悟浄ファンは回避推奨(笑)





 日暮れと同時に賭場へ出かけたものの、今一つノらなかった俺は、大損しない内にとっととズラかることにした。
 こういうのは巡り合わせっつーか星回りみてーのがあって、トントン拍子に勝つこともあれば、ズルズル負けが込むこともある。
 調子良い時の、あのゾクゾクするような感覚を一度でも味わってしまうと『今度こそは、次こそは』って気になって、躍起になって粘るうちに気が付いたらひと財産パー、なんて奴も俺は見てきた。
 ――そんでその負けた奴から巻き上げたのが、あの家なんだけど。
 まあ、俺くらい場数を踏めば負けること自体少なくなるけど、やはりたまには今日みたいな日もあって、そこで引き際を悟るのもプロの心得ってヤツよ。
 そういう訳で、冷たい風の吹く夜道を、家に向かって歩いていた。
 以前なら、こんな寒い中郊外まで歩くのは嫌だから、適当に女を引っ掛けて、その娘ん家で一晩暖かく過ごしてたけど――今は。

「そんな遅くなってねーし、まだ起きてるよな・・・」

 一年程前、ひょんなことから一緒に暮らし始めた碧の眼の男。
 炊事洗濯掃除裁縫、と家事と名の付くものなら一通り出来てしまう(この調子なら家事の残る要素――即ち育児だって出来るんじゃないかと密かに思っているが、今のところそれを確かめる術はない)超の付く器用な奴で、あいつのお陰で俺の生活水準はかなり高くなった。
 起きていれば、冷蔵庫の残りモンで何か温かい物でも作ってもらおう、そう考えながら門扉を潜って、おや、と訝しんだ。
 ダイニングの窓に映る影が、2人分。

「げっ・・・来てんのかよ、三蔵サマ・・・」

 こんな郊外の、しかも人付き合いの悪い――八戒は『人当たり』はイイけど『人付き合い』は悪い。これは確かだ――男2人暮らしの家に、訪れる奴なんて限られている。
 その筆頭が、八戒と同様奇妙な巡り合わせで知り合った最高僧サマだ。
 元罪人の八戒の監督者という立場上、月に2度程経過観察に来ているらしいが、これが人を人とも思わねぇエラそうな態度で――いや実際偉いんだけど、それはさておき。
 エラそうな口の利き方はともかく何かっちゃ人に銃口を向けるのは最高僧である以前にヒトとして間違ってると思うぞ俺は。
 しかも最近では、慶雲院から遠過ぎず近過ぎないほど良い所に建つ我が家を、サボる時の避難所にしてやがる。
 屋根がある。壁がある。お茶や茶菓子、時間帯によっちゃ食事が出てくる。しかもタダってか。
 流石に猿同伴の時は八戒に食費を渡しているらしいが――ってちょい待ち、ここの家主はこの沙悟浄様だっつーの!
 あー、こんな事思い出すとますます顔合わせにくいぜ――そうドアの前でためらっている(自分の家なのに!)俺の耳に、『悟浄』という単語が飛び込んできた。
 ん?何、俺の噂?
 女のコなら『悟浄って超カッコイイ♪』みたいな話なんだろうけど、何せ今話しているのは腹黒笑顔魔人と超絶極悪魔人だ――あいつらを創った神様は、外見に力を注ぎ過ぎる余り腹ン中に悪魔が入り込んだのをうっかり見逃したに違いねぇ。
 そんな2人が俺の事を何と言っているのか、恐いもの聞きたさ(この場合はこうだろう)でダイニングの窓に耳を近付けた。

「――そりゃ、災難だったな」
「ええ。本当に苦労しましたよ。何しろ相手はすばしっこいですからね」
「こんな家にいつまでも住んでいるからだ、諦めろ」
「そんな他人事みたいに言わないで下さいよ。こっちはまたいつ襲われるか気が気じゃないんですから」

 こんな家で悪うござんしたね、三蔵サマ。
 ――じゃなくて、八戒サン、今何と仰いましたか?襲われる!?

「俺に言われてもな。何しろ叩いても叩いても湧いてくるヤツだ、生命力と繁殖力だけは天下一品だな」
「ええそうなんですよ。ついこの間も寝入りばなを起こされて、まったく、性質が悪過ぎます・・・」

 叩いても叩いても飽き足らずに銃出してくるのはそっちじゃねぇか――じゃなくって!
 え、何、俺、ナンか拙い事した?寝入りばなって?全っ然心当たりないンですけど・・・

「本っ当、初めてここに運ばれた時に何事もなかったのが奇跡ですよ」
「俺が初めて此処へ来る前か?」
「ええ。僕、何にも知らずにマグロのように横たわってたんですよ?お腹に大きな傷作って動けずに」
「あぁ、成る程。そん時にどうにかなってたかも知れねぇってか」
「そうですよ!貴方が此処へ来るより先に手遅れになってたかも・・・なんて考えるだけでもゾッとします」
「かも、なんて話をされてもこっちは困る」

 こっちだって困りますお2人さん!
 えーと、全く記憶にないんだケド、俺、飲み過ぎると記憶なくすし・・・ひょっとしてその時に!?
 どどど、どうしよう、今から謝って許してもらえるかな・・・?

