稀有な出来事 5





 ひと騒動あった雨の夜から3日後――

『一体どういう事よ似非最高僧!?あの悟能もどきは何なの!?てゆーか貴方今まで何所ほっつき歩いてたのよ!?貴方が役目をきちんと果たさないから、本物の悟能が頭の固い馬鹿坊主達に疑われる破目になるんじゃないのっ!!』
(・・・煩ぇ喚くな静かにしてろ)

 慶雲院が所有する修行用の施設。
 その一室で、花喃は三蔵に捲くし立てるように怒鳴っていた。
 事の始まり――といっても、花喃にとっての、だが――は、昨日の昼頃。
 突然悟浄宅に押し掛けて来た大人数の僧侶達が、八戒を連行しようとしたのだ。
 曰く『大量虐殺の嫌疑が掛かっている』と。
 その場は追いかけて来た悟空が三蔵の言葉を盾にしたことで、僧侶達は一旦引き下がったのだが。
 『むしろ自分が寺院にいる間に大量虐殺が起これば、確固たるアリバイが築ける』という考えの下、同居人や雨の夜に助けた白い生き物同伴で、八戒は自ら寺院に逗留を申し出たのだ。
 そして日付が変わったばかりの現在――

『しかもあのおチビちゃんや馬鹿坊主達の話からしたら何、貴方悟能に嫌疑が掛かっているのを知っててそれを否定しなかったわけ?ふざけんのもいい加減になさいよ!ちょっと貴方が知ってる事を周りに伝えれば、悟能があんな言い方されたり、打ちひしがれたりすることもなかったのよ!?』
(・・・『あんな言い方』?)
『何でも、大量虐殺で生き残った子供が、その悟能もどきが私の名前を呟くのを聞いたそうよ。もちろん、その子は意味なんて解らないでね。
 でも馬鹿坊主達からすれば、これ以上にないってくらい決定的なネタになった。あの奉安ってジジィ、完全に悟能を犯人扱いして、「明日が楽しみだ」なんて言うのよ?
 それに、それを聞いた悟能も自分の記憶を信じなくなって、自分がやったかも知れない、なんて言い出すし・・・全部、貴方の怠慢ですからね!?』
(何でそれが俺の怠慢になるんだ。自分の記憶を信じられないのは、奴自身の責任だ。
 言っとくが俺は否定はしなかったが、肯定もしてねぇ。むしろ奴との関連を端から考えに入れていなかったのが、ある情報から一つの可能性が出てきた、だから奴を連れて来るのは3日後、と言っておいたんだがな)
『・・・何よ、それ』
(何がだ。猿じゃねぇんだ、どの言葉に掛かるのかはっきりさせろ)
『言ってしまえば全部なんだけど。まずは、貴方は悟能を犯人だとは全く考えてなかったのね?』
(貴様が証明してるだろうが。本当に奴が犯人なら、最初の事件が起こった時点で貴様は俺のとこまですっ飛んで来ている。違うか?)
『違いないわね。残念ながら、公的なアリバイの証人にはなれないけど。
 じゃあその次。ある情報って、あの悟能もどきに関係する事よね?それって何なの?』
(面倒臭ぇ、もうすぐ同じ質問をする奴等がぞろぞろ集まって来るから、それまで待っとけ)
『信じらんない。やっぱ似非最高僧ね・・・まあいいわ。
 じゃあ最後に、どうして3日後に悟能を連行する事になってたの?』
(今回の件で、必要なブツを調達するために留守にしていた。それが今日までの3日間だ。
 そしてこの件にカタをつけるべきなのは、俺ではない。それが奴の連行を認めた理由だ)
『それって・・・』

 花喃の言葉が疑問の形を作る前に、

「っ痛ぇ――――っ!!」

 同じ部屋にいた悟空が絶叫と共に飛び起きた。
 とはいえ、それは朝の清々しい目覚めとは程遠いものだ。
 何せ強烈な閃光が目を直撃したことで気を失っていたのだから。
 恐らく今も、その刺激で眼球に強い痛みを感じていることだろう。

「煩ぇ喚くな静かにしてろ」
(・・・貴方同じ台詞しか言えないの?っていうか私とあのおチビちゃんと同列扱い?)
「ンな事言ったって、痛ぇモンは痛ぇんだって!つーかマジ痛ぇ!」


 スパ――――ンッ


「これで目の痛みは気にならん」
「・・・・・・(酷ぇ)・・・」

 ハリセンで撃沈させられた悟空に、花喃がご愁傷様、と呟くが、本人には聞こえる由もなかった。
 その後も悟空の『痛い』コールは続いたが、程なくして悟空同様閃光で気を失っていた八戒と、それに付き添っていた悟浄が部屋を訪れ、花喃を含めた――但しそれを知るのは三蔵だけだが――4人は、三蔵からあの『悟能もどき』の正体を聞くに至った。






