象は忘れない





 俺達4人が『カミサマ』を倒して10日程。
 三蔵サマの銃弾を脇腹に掠めた八戒を筆頭に、文字通り満身創痍だった俺達は、あの場所から西向きに一番近い町(一度俺が単独行動に出た際、3人だけで立ち寄ったらしい)で長期逗留し、怪我の回復に専念した。
 幸いにも妖怪の襲撃もなく(と、他の3人に言ったら物凄く睨まれた。俺ナンかしたか?)、明朝出立する事が決まった日の夜。



 コンコン



「どぉーぞ」
「失礼します」

 入って来たのは我が親友。てか宿の従業員以外でこんなノックの仕方する奴なんざこいつしかいねぇし。
 銃弾が掠めた脇腹もほぼ治ったようで、良きかな良きかな。

「どしたの、こんな時間に?」
「すみません。ですが、今の内にしておかないと、ここを出てからではタイミングが難しくて・・・」

 そう言いながら困ったような笑みを浮かべる八戒。
 毎度毎度思うが、こいつの笑顔は色んな意味で性質が悪い。

「お、おう。俺に手伝えることなら協力するぜ?」
「そう言っていただけると話が早くて助かります♪」



 (間)



「――あのさあ、八戒サン?」
「はい、何でしょう?」

 表面的には爽やかさ100%の笑顔が向けられるが、その裏にどす黒さ100%の瘴気が渦巻いて見えるのは俺の目の錯覚ではない筈だ。
 なぜか俺は、部屋に備え付けの椅子に、両足と胴を括り付けられて身動きとれない状態にされていた。
 両腕も胴と一緒に縛られているので、肘より先しか動かせない。

「何コレ、拘束プレ」「引っこ抜かれたいんですかその舌」

 ・・・やべぇ、目が笑ってねぇ。

 口を噤んだ俺の前に、コトン、と置かれたのは、2本の缶ビール。
 どちらも同じ銘柄で、プルタブも両方開けられている。

「?」
「さて、どちらかお好きな方を選んで下さい♪」
「・・・・・・へ?」

 お好きな方っつったって、ぱっと見違いはなさそうだ。
 外側が同じという事は、違うのは中身か。

「・・・何が入ってんの?」
「もちろんビールですよ。ただ・・・」

 その瞬間、奴の片眼鏡がキラリと光ったように見えた。
 ・・・俺、地雷を踏んだかも。

「一方には貴方が吸ったハイライトの吸い殻をたっぷりと詰め込んであります。しばらくの間、急性ニコチン中毒で視界が暗くなって身体に力が入らなくなるかも知れませんね♪」

 話の中身を聞かなければ天使のようにも見える笑顔だが、言ってる内容は悪魔のそれだ。
 てか何で俺がこんな目に遭わなきゃいけないの?

「空き缶を灰皿代わりにした報復が、たったの蹴り3回で済んだなんて、ま・さ・か、思ってませんよね?
 本当ならあの後たっっっぷりお仕置きしようと考えていたんですが、予定が狂ったもんですから」

 こいつが言っているのは、最初に『カミサマ』の城へ行った時の事だろう。
 あの時、3人して俺を足蹴にしたが、こいつ的にはそれでは治まっていないらしい。
 って、そんなの時効じゃねぇのか?

「そんなものがあると思ってるんですか?」

 心を読むな!

「それと、三蔵達にはこちらに来ないよう釘を刺してありますので」

 俺が断末魔の悲鳴を上げても、助けは来ないってわけだ。

「というわけでどうぞ♪」

 ・・・俺、親友の選択を誤ったかも知れねぇ。
 心の中で滝のような涙を流しながら、自分を呪った。
 沙悟浄22歳(独身)、悟りを開くきっかけの出来事――



 どっとはらい。



あとがき

カミサマ編終了直後の出来事。
『カミサマ』の城で3人に足蹴にされた悟浄に、「空き缶を灰皿にした罰じゃありませんか?」と八戒は言ってますが、その時の空き缶に詰められていた吸い殻の量を見る限り、蹴り数発じゃ治まっていないと香月は思ったのです。
そこでmy設定。悟浄奪回後思いっきりお仕置きをする予定を壊された八戒が、決着が着いた後に改めてお仕置きをする話(長いよ)。
悟浄が選んだ缶が当りか外れか、ご自由にご想像下さいませ。
余談ですが、2つの缶のもう一方にはワサビが入っています(笑)。
タイトルはクリスティの有名なミステリーの題名から。




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