「――で、対策は考えているのか」
「ええ。こっちだってやられっぱなしというわけにはいきませんからね。その時に慌てても結局何も出来ないって事もありますから、前もって仕込んでおくことにしました」
「毒団子か――古典的だが、まあ確実だな。
 ジープが食べちまうことはねぇのか?」
「嫌ですねぇ、ジープはそんなにバカじゃありませんよ」
「それもそうか」

 ちょっと!ちょっとちょっと!――って何で俺、こんな所で一人漫才しなきゃなんねぇの?――じゃなくて!
 おたくらひょっとして俺の事ジープよりバカだと思ってんの、てか毒団子!?もしかして俺、生命の危機!?
 今まで何の素振りも見せなかったけど、そんなに怒ってるんだ、八戒――
 仕方ない、俺も男だ。ヤった事の始末はつけねぇとな!――何ヤったか覚えてないけど。


 バンッ


「おや、お帰りなさい悟浄。早かったですね?」
「ケッ、酒が不味くなる」

 相も変わらずこのクソ坊主は、俺がここの家主って解ってんのか?
 ちょいムカついたが、今は八戒大明神様のご機嫌を取るのが先だ。


 ガバッ!!


「八戒、悪かった!!」
「ご・・・悟浄?」

 土下座しているから八戒の顔は見えないけど、驚いているのが判る。
 そりゃ、八戒達は俺がさっきの会話を聞いていたなんて知らねぇから、家に入るなりいきなり土下座すりゃ驚きもするだろう。
 こっちだって、クソ坊主の目の前でこんな醜態晒すなんざ本来なら御免だけど、背に腹は変えられねぇ、命が助かるなら頭の一つや二つ、下げるくらい安いもんよ。

「俺、自分が何したか全っ然覚えてねぇから、お前が俺の事殺したくなる程怒ってるなんて今まで気付かなかったんだ。幾らでも謝るから、食いモンに毒入れるのだけは勘弁してくれ!!」



「は?」
「・・・・・・・・・クックックックックックッ・・・」

 は?って八戒さん。
 しかも後ろではクソ坊主が声を殺して笑ってやがるし。
 笑うなら笑え、こっちゃ必死なんだよ!
 と――

「悟浄・・・もしかして、さっきの話を聞いてました?」
「ああ、聞いちまった。だから――」
「あれ、ゴキブリの話ですよ?」


・・・・・・・・・・・・何ですと!?


「ここんところ、悟浄のいない時に限ってゴキブリが出るんですよ。この間なんか一度に2匹出られて、1匹追い詰めたと思ったら羽広げて跳び掛かられて、思わず怯んだ隙に両方とも逃げられてしまった、という話を三蔵にしていたんですが・・・」
「ようやくゴキブリの自覚が出てきたか。良かったな、八戒・・・クックックッ
「良くないですよ。こんな大きなゴキブリなんて、不衛生極まりありません!」
「ゴキブリ・・・・・・」

 言われて思い返してみると、色々と辻褄が合う。
 叩いても叩いても湧いてくるのは、1匹見つけりゃ30匹っていうくらい繁殖力が強いからで、
 ゾッとするというのは、ゴキブリが発生するような不衛生な環境で大きな傷を抱えていたためで、
 古典的な毒団子というのは、いわゆるホウ酸団子の事で――

「わーっ、悟浄、悟浄っ!!玄関先で気絶しないで下さい、邪魔です!!」
「構わねぇからそのまま転がしとけ」

 白目を剥いて床に沈む俺の耳に、心配の欠片もない台詞が入る。
 明日は床の上で目を覚ますんだろうなー。でもって、掃除とゴミ出しとゴキブリ退治をさせられるんだろうなー・・・
 そう心の中で涙したのを最後に、可哀想な俺は意識を手放した――



 どっとはらい。



あとがき

悟浄ファンの方々石を投げるのは勘弁して下さい!
まあオフィシャルでも色々虐げられているから、これが標準と言っても遜色ないとは思いますが。
いえね、出たんですよ、香月の所に、アレが。
ところが殺虫剤を取りに行って戻ったらいなくなっていたものですから、ちょっと八つ当たり(ちょっと?)。
あ、でも、悟浄は放ったらかしではなく、2人によって部屋に運ばれます。
流石に布団の中に入れるのは出来なくて、掛け布団の上に乗せて、掛け布団を二つ折り(柏餅状態)。
良かったね悟浄!(そういう問題ではない)
それから、はっきり言っておきますが、この話にカップリングは存在しません!!誤解されると後々大変なので、念の為。




Back