 その翌日。
 花喃は、次元の狭間で、ゆらゆらとたゆたっていた。
 ここは現世の時間や空間の法則性から解き放たれた場所だ。
 普段八戒が就寝した後や、三蔵に急を知らせる時などは、この場所に一度潜ることで、自分の望む時と場所へと移動することが出来る。
 もちろんこの空間を利用するのは自分一人ではなく、古今東西あらゆる場所で命を落とした者達が漂っている。
 といってもヒトの形を成している者は殆どおらず、やや濃い目の煙のような状態の者が多い。
 彼らの殆どは、特に現世に未練があってここにいるわけではなく、次の輪廻の輪に入る準備中といったところだ。
 ごく稀に、花喃のように強い想いから留まっている者もいるが、そんな事は花喃にはどうでもよかった。
 今の花喃の中を占めているのは、唯一人の存在。
 その人物は今、『過去の自分』と対峙すべく、呪わしい場所へ向かっている。

(貴様は来るな。魔鏡が現世の者でない存在にどう影響するか判らない以上、面倒事は増やしたくねぇ)

 出発前に自分に向けられたその言葉は、半分は本音で、半分は多分気遣いだ。
 ――あの場所は、あの場所にいた者達は、自分がこの世に在らざる者となった全ての元凶なのだから。
 もちろん八戒だって好き好んで行きたくはないだろうが、この騒動に決着をつける義務がある以上、それは仕方がない。
 あの悟能もどきは、自分達をこのような目に遭わせた連中に対する負の念が、かつて百眼魔王の城に納められ、魔王の一族が全滅した後流出したという魔鏡の力で具現化したものだ。
 あの時、『悟能』は、本当に全てを憎み、呪っていたのだろう。
 全てを抹殺すべく、ヒトであることも棄てるくらいに――
 そこまで考えると、思考に終止符を打つようなため息を一つ吐き、花喃は『外』へ向かった。






 ジープで腕を組みながら眠っていた三蔵は、気配に気付き、片目を開けた。
 案の定、そこには花喃がふわふわと宙に浮いていた。
 三蔵が目を覚ました事は気付いているだろうが、それには構わず視線は運転席の八戒に注がれている。
 ――が、当の本人は様々な疲労もあってか、ぐっすりと眠っているようだ。

『・・・ねぇ似非最高僧、悟能が私の事判らないのって、悟能が妖怪になった事と関係あるのかしら?』
(・・・・・・)

 いつになくしおらしい表情をしていると思えば、そんな事を考えていたとは。
 確かに、同じ胎内で育った双子であるにも拘らず、今の花喃は八戒には認識出来ない。
 そのために、八戒が暗い思念に捕らわれる度に三蔵が巻き込まれる形となっていたのだが、それを不服とする気持ちは三蔵よりも花喃の方が大きいらしい。
 それもそうだろう、幼少時に生き別れた後再開した時は何の疑問も持たずに惹かれあった相手が、今は全く自分の存在に気付かないのだから。
 そもそも、人間が妖怪に変化する事自体、三蔵は半信半疑だったが、隣に眠る人物がそれを実現してしまった。
 身体能力などの変化を本人から聞く限り、やはり細胞単位で人間の頃とは異なるものになっているようだが、それが双児の片割れ(の、霊)を認識出来ない理由になり得るかといえば――

(阿呆らしい。大体、男と女の双子ってんなら二卵性だろうが、それなら普通の姉弟と何ら変わらん筈だ。兄弟姉妹の霊が認識出来るってんなら、この世は霊能者だらけだ。違うか?
 こいつが貴様を認識出来んのは、単にこいつのチューニング不足だ。俺に文句言うんじゃねぇ)
『・・・それって喜ぶべきなのかしら?どうにも腹が立つんだけど』
(知るか。俺は眠いんだ、今夜はここで過ごすつもりだから、夜が明けてから出直して来い)

 そう言うと完全に目を閉じ、本当に寝入ってしまった。

『全く・・・本っ当に似非最高僧なんだから・・・』

 でも――自分の片割れが言った通り、確かに信頼に足る人物だ。
 そう考え、再度運転席の人物の顔を覗き込んだ。
 今回の件で、少しは憑き物が落ちたらしい想い人だが、まだ不安要素が無くなったとは言い難い。
 この調子だと、まだまだ現世(ここ)に留まる必要がありそうだ。
 クスリ、と笑うと、花喃は再び次元の狭間へと消えていった――






 八戒が過去の自分と決別したことで花喃が成仏すると考えていた三蔵は、当てが外れて眉間の皺を増やすことになる。
 他方、八戒は車に変身する白い竜をジープと名付けて飼い始め、少しずつではあるが前を向いて進み出した。
 封印対象だったジープを、尤もらしい理由で八戒の手元に置く事を独断で決定付けたのは、他ならぬ三蔵だ。
 『殺す』事がアイデンティティであった彼が『生かす』事を選んだ、それは稀有な出来事。



 どっとはらい。



あとがき

まだ居座るんですか花喃姉様(爆)。
最初の話を書いた時は、悟能が『八戒』となって寺院を出たところで終了、と思ったら姉様暴走(笑)。そこでゴール=姉様の成仏を『ある時点』に設定、現在はそこへ向かってひた走っている最中なのです。
ちなみに小説『鏡花水月』をご存知なくてもメインは花喃姉様vs.三蔵なので読むのに支障はないと思われますが、分かりづらい点がある場合、コメントいただければ幸いです。




Back