――物語には、大抵序章というものが入れられる。
ならばこれから語られる話は、序章の前の出来事というべきかも知れない――
西方浄土の蓮の池。
神仏が下界の生き物に化身する際の、出入り口となる場所。
所定の手続きを済ませ、その池の前に立つ月香の背に、よく知る声が掛けられた。
振り返るとそこには、
「あぁ、間に合って良かった」
「観世音様?如何なさいまして?」
「何、ちょっとした手土産だ」
「・・・?」
観世音菩薩の言葉に、怪訝そうな表情をする月香。
それもそうだ。
彼女は間もなく、下界の人間に化身しようとする身。
本来の姿のまま移動する者達と違い、手土産など持って行ける筈もない。
それでも構わず、月香の目の前に差し出されたのは、
「・・・・・・これ、は・・・」
冴え渡る満月を思わせる、青みを帯びた白銀の光の球。
促されるように手に取ると、その正体は自ずと知れた。
「何方の魂でしょう・・・?こんなにも哀しい彩の・・・」
「闘神太子だ。『あいつ等』が下界で新しい生を受け、いずれ『あいつ』を軸に、バラバラになっている連中が終結し、因果律が完成する――それを聞かせたら、そいつは自分の魂を一部身体から切り離したんだ。
完全な死を迎えていないそいつの魂は、転生させることは出来ん。が、下界の人間に化身するお前さんが持っていれば、話は別だ」
「確かに、仰る通りですわね」
「只の人間に、2人分の魂を詰め込むのは危険が伴う。が、お前さんの器なら、それが可能だ。 何せ、この世を創った力の源だからな。
そいつが持つ『業』の影響を受けるかも知れんが、連れて行ってやってくれないか」
「解りましたわ。確かに、お預かり致します」
「・・・今回は、正念場になりそうだな」
「えぇ・・・ですが、私はこの為に、ここまでの道程を歩んで参りましたの。
あの方達に再びお逢い出来るのであれば、この先に何が待ち受けていようと、私は耐え忍んでゆけるでしょう」
「あいつ等に逢ったら、一発殴っといてくれ」
「ホホホ・・・それは、化身してから仰っていただかないと」
「それもそうだな。
・・・引き止めて悪かった。気を付けて行ってきてくれ」
「えぇ。観世音様も、蓮池からの覗き見は、程々にして下さいませね」
そう言うと、池のほとりから中央へ、水の中に造られた階段に足を踏み入れた。
鏡のようだった水面に、静かに波紋が立っていく。
この階段を降りていき、その身体の全てが池に沈むと、やがて全ての感覚は一度『無』を迎え、次に目を覚ます時、そこは母胎の羊水の中だ。
これまでに幾度か行ってきた行為だが、今回は、初めての時以上に緊張を伴う。
およそ500年前、天界内の陰謀に巻き込まれた形で命を散らせた3人の男達。
そして自分の作った封印で以って、長きに亘る孤独を強いられている幼子。
間もなく、自分と彼等、そして今手にしている魂の持ち主を、時の濁流が翻弄しようと待ち構えているだろう。
只押し流されていた500年前とは違う。
自分は必ず、望むものを掴んでみせる。
霞漂う蓮池に身を沈める直前、その顔には、決意を秘めた凛とした表情が浮かんでいた――
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―了―
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あとがき
これで、天界編と桃源郷編が繋がったと思います。
桃源郷編の序章で、魂の欠片を観音に預けた人物の正体は、上記の通り。
そしてそれを下界に降ろすべく、観音は月香にそれを託すのです。
ですから、桃源郷編に於けるオリキャラは、哪吒と月香、両方の化身といえるのかも知れません(『生まれ変わり』は、元の人物が死去した後、魂が別の人物に転生したものなので、今回の場合は当て嵌まりません)。 |
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