そういえば物価が異様に高騰してました





 ギュイイイイイイィィ・・・


「う゛ー・・・・・・」

 昨日は午前様だったので脳ミソはまだまだ寝足りないと言ってるのに、容赦の無い耳障りな音が、無理矢理意識を引っ張り上げる。
 せめてもの抵抗で、掛布を頭からかぶって(ちょっと息苦しくなるけど、それよりも睡眠の方が大事だ)音のする方に背を向けると、


 ギュイイイイイイイイイィィィ・・・


「だああああぁっ、わあった、解ったから!起きるから!!起きるから耳元で掃除機は勘弁してくれ、いや勘弁して下さい!!」
「おや、そうですか?昨夜は遅くのご帰宅だったようですから、もう少し寝てらしても構わないんですが?」

 この野郎心にもねぇ事を。
 とは恐ろしくて口に出せない(負け犬上等、男の意地より結局は命の方が大事なんだよ)ので、無言で布団から這い出る。
 眠い目を擦って洗面所へ行き、顔を洗う。
 そして薄く開けた片目だけで顔を拭くタオルを入れたカゴを引っ張り出す。
 習慣というものは凄いもので、独りだった頃は手を拭くタオルで顔も拭いていたが(つーか一枚のタオルを一日中あれこれ使い回していた)、去年の今頃転がり込んだ碧の瞳の美人と同居するようになってからというものの、タオルは拭く場所別に用意・整頓されるようになった。

「・・・・・・・・・」

 そう。俺が殆ど手探りで取り出したのは、八戒が用意したタオル@顔用の筈。
 それで顔を擦り、さっぱりした気分でタオルから顔を上げた時、目にしたのは何ともファンシーなピンク色だった。
 こんな色のタオル、この家にあったか?
 何となく疑問に思いつつも、それ以上深くは考えず、それを首に掛けてダイニングへ向かった。
 丁度キッチンでは、八戒が俺の朝食を並べようとしている。

「どうぞ」

 とダイニングの椅子に座った俺の目の前に置かれたのは、ヨーグルト。
 それも、プレーンではなく苺の入ったピンク色の奴だ。
 甘そうだなとは思ったけど、昨日の疲れが残っているのでたまにはいいか、とスプーンを手に取る。
 そこへ、

「はい、これも」

 と続けてヨーグルトの隣に置かれたのは、スープ皿に入った何かのポタージュと思しき代物。
 思しき、というのは、それがまた朱色に白を混ぜたようなサーモンピンクだからだ。

「・・・何のスープ?」
「トマトとジャガイモの冷製ポタージュです」

 材料を聞けば、成る程納得な色合いだ。
 試しに飲んでみると、ミネストローネにクリームを合わせたような、確かにトマトの酸味とジャガイモや乳製品のコクが感じられた。

「美味いわ、これ」
「有り難うございます――あ、トーストが焼けましたけど、ジャムにしますか?」
「んー、ヨーグルトが甘いから、バターがいいかなー」
「・・・・・・ちょっと待って下さいね」

 そう言うと、パンとそれに塗るバターを取りにキッチンへ行った。
 そして戻ってきて、手にしていたのは、トーストと――

「・・・・・・何これ?」
「あはははは、生憎、今市場でバターが非常に手に入りにくい状態なんですよ。それで、クリームチーズにケチャップとパプリカを混ぜてペーストにしてみました」
「あ・・・・・・そう」

 懇々と諭されると、そう言うしかない。
 しかし何なんだ。
 こんがり焼けたトーストに塗られるその八戒お手製ペーストは、その材料からも判るように、これまたピンク色。
 流石の俺でも、これが偶然の一致と考える程お気楽じゃねぇ。
 とはいえ、こいつが『今日のラッキーカラーはピンクです』って程度でこんな事をしでかす奴じゃねぇのも事実だ。
 あ、やべ、普段使わねぇ頭を使ったら、腹の方が調子狂ったみてぇだ。
 全国の女子高生の皆さん(ボ〇ッキー風に:笑)、ちょっくら失礼。

「あ、ちょっとトイレ」
「用が済んだら、ついでにトイレ掃除お願いしますね。トイレク○ックルで、手で触る箇所から順ですよ」
「へーへー」

 初めて掃除シートを使った時、いきなり床から掃除し始めた俺が、般若の形相をした八戒から『掃除シートというのは一番清潔にしなきゃいけない所、つまり手で直接触れる所から順に使うものなんですよ。貴方は床を這うゴキブリですか?』と殺虫剤を吹き付けられた事は、1年経った今でも俺の中でトラウマになっている。
 なので、俺は毎朝八戒の『お願い』を聞き、トイレ掃除をせざるを得ないのだ。
 諦めにも似たため息をつき、トイレのドアを開けた俺は、我が目を疑った。

