市民ホールの中は、ロビーを除き全面禁煙だ。
大会が行われるメインホールに入ってからその事に気付き、チッと舌打ちする。
大会プログラムを見たところ、幸いにも悟空達の出番はまだ先だ。
確かに、他校の作ったロボットも、コンピューター部に籍を置いていた身としては気にならないではないが、このホールに向かって車を走らせ始めてから1本も煙草を吸っていないのだ。
本当なら、ロビーに入って灰皿を見つけたらすぐさま吸うつもりだったが、あの赤毛の後輩がつっかかってきた所為で、そのタイミングを失ってしまった。
あのバ河童程のヘビースモーカーではないにせよ、そろそろヤニ切れしそうだ。
悟空の出番に間に合いさえすればいいのだから、と、三蔵はこっそり席を立った。
試合開始直後のホールのロビーにいるのは、やはり三蔵だけだ。
1時間半振りのマルボロに火を点け、その味を堪能する。
「――そんな物の、どこが美味しいんでしょうね?」
どちらかというと感覚の鋭い三蔵がその人物の存在に気付かなかったのは、敷き詰められた絨毯が足音を消したからだけではない。
「・・・気配断って近付くんじゃねぇ」
「あはははは、すいません。充足の時間を邪魔するのに気が引けて、つい」
つい、で貴様は気配を断って人に近付くのか。
思ったが言葉には出さず、後輩――八戒――の邪気のなさそうな(『ない』ではない、絶対に)顔を睨み付ける。
「御託はいい。話があるんだろうが」
それも、他には聞かせられない類の。
ホールの中ではなくこのロビーで、しかも他の連中が来ないようなタイミングで。
三蔵の鋭い指摘に、八戒は苦笑する。
「流石は三蔵先輩――ええ、どうしても貴方に聞きたい事があって」
「・・・聞きたい事?」
「はい・・・先輩は、先輩の事をどう思ってますか?」
「・・・・・・は?」
思っても見なかった人物の名に、三蔵は一瞬呆けた顔になる。
彼女とは中学から通っていた進学塾の同じクラス(最難関コース)で、模試では2人して上位の常連であった。
試験などに対して特に勝ち負けの意識を持たなかった三蔵と異なり、は何かと三蔵を目の敵にし、三蔵より下位なら地団駄を踏み、上位なら満足気に笑っていた。
そして同じ高校に進学後も、偶々同じコンピューター部に所属する事となり(あの高校は進学校の割にクラブ無所属が不可なので、一番楽そうな所を選んだだけなのだが)、腐れ縁的な関係は続いた。
――ただそれだけのことで、それ以上でもそれ以下でもない、三蔵はそう思っている。
「実はですね、ちょっと噂になっていたことがあったんですよ」
「何が」
「何がって、そりゃ貴方と先輩がデキてるって噂ですよ」
ごほげほがはっ(←タバコにむせた音)
「だ、大丈夫ですか先輩!?」
「・・・ッ・・・ケホッ・・・ケホッ・・・な、何だソレは!!?」
「何だと言われましても、噂が流れていた事自体は事実ですから・・・」
「あぁ?冗談じゃねぇ、あんなの、女の部類に入んねぇだろうが」
「・・・生物学上女性である人にその言い方は失礼かと・・・」
2人共充分失礼だよ。
と本人がいればツッコまれそうな会話である。
「・・・とにかくだ。あいつの感性や知識量は感心するに値すると思うが、そういう対象で見たことは一度もねぇし、今後もねぇ。
――だから、お前があいつに言いたい事があるのなら、別に俺に遠慮する事はない」
「!・・・・・・ご存知だったんですか」
「今の話で判ったんだよ(怒)」
ご尤もである。
「つーかお前も物好きだな。あいつ、悟浄に冗談半分で抱き付かれて一本背負いした女だぞ?」
「その瞬間は僕も見たのでよーく知っています」
その翌日、悟浄のズボンのチャックが壊れて閉まらなくなるという『事故』が起こったのだが、その関連性を疑うものは誰もいない。
「多分、あの人は、今までそういった事を考えたり興味を持ったことがないんだと思うんです。
花喃からも様子を聞くことがあるんですが、やはりそういう方面の話は無いようですね。
でも、社会に出たら、そんな事言ってられなくなりますから。
――今日辺りが、チャンスかなと」
「・・・骨は拾ってやる」
「縁起でもない事言わないで下さい(汗)」
「ちょっと三蔵、話があるんだけど」
大会終了後、悟浄も抜けて4人になった時、唐突に花喃が口を開いた。
・・・が何か言っていたかもしれないが、それに被せて言ったので、誰にも聞こえていない。
「・・・・・・」
逆らうよりも従った方が、無駄なエネルギーを使わないで済む。
利己的である一方で合理主義でもある三蔵は、取り敢えず花喃の言葉に耳を貸すことにした。
同年代の悟浄にすら丁寧語で話す八戒とは対照的に、花喃は親しい者に対してはどことなく女王様体質だ。
もちろん、他人には非常に柔らかな物腰で接するので、世間一般の受けはいいらしい。
『それに騙されて堕ちていく人を、何人も見てきましたよ・・・』
暗い笑みで呟く八戒に、三蔵と悟浄は哀れみの視線を向けたことがある。
三蔵は騙されたわけではない(あの八戒の双子の姉というだけで、警戒するには充分な理由だった)が、人の弱みを握るのが得意な彼女の手に掛かればひとたまりもなく、甚だ不本意ながら、この状況に甘んじざるを得なくなっている。
『慣れればどうってことありませんよ』
