半実話という事実がある意味怪談





 ド・ド・ド・ド・ド・・・


 初夏の長雨のクライマックスといわんばかりに、集中豪雨がこの地域を襲った。
 滝のように、というより滝そのものだ。
 雨といえば、雨量に比例して陰鬱の度合いを増していく我が同居人だが、流石にこの状態では鬱々としている余裕などないらしく、忙しく狭い家の中を行き来している。


「雨漏りの修理は出来てますよね?」
「おう、バッチリ」
「庭の鉢植えは家の中に非難させてますよね?」
「おう、バッチリ」
「あぁ、窓がかなりガタついてますねぇ。どうにかなりませんか?」
「・・・板でも打ち付ければいいのか?」
「斜めに2枚バッテンに?あんなことするの、漫画だけですよ。大体、アルミサッシと塗り壁の何処に釘を打つんですか。
 そうですね・・・取り敢えず目張りでもしますか?」
「いやいやいやいや、それって練炭自殺と思われるから」
「仕方ありませんねぇ・・・今回はこのままにするとして、台風が来る前に何とかしましょうか。
 タイミング良く三蔵から仕事の依頼があればいいんですけどね」
「・・・そうだな」

 元々付いていた薄っぺらいドアをグレードアップさせた上に、ドア周囲の補強工事もした代金を、ちゃっかり依頼の諸経費に入れて三蔵に請求したのは去年の話だ。
 その後も数回、性質の悪い連中を相手にするような仕事の時を見計らい、やれ壁の修理だやれ塀の修理だと経費に組み込んでいるのを、俺は見て見ぬ振りをしている。
 八戒の話術が巧み過ぎるのか、三蔵が極端に世間知らず(奴さんの数少ない坊主らしい点だ)なのか、判断に苦しむところではあるが、見咎められた事は一度もない。
 ま、そもそも奴さんの懐から出ている金じゃないのだから、俺がとやかく言うことじゃねぇが。

「この様子だと、いつ停電が起きるか分かりませんから、さっさとお湯を使った方がいいですね」

 既に日は暮れ、ここで電気が点かなくなったら完全な闇の中だ。
 食事は済ませたので、後はさっさと風呂に入っちまわないと、真っ暗な中での行水ってのは遠慮したい。

「んじゃ、先入っちまいな」
「それじゃお言葉に甘えて。あ、テレビは点けておいて下さいね。災害情報が出ている筈ですから」
「おー、判った」

 そうして、風呂場へ向かった八戒を尻目に、俺はビール片手にリビングのソファに腰を下ろした。
 テレビを点ければ、バラエティ番組を放送している画面の上の端に、警報や注意報のテロップが流れている。
 番組自体は当然録画なので、中で喋っている連中には緊張感の欠片も見られない。
 つーか、テレビに出るような連中は、大雨で崩れるかも知れないようなボロ家なんかには普通住んでねぇよな。
 何となくムカついて番組の司会者を一睨みした瞬間、


 ――フッ


「――・・・へ?」

 視界が暗転した。
 一瞬何が起こったのか判らなかったが、目や身体におかしなところは無く、これはつまり――

「停電?」

 よくよく見れば、テレビのパイロットランプも点いていない。もちろん、リモコンを操作してもウンともスンともいわない。
 ブレーカーでも落ちたのか。それにしては、雷の音など聞いてはいないが。

「えっと・・・ブレーカー、ブレーカー・・・って、ここん家のブレーカーって何処だったっけ?」

 咥えタバコで部屋を歩いて灰を落とすと後が怖いので(何が、あるいは誰が、という点は伏せるとして)、取り敢えず手探りで灰皿の場所を確認して火を消すと、ズボンのポケットに入れていたライターを灯りにしてソファから立ち上がった。
 まずはリビングの壁に沿って一周するが、それらしき物は見当たらない。

「うー・・・台所だったか?それとも洗面所・・・」

 そう考えた瞬間、入浴中の同居人の事を思い出した。
 様子が気にならないわけじゃねぇが、流石に女子供じゃないから声などは上げないだろうし、実際そんな声は聞こえて来ない。
 常に冷静沈着な奴のことだから、暗闇の中でもフツーに風呂に入っているに違いねぇわな。
 取り敢えず洗面所は後回しにして台所を当たるか、そう思って台所に入った時、


 カタ、カタ・・・

 
「あん?八戒、出たの?」

 返事がない。ただのしかばねのようだ――じゃなくって!

「・・・・・・八戒、サン?」

 ライターを音のする方に向けたが、そこには人影ひとつ無く、代わりに先程と同じ音が――


 カタ、カタ、カタ、カタカタカタカタカタ・・・


「Π・ヾ・Φ・%・Ψ〜〜〜〜〜っ!!!?」

 パニックになった俺は取り落としたライターを拾うことすら出来ず、這うようにして手探りで洗面所のドアを叩いた。

「は、八戒!八戒!いるか!?いるんなら出て来てくれ!ポ、ポ、ポ、ポ、ポ・・・」

 驚きと恐怖がマイムマイムを踊っている俺の脳ミソでは、ポルターガイストという単語が上手く出て来ない。

「今頃鼠先輩ですか、悟浄?流石にちょっと古いですよ」

 ドアの向こうから聞こえて来る声は、思った通りこの状況下でもいつもの調子だ。
 や、違うって!てかカラオケで『黒の舟歌』歌うお前さんには言われたくねぇっての!――じゃなくって!

「違う違う違う違う、台所で、誰もいないのにカタカタカタって・・・!」
「あーもう、こっちは暗い中で難儀してるってのに・・・はいはい」


 カチャ


「#・Σ・з・Ш・υ〜〜〜〜〜っ!!!?」

 ドアの向こうから出て来たのは、半年以上同じ屋根の下で暮らす同居人ではなく、何と碧がかった火の玉。
 それを目にしたのが、情けなくもその日の俺の最後の記憶だった――






 次の日。
 まだ雨は降り続いているものの、それなりの明るさのある中で、俺は八戒から真相を聞いた。
 昨夜の停電はこの家だけではなく、付近一帯に電気を送る送電線がショートした為に起こったもので、既に復旧済みだという事。
 台所の怪音は、雨で下水管に大量の汚水が流れる際に行き場の無くなった管内の空気が逆流し、排水溝のゴミ受けを震わせている音だという事。
 洗面所のドアから出て来た碧の火の玉は、八戒が最近開発した能力――気功による光の玉だという事
 そして、この家のブレーカーは洗面所のドアの上――つまり、俺は探していたブレーカーの真下で必死に同居人に助けを求めていたという事。

「案外悟浄って心臓が小さいんですねぇ。へえぇ、そうですかそーですか。怪談とか苦手そうですねえぇ」

 何故か楽しそうに微笑む同居人に、夏の夜はコイツが寝静まってから帰宅しようと心に誓う俺だった――



 どっとはらい。



あとがき

排水溝の怪音は、去年香月宅で実際に起こった現象です。一応TVで似たような事を放送していたので、別段驚く事はありませんでしたが。
ここでは八戒は気功による多少の治癒だけは行えるようになり始めている設定です(館内小説参照)。気功砲のみ、西行きの旅立ち当日お披露目(多分その少し前から練習しているような気はしますが:笑)なのは、原作に描かれています。




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