならない事を聞きました。
 悟浄、ちょっと今日はじっくりお話をしないといけないようですね?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」






 その後、僕は各商店を廻り、悟浄に頭を下げさせた。
 怒鳴ったり、苦笑したり、店主達の反応は様々だったけど、今後の落書き消しを引き受ける事を条件に許してくれた。
 もちろん落書き犯は悟浄だけではないのだろうが、あれを『芸術作品』とのたまう性根は叩き直す必要がある。
 かくして、翌月のある晴れた日、ペンキを持って見回りをする僕と悟浄の姿があった。

「トホホ、何で俺が・・・」
「・・・貴方と仲良くなさってる舞台女優さんに、貴方が落書き犯だと告げるのと、雑誌社に貴方が舞台女優さんを部屋に連れ込む写真を送り付けるのと、どちらが良いですか?」
「・・・喜んでさせていただきます」

 今日は良く晴れて、日差しが暖かい。
 いいペンキ塗り日和ですね♪







あとがき

画集『Salty Dog』の表紙シリーズを参考に、こんな話。
八戒の顔が達成感に溢れているので、そこにちょっぴり黒いエッセンスを(笑)。
とはいえ香月、画集一冊も持ってません。オフィシャルサイトで見ただけで(をい)。
文中の『トム・ソーヤ』は、塀のペンキ塗りを代わりたがる友人達から、笛やビー玉などの宝物をもらいます。



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