缶詰瓶詰ばかりじゃ重くてジープが可哀相





 半日の仕事から帰って一眠りした(もちろんその前にシャワーを浴びている。汗まみれ泥まみれで寝床に入るのは嫌だし、何より八戒が只じゃおかない)俺は、いつもよりちょっと早めに、玄関からの物音で眼が覚めた。

「たっだいまー!」
「お疲れ様です、悟空。三蔵も、有り難うございます」
「ハン、こいつの食い扶持を賄えるほど河童が稼いでいる訳がねぇからな。
 ――猿、それ置いたら手を洗え。うがいもだ」

 寝起きのままの姿でダイニングに行くと、買い物帰りらしい八戒と、相変わらず元気一杯の小猿ちゃんと、相変わらず不機嫌面の最高僧サマ。
 おいおいちょっと待った、聞き捨てなんねーな。

「色々ツッコミたいところが山のようにあるんだけど、まずは猿、此処、俺と八戒の家。何でお前さんが『ただいま』なんだよ」
「いーじゃん、帰ってきたら『ただいま』だろ?」
「おいクソ坊主。テメェ人の稼ぎにケチつける前に、テメェが育ててる猿の躾くらいしやがれ。こういう時は『お邪魔します』ってな」
「言っとくが俺は育ててねぇ。それに帰宅後のうがい手洗いは徹底させているから充分だ」
「こんの・・・(怒)」
「まあまあ悟浄、ここはこれに免じて収まって下さい」
「これ・・・・・・って寸胴?」

 まだラベルが付いたままのそれは、店の厨房でよく見かける業務用の寸胴で、つまり今しがた買ってきたばかりらしい。

「ほら、悟空の食事量って僕達3人を足してもまだ足りないくらい凄い量じゃないですか。今まではうちにある鍋を総動員させてましたけど、これがあれば幾つも鍋を使わないで済むんですよ♪」

 語尾に♪を付けて喜んでいる八戒の向こうに、苦虫を噛み潰したようなクソ坊主の顔が見える。
 ・・・多分、この寸胴は三蔵サマが買った、もとい、買わされたんだろう。今八戒が言ったよりずっとねちっこい遠回しな嫌味を聞かされた挙句。でもってさっきの会話からするに、今日の食材費は全部三蔵サマのポケットマネーか。
 諦めな三蔵サマ、今まで鍋洗いにかかっていたガス水道代を請求されなかっただけマシと思うんだな。

「で、コレで作る記念すべき第一回目の献立は?」
「ええ、カレーにしようかと」
「ほへ?」

 八戒のことだからもっと凝ったものにするかと思っていたけど何でまた?
 そりゃオーソドックスっちゃオーソドックスだけどさ。

「悟空達と夕食の買い物をしながら話していたんですが、悟空、カレーを食べたことがないそうなんですよ」
「・・・マジ?」

 今や国民食の代表格、歯固めが済んだ子供から入れ歯の年寄りまで誰もが食べるメニューだぜ?
 言いかけて、気付いた。
 あの小猿ちゃんは500年もの長い間、飲まず食わずで幽閉されていたらしい。
 それを解放したのが、誰あろう目の前にいる仏頂面の仏僧だ。
 そこから今日までずっと寺院で暮らしていたのだから、一般人の食事とは縁薄かったんだろう。
 ・・・・・・一部、飼い主の食の好みに左右されているところはあるだろうけど。
 そこまで考えて、ふと気になった。

「三蔵サマはどーなのよ、カレー?」
「・・・好んで頻繁に食うわけではないがな」

 あるんだ、食べたこと。

「というわけで、悟空の為にも沢山作らないといけませんので、2人共、協力して下さいね♪」
「「は!?」」
「はっかーい、うがいと手洗いしてきたよー。何手伝えばいいー?」
「じゃあ野菜を洗うのをお願いしますね、悟空。その後皮を剥くのを・・・」
「・・・やる」
「有り難うございます三蔵、はいピーラー。では悟浄、玉葱を切っていただけますか?はい包丁」
「・・・・・・お、おう」

 有り得ねぇくらい積極的に皮剥きを買って出たと思ったら、畜生、こういうことかよ!
 次々と目の前に転がされる玉葱(多いな!)に、切る前から涙が出そうだった。

「・・・・・・・・・(←ピーラーの使い方が今一つ解らないが、言えば悟浄と交代させられそうになるので口を噤む三蔵)」








 そして3年後――

「これ以上夜道を進むのは危険ですし、この辺でキャンプを張りましょうか、三蔵?」
「・・・・・・(←了承)」
「じゃあ俺、かまどを作る石と薪、探して来る!」
「気を付けて下さいね、悟空。悟浄、ジープに変身を解かせたいので、荷物をお願いします」
「おーよ」

 自分の荷物だけ持って降りるクソ坊主を横目で睨みながら、ジープの後部へ廻る。
 メシの為に駆けずり回っている悟空の荷物と、水の入ったポリタンク、そして――

「っしょ・・・っと」

 食料や調味料の瓶を中に入れた寸胴を引っ張り出す。
 10人前以上の量が入る寸胴は、いつ終わるとも知れない旅を俺達と共に続けてきた。
 そしてこれからもまだまだ一緒に旅するんだろう。

「悟浄ー、かまど完成したー!」
「おー」

 腹が減っては戦は出来ないってな。
 というわけで、今夜もヨロシク。



 どっとはらい。



あとがき

何このイイ話・・・!!悟浄のくせに!←すみません嘘です
ある日香月、ハヤシライスを作りました。何となくカレーには角切りの肉という習慣があるので、安い細切れ肉ならハヤシライスなのです。
鍋をかき回しながら、『悟空がカレーを食べたのって、悟浄宅での食事が最初だろうな』とかつらつら考え、練り上げました。カレーが桃源郷に於ける国民食かどうかという疑問は横に置いて下さい(笑)。
野菜を切るシーンでオチにしようと思っていたのですが、ふとこの寸胴が現在の旅にも使われていたら・・・と考えた途端、キャンプを張って食事の準備をする風景が浮かび上がりました。ので急遽加筆。
悟浄主体で(そうでなくても)こんなにイイ感じの終わり方するのは珍しいですね(おいおい)。




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