一度肺を突き上げるような衝撃が起こると、決壊した堤防のように、止める方法なんて無い。 「ッ、エホッ、グェーッホッホッホッホッ・・・ゥエーッホッホッホッホッ」 息を継ぐのも困難な咳が、この家で聞こえる唯一の音だ。 熱の所為か、頭痛も酷い。 往診の医者からもらった薬を飲みたいのは山々だが、つい2時間前に薬を飲んだところなので、流石にこの短時間で2度は飲めない。 というか、 『今 寝ていて薬を飲むべき時間を過ぎてしまわないよう、時計をセットするのを忘れないで下さいね?』 そう言い残して、奴はこの家から避難しやがった。 そりゃ、只の風邪じゃなく流感ともなれば、感染の心配もあるだろう。 でも、本当に家を出るか!? 付きっ切りとまではいかなくても、同じ家に住む人間としてある程度看病するのが普通じゃねぇのか!? 憤った途端激しい咳き込みが再び襲い、ぐったりと布団に沈み込んだ。 体の力が抜けた途端、もよおしてきたのを感じた俺は、力の入らない身体に鞭打って起き上がると、よろよろと部屋を出た。 あー、なんか情けねぇ・・・ トイレから出てダイニングテーブルの前を通った俺は、ん?と思った。 テーブルの上に、一枚のメモ。 『喉を通りやすい食事を作って冷蔵庫に入れています。レンジで暖めて食べて下さい』 達筆な字が誰のものかなんて、考える余地もない。 持つべきものは親友よ、と、さっき心の中で罵倒したことは撤回して喜び、いそいそと冷蔵庫を開けた。 奴さんらしく一品一品タッパーに入れて並べられた料理と、 「ナンだ、これ・・・」 この家の中でおよそ見たことのない、リング状のピンク色のケーキ。 ラップの上に、カードらしき物。 【Happy birthday to 悟浄! 病人でも食べやすいババロアのケーキです。お大事に】 あー、俺、今日誕生日だったっけか。 多分、今日のために色々作ろうと考えていたのが、俺がヘマしたので急遽メニューを変更したんだろう。 ババロアを取り出して、一口口に運んだ。 ひんやりプルンとした触感が、口と喉に心地いい。 治ったらイイ酒買って、2人で飲もう―― その頃の慶雲院、 「本っ当、この日のために苦労して準備していたのに、インフルエンザだなんて馬鹿ですよねー」 「なあなあ八戒!これ全部食っていいの?」 「こっちのケーキはお酒が入っているので、悟空にはお酒無しのケーキです。 料理は全部食べていいですけど、お腹を壊さないよう気をつけて下さいね」 「いっただきま〜す!」 「こっちはオトナ向け、1ヶ月前からブランデーに漬け込んだドライフルーツを使ったケーキです」 「(一口食べて)・・・・・・悪くない」 「日持ちしますから、食べきれない分は取っておいて下さい」 「もらっておこう」 「というわけでして、悟浄のインフルエンザが治るまで、ここに避難させて下さいね♪」 「・・・仕方ねぇな」 最高責任者の執務室で、豪勢な料理の数々とケーキが振舞われていたのを、その時の悟浄は知らない。 どっとはらい。 |
あとがき 2009年は既にこの時期からインフルエンザが流行ってたんですねぇ。今年はマイコプラズマ肺炎が多いそうですが(そこかい)。 |
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