生キャラメルなら何だっていいわけじゃない





 朝、遅めの時間に起きた時には、八戒はいなかった。
 悟空の家庭教師のために、寺院へ出掛ける日なのだ。
 だが、この家の主夫の辞書に『手抜き』という言葉はなく、掃除洗濯に俺の朝食兼昼食もきちんと用意している。
 後は、こっちの好みで温め直すなり、そのまま食べるなりすればいい状態だった。
 この家では、事前に何も言わなければ、朝食は洋食スタイルが基本だ。
 というよりは、朝、コーヒーしか飲む習慣のなかった俺のスタイルに献立を合わせた結果、こうなったという方が正しい。
 そんなわけで、テーブルにはオムレツとソーセージの乗ったプレートがラップをかぶせた状態で置かれていた。
 その傍には、作り主が書いたと思われる(というか、そうでなければホラーかサスペンスだ)メモ書き。
 そこには大概、『サラダは冷蔵庫に入ってます』とか『雨が降り始めたら洗濯物は乾燥機に掛けて下さい』などの簡単な指示が書かれているのだが、今日はちょっと様子が違った。

『食パンを買い忘れたので、すいませんが菓子パンで済ませて下さい』

 へぇ、あの完全無欠の権化みたいな奴が、買い忘れってか。
 そうは思っても、奴さんを責める気にはならない。
 元々は無かった食事が食えるようになったのだ、パンが無いくらいで文句を言うほど、俺は小さい男じゃねぇ。
 で、ここに書いてる『菓子パン』ってのは・・・あ、あったあった。

【生キャラメルスフレ】

 なーんか、ここ数年ブームになってるよな。確か飲み屋のねーちゃんがお得意さんから数箱もらってキャアキャア言ってたっけ。
 話のタネに1個もらったけど、確かに話題になるだけはある。
 で、その人気にあやかって何でもかんでも生キャラメルってか。
 見たところ蒸しパンのようだ。包装の文字を見ると、中にキャラメルクリームが入っているらしい。
 甘そうだと思ったが、昨日は結構ハードだったのでちょっとくらい甘くてもいいかと思い、封を破って一口かじった。
 が。

「Ю・ё・ξ・▽・Ω・κ・◆・・・!!」

 激・マズ☆


 何つーか、キャラメルの風味自体は悪くないんだが、蒸しパンがイケてねぇ。卵臭くて、そこに甘ったるさが加わってゲロマズだ。
 その場で吐きそうになったが、そうすると後が絶対怖いので、気力で飲み込んだ。
 さて、ここからが問題だ。

 1.これ以上食えるか、つーことで棄てる
 2.食べ物を棄てると色々な方面から色々言われそう、つーことで最後まで食べる。

 ・・・何で朝からこんな究極の選択を迫られなきゃなんねーんだ。
 考えれば考えるほど今の俺が惨めに思えて、諸悪の根源である手の中のブツをゴミ箱に叩き込もうとしたが、

『あー、悟浄、一口しか食ってねぇのに棄てようとしてるー!食いモン粗末にしたらバチが当たるんだぜ?』
『えぇえぇ確かに食パンを買い忘れた僕が悪いんですよ?だからといってあてつけのように棄てなくてもいいじゃないですか?』
『貴様、誰のおかげで人並みのメシが食えてると思ってやがる、あぁ?』

 ・・・スミマセンゴメンナサイ俺が悪かったですちゃんと食います食います。
 不味さで半泣きになりながら、俺は蒸しパンを平らげた。
 後でメーカーに苦情の手紙書こう・・・






 その頃、慶雲院統括者の執務室では――

「・・・で、お前は不味い物を買った始末を俺達に押し付けようと、わざわざこいつを持って来たのか」
「だって、『生キャラメル』っていうだけで凄く美味しそうに見えちゃって、一気に4つも買っちゃったもんですから、困って困って・・・
 普段悟浄や悟空に口煩く注意している手前、手付かずのまま棄てるってみっともないじゃないですか」
「4つ?俺と三蔵に1つずつ、八戒は家で食って、後1つは?」
「・・・・・・(引き算が出来るようになったか)」
「悟浄に、朝食のトースト代わりに食べるよう置いときました。公平に1個ずつ、ですよ」
「そっか」
「・・・・・・(確かに公平だな。ザマアミロ)」

 そうとは知らない悟浄は、八戒に蒸しパンの味を聞かれたらどうしようかと、足りない脳ミソで半日悩みまくるのであった。



 どっとはらい。



あとがき

上記の蒸しパンは実在します。本気で激マズ。
怒りとも悲しみともつかない、やるせない状況に出くわした時、それが『虐げられ悟浄シリーズ』が更新される時(笑)。
今回は皆公平にマズさを味わってもらいました。




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