 ピンク
 ピンク
 ピンク

 便座カバーから便所スリッパ、果てはこの家でお目に掛かったことなどないペーパーホルダーまで、あらゆるサニタリーグッズがピンク一色なのだ。
 しかもそのペーパーホルダーに掛かっているトイレットペーパーまでが、花の香りのするピンク色。
 一瞬身体を離れかけた意識を必死で引き戻し、俺はこの異常事態の原因を考えることにした(もちろんsit on 便座で)。
 あの猪八戒という人物は、見た目はあっさりさっぱり爽やか系だが、その実じっとりねっとり粘着系である事は、付き合いの長い人間(いや半妖でもいいんだけど)にしか気付くことの出来ない事実だ。
 やるとなったら徹底的、中途半端という単語は奴の辞書にはねぇ。
 そして今この状況も、奴の壮大なる作戦の一つなのだ。
 そのキーワードは、もちろん『ピンク色』。
 最近、『ピンク色』の何かについて、俺と八戒の周りで起こった出来事――
 そこまで考えて、俺はハッとした。
 確か数日前、俺と八戒は、ある物についてちょっとした口論となった。
 そのある物とは――『赤飯』
 きっかけは、商店街の店主会会長の息子とやらの婚礼で、商店街を利用する客に赤飯の握り飯が振舞われた事だ。
 八戒が持ち帰ったそれを見て、俺は言った。

『何で赤飯がこんな薄汚ぇ色なんだよ。赤飯っつったらお前、もっと明るいピンク色で、入っている豆もこんなんじゃなくて艶のいい甘い――』
『ちょっと待って下さい、薄汚いってなんですか。これは豆の煮汁で付けた、100%天然の色なんですよ。明るいピンク色って、かまぼこの外側じゃないんですから』
『いや本当にピンク色なんだよ。かまぼこの外側に近いぐらいの。んで、豆は甘ーくしたやつ』
『粒餡じゃあるまいし、赤飯の豆は本来の甘み程度で、甘く味付けをするわけではない筈ですが?』
『んーにゃ、甘いの。米はピンク、豆は甘い、俺の中での赤飯のあるべき姿だ』
『はぁ・・・』

 八戒は釈然としない様子だったが、これに関しては譲れないものがあって、俺は頑なに言い張った。
 まだ俺がガキの頃、家の家計は兄貴が支えていた。
 ガタイがいいのを生かして土木工事の仕事に就いていたが、地鎮祭で振舞われる赤飯を、俺への土産に持ち帰ってくれたのだ。
 母親に甘いものをねだることが出来なかった俺にとって、その赤飯は何よりの楽しみだった。
 流石にこの年になると、甘いものなどめったに欲しくならないが、あの時食べた赤飯の甘みと鮮やかな色は、碌な事の無かった幼少時代の、数少ない綺麗な思い出として残っている。
 ――が、どうもその時の俺の態度が気に食わなかったらしい。だから、こんなピンク攻めを仕掛けてきたのだろう。
 原因は判ったが、それだけではこの状況は打破出来ない。
 一旦へそを曲げた八戒の機嫌を直すのは至難の業だからだ。
 かといって、これ以上こんなピンクまみれの生活は続けたくない。奴のことだ、そのうち家の外壁までピンクに塗ってしまいかねない。そんな事になった日にゃ、家主である俺の人間性が疑われちまう。

「・・・しゃーねぇ、ここは一つ・・・」



 (間)



「死ぬか貴様?」

 毎度毎度思うが、コレが坊主の台詞ってどーなのよ。
 まあ、そこらの抹香臭い坊主よかとっつきやすいのも事実だけど。
 取り敢えずピンク一色の便所を出た後適当に理由を付けて家を出た俺は、慶雲院の三蔵を訪ねた。
 手ぶらで行っても門前払いを喰らうのがオチだから、手土産の和菓子も忘れない。
 案の定眉間の皺を1つ減らしたクソ坊主は、それでも鋭い洞察力で、『どうせまた厄介事でも抱えてるんだろ』とのたまった。
 まあ確かに、そうでもなきゃ俺が手土産なんざ持ってくるわけねぇしな。
 険のある言い方だが、それでも話を聞いてくれると判った俺は、現在の我が家の状況と、その原因らしき俺達のやり取りについて説明した。
 んで、一頻り話し終わった俺への最高僧サマの第一声が、コレだ。