これまた暗い笑みで言ってのけた八戒の台詞に、この状況から逃れる術はないと悟った三蔵であった。
「――何だ?」
八戒達から数メートル離れた所で立ち止まった花喃に、短く尋ねる。
といっても、その内容は想像出来るが――
「何だ、じゃないわよ。八戒と話したんでしょ?の事。
で、三蔵はの事、何とも思ってないんでしょ?」
「・・・・・・何で判る」
「私を何だと思ってるの?人の気持ちなんて、手に取るように解るわよ」
手前の場合は『手に取る』じゃねぇ、『手玉に取る』んだろうが。
――と思っても言えない自分を殴りたくなる三蔵であった。
そんな三蔵の事など意に介さず、花喃は続ける。
「――で、ここから本題。あの子がと2人っきりで話が出来るように、協力して欲しいの。
これからあの子がを夕食に誘うから、が私達の事気に掛けないようにしなきゃいけないのよ」
「具体的には、どうすりゃいいんだ?」
「こっちの道に入りましょ」
そう言って花喃は三蔵の腕を引っ張り、大通りと平行に走る一つ裏の筋を歩き始めた。
「ったく、何で俺があいつのコクリに協力しなきゃなんねぇんだ」
「三蔵、邪魔したいの?」
「どうしてそうなるっ」
やっぱこいつ等、同じ遺伝子持ってやがるっ。
二卵性双生児なら遺伝子の類似性は普通の姉弟と変わらない率なのだが、この2人の場合性染色体以外全て同じなのではないだろうか、と理系の人間らしからぬ考えに陥る三蔵であった。
「ずっと2人の事を、間で見てきた者としてはね、ちょっとまどろっこしかったのよ」
「・・・・・・?」
「私がと同じ学部を選んだのは、本当に偶然よ?でもね、受験日に私を迎えに来た八戒が、を見て顔色を変えたの。あ、はその時全然気付いていなかったわよ?
で、ちょーっと問い詰めたら、白状したわ。高校時代の部活の先輩で、ずっと片想いしてたって」
『ちょーっと』の部分が気になった三蔵だが、ここは流す事にした。
「それで、私は今の大学に入学することに決めたの。まあ、があの大学に入学するかどうかは賭けだったんだけどね」
確かに、受験校が1校だけである筈もなく、またがその大学に受かったかどうかも分からないのだから、それはかなり無謀な賭けだ。
だが、ギャンブルの神様は、熱心な信者(笑)である花喃に味方した。
果たして花喃は目論見通りと同じ大学・学部に入学し、その後の学科選択(花喃の大学は入学後の科目選択で学科が分かれる)でも、同じ学科に入る事が出来た。
そうして、実は意図的に、花喃はに近付いたのだ。
ストーカーもびっくりの周到さだ(というか運の強さまで駆使する辺り、間違いなくストーカーの上をいっている)。
そしてと会話を始めると、やはり苗字のせいか、すぐに八戒との血縁に気付かれた。
その時のの反応は、花喃に言わせれば『脈アリ率60〜70%』。
恐らくは、まだ後輩という気持ちがあるせいだろう。
「だから、少し時間をおく必要があったわけ。そうして大人っぽくなったあの子を見れば、1歳の年の差なんて軽く吹っ飛ぶわよ」
それが、今回の大会応援なのだ。
ここに至るまで、実に丸3年以上。
その甲斐あって、およそ4年半振りに八戒の姿を見たは、『確実に脈アリ』な表情を見せた。
「で、ちゃーんとレストランの予約もしておいたし」
そう八戒に伝え、『頑張んなさい』と背中を押した。
後は、八戒の努力との自覚次第だ。
「それで、奴が行動を起こさなかったり、が無反応だったらどうするんだ」
「やぁね、さっきも言ったけど、人の気持ちなんて私には丸分かりだもの、絶対大丈夫よ。
――何なら、賭けましょうか?」
「何?」
「あの2人が上手くいけば、これから行くレストランでワイン1本奢って頂戴。
もしダメなら、私がシャンパンを奢るわ」
「何でダメならシャンパンなんだ」
「シャンパンの使い道は、飲むだけじゃないのよ♪」
親指でシャンパンの栓を弾く手真似からその言葉の意味するところを悟り、賭けの対象とされている2人に、似合わずも憐憫の情を寄せる三蔵であった――
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―了―
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あとがき
「Sheep and rabbit」裏話。前半は「一応、三蔵先輩にはきちんと話をしていたんですが」の件の詳細、後半は八戒がに告白している間の三蔵&花喃の行動。
いやもう、花喃姉様万歳。三蔵サマすら、花喃姉様にかかれば下僕扱い。原作で、2人が同じ場所に立てないのが、非常に残念です。
ちなみに、三蔵と花喃姉様の間に、恋愛感情は欠片もありません。ただ、お互い相手に自分と同類の匂いは感じている筈。仕事とかでタッグを組むと非常に良さそう。
あと、タイトルについて補足。
『臆病者』の英訳だと、この場合でいえば『sissy(意気地なし)』というのが妥当かも知れないのですが、実はこの英単語、俗語的な用法で『ホ○』という意味も入ってまして。
ここ(最遊記サイト)で使ったらシャレになんねぇ・・・!!
そういう考えから、現在のタイトルになったわけです(滝汗)。 |
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