「死にたくないからここに来たんでしょーが。哀れな子羊が助けを請うてるんだから、ちったぁ坊主らしい事しろよ」
「・・・『哀れな子羊』ってのは基督教の文言だろうが」
「細かいことはいーの、とにかく、あいつの中でのヒエラルキーの頂点は間違いなくお宅なんだから、ちょーっと口利きしておだててくれりゃ済む話なのよ。
 それとも何、あのピンク一色の家に、月2で監察に行って、そんな趣味のある坊主って噂でも立てられたいのかよ?」
「・・・・・・・・・」

 流石にそれは勘弁したいのだろう、1本減ってた眉間の皺が2本増えた。
 と、それまで饅頭(俺の手土産)を食う事に専念していた悟空が、唐突に口を開いた。

「・・・あのさあ悟浄、そんでその時の赤飯、どうしたんだよ?」
「へ、どうしたって・・・」
「せっかく八戒が持って帰ってくれたんだろ?食わなかったのか?ダメじゃん、食い物粗末にしちゃ」
「・・・・・・・・・」
「猿に説教される程バカとはな。要はそういうことだ」

 え、そういうことってどういうこと?

「あいつのことだから今でも冷凍庫にしまってあるだろうよ、とっとと帰ってそれを食うんだな」
「は、い?」
「おら、仕事の邪魔だ、悟空、そいつ摘み出せ」
「おう!」
「あ、おい、こっちの話はまだ・・・あたたたた、引っ張んな馬鹿ザル!」
「俺サルじゃねぇし!」

 パタン

「・・・・・・『馬鹿』は否定しないのか」

 呟きながら、悟浄が手土産に持って来た饅頭を手に取り、一口かじった。

「・・・ったく、どいつもこいつも、馬鹿ばっかりだ・・・」



 (間)



 カチャ

「お帰りなさい、悟浄」
「ただい――」

 八戒の声に迎えられてダイニングに入った俺は、うっと声を詰まらせた。
 朝は取り付けたままだったテーブルに、ピンクのテーブルクロス。
 隣のリビングのソファには、ピンクのソファカバーが掛けられている。
 思わず回れ右して逃げたくなったが、何とか踏みとどまった。
 逃げたってこの状況は良くならない。自分が招いたことなのだから、自分が行動を起こさねば。

「あー・・・あのさ、この前お前が俺に持って帰って来てくれた赤飯あったろ?それ、食いたいかなー・・・や、もう無いならしゃーねぇけど」
「・・・・・・」

 先程まで顔面にくっ付けていた笑顔の仮面は何処へやら、真顔で俺の様子を窺うと、あのクソ坊主の言った通り、冷凍庫からラップに包まれた件の赤飯を取り出した。

『せっかく八戒が持って帰ってくれたんだろ?』

 ――あぁ、そうか。
 色の問題じゃなかったわけだ。

「人の親切と言祝ぎの気持ちと、そして食べ物を蔑ろにする人は許しません」
「・・・悪ぃ」
「赤飯に地域差がある事くらい、既に調べ済みです。でも、ピンクだろうが赤紫だろうが、祝う気持ちに地域差はないんですよ」
「肝に銘じます」
「蒸し直しますから、ちょっと待ってて下さい」
「了解」

 程なくして暖められた赤飯の握り飯に、ごま塩をかけて食った。
 雑穀米みたいな風味で、これはこれでイイと思う。
 機会があれば、俺が食っていた赤飯を食べさせてやりてぇな。
 親しい女の子達の中に1人くらいはあの地方の出身がいるだろうから、その娘に頼んで作ってもらって。
 ムカつくけど借りっ放しなのは嫌なので、あのクソ坊主と馬鹿ザルも呼んで。
 男4人で赤飯をつつく光景を浮かべた俺は、余りのサムさに思わず苦笑した。



 どっとはらい。



あとがき

この話のきっかけが298円で買ったピンクのトイレットペーパーだなんて誰が想像出来るでしょうか(爆)。
この時期石油価格の高騰が続き、この値段で買えるトイレットペーパーなんてスーパーのWCにあるような薄っぺらいものぐらいなので、紙質の良いものであれば、この際色は二の次だったのです。
んで、それをネタに、悟浄に嫌がらせ(既に定番化)。
ちなみに、赤飯は大まかに北海道の金時豆を使ったもの(もち米に食紅を入れる)と、関東のささげを使ったもの(ssの赤飯はこれ)、関西の小豆を使ったものに分かれます。悟浄の記憶にあるのは金時豆赤飯という設定。
三蔵の中での順位は小豆>金時豆>ささげでしょう、きっと。




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