出番の偏りが著しいのはご容赦下さい(汗)







 炎天下のアスファルト道路を死にそうな思いで駅から歩くこと20分、ようやく冷房のある市民ホールに入ったは、ホッとして手で顔を扇いだ。
 一息つくと、周りを見渡す。
 等間隔に立てられている柱の周囲にそれぞれ人の固まりが出来ていて、その集団の1つに、見知った顔を見つけた。

「悟浄、花喃、久し振り!」

 言いながら2人に駆け寄る。
 花喃はともかく、悟浄はその髪の色も背の高さも、不特定多数の集団の中では非常に目立つ。
 取り敢えず彼さえ視界に入れておけば、自分だけが迷子になることはない。
 ――が、彼自身が集団から逸れている場合もあるので、油断は出来ないが。

「ちぃーっす、先輩」
「久し振りって、私はたった1ヶ月振りだけど?」
「花喃は毎日会ってた分、1ヶ月でも久し振りなの!」

 悟浄は高校時代のコンピューター部の後輩であり、花喃は大学で同じ学部・学科の友人だ。
 そして、花喃と悟浄は同じマンションに住む幼馴染みというのだから、世間は狭い。
 ちなみには1浪していて、現役入学した花喃より1歳上なのだが、その辺は2人して割り切ってタメ口になっている。

「そうそう、私、内定もらったー♪」
「あ、この前言ってた所?」
「うん。大変だったのは最初のペーパーテストぐらいで、社長面接なんて殆ど雑談だったわ」
「まあ、私達の場合、仕事見つけるより卒業する方が難しいし」
「・・・ヤな事言わないでよ」
「お、八戒、電話終わった?」

 悟浄の言葉に、は反射的に顔を上げた。
 悟浄の視線の先に眼を向けると、柱に沿って廻るように歩いて来る八戒の姿。
 どうやら、柱の向こう側で電話していたらしい。
 数年振りに見る八戒の姿に、知らずの心臓は撥ねた。
 八戒も悟浄と同じく高校でのコンピューター部の後輩だが、花喃と双子の姉弟でもある。
 苗字も同じで顔立ちも似ているので、もしかしてとは思っていたが、その事実を知った時も、世間の狭さを痛感したものだ。
 (というより、この姉弟の関係を知って、次いで悟浄の関係も知ったというのが正しい順だが)
 ちなみに、花喃は高校は一緒ではなかった。一緒だったら当然先輩後輩意識は強くなり、こんなに仲良く話していないだろうと思えば、花喃の選択に感謝したい。

「三蔵先輩、駐車場に車を止めて今こっちに向かっているそうです。
 先輩、お久し振りです♪」

 にこりと微笑まれ、更に鼓動が速くなるような気がしたが、それに気付かれないようやや高いテンションで話し掛ける。

「久し振りー♪八戒、背ぇ伸びたんじゃない?悟浄とあんまり変わらないじゃない」
「そうなの、もう180いってるのよね」
「っと待った、俺は184だぜ」
「4cm程度に拘る辺り、悟浄って小さい男よねー」
「そーいえば、高校の時もバレンタインのチョコの数、八戒と競ってたっけ」
「中学の時もよ。で、毎年負けてるの」
「高校の時なんて一応持ち込み黙認されていたからさ、八戒ってば一度廊下で呼び止められたら次々色んな子から渡されてたわ」
「お宅ら、俺に何か恨みでもあンの?」
「「事実を述べているだけだけど?」」
「・・・まあまあ悟浄、いいじゃありませんか。貴方は今もモテるんでしょう?」
「へ、俺はって、お前さんはどーなの」
「理学部物理学科ではね。僕の学年、全員男ですから(苦笑)。それに・・・」
「それに?」
「・・・いえ、何でもありません」
「本当に欲しい相手からは、チョコもらったことないもんね♪」
「か、花喃!!」
「・・・そうなの、八戒?」

 からかうような花喃の台詞に、珍しく慌てたように反応する八戒。
 それを見たの表情に、知らず影が差す。

「いえあの、花喃の勘違いというか、一部間違っているので、本気にしないで下さい」
「でも、チョコをもらいたい人がいるのは、間違いじゃないのよね?」
「いえその、特にそういう・・・」
「お、三蔵先輩じゃん。おう、こっちだ!」

 殆ど意味を為していない八戒の言葉を遮ったのは悟浄。
 その言葉に駐車場との連絡口の方を向けば、悟浄の呼び掛けを聞いてこちらに真っ直ぐ歩いて来る人物。
 連絡口からここまでの10数メートル程度を歩くだけで、エントランスホールにいる全員の視線が彼に向けられる。
 豪奢な金髪はもとより、モデルも裸足で逃げ出す程の顔とプロポーションの持ち主だ、何処へ行っても当然目立つ。
 容姿だけではない。彼の父親は大手ホテルチェーンのオーナーで、すなわち彼自身もゆくゆくはその椅子に座る。
 そのために現在経営の勉強中だが、1浪したにとっては非常に腹立たしい事に、大学はオックスフォードを飛び級して既に一昨年卒業している。
 眉目秀麗・才色兼備・文武両道(高校時代、何かしら突っかかる悟浄を片手で沈めるのを何度も目撃されている)と、およそ欠けている所の無い完璧な人物に感じられる。
 ただ――

「ったく、遅ぇな。手前(テメェ)の従弟の晴れ舞台じゃねぇのかよ」
「こっちは貴様みたいに暇じゃないんでな、自分の時間を確保するためには、それ相応の対価が必要になってくるんだよ」
「おーおー、次期会長様は既にお忙しいご身分なようで、つき合わせて悪ぅござんしたね」
「解ってんじゃねぇか、愚民が」
「こぉの・・・」
「はいはいストップ。2人共、悪目立ちし過ぎです」

 間に入った八戒の言う通り、端整な顔立ちと抜群のプロポーションを持つ金髪の青年と、人好きのする顔立ちにバスケ選手並みの身長を有する見事な赤毛の青年が、しかしヤのつくお仕事の人並みにガラの悪い口調で罵り合っているのだ、
 これが目立たなくて何が目立つのか。

「貴方達、私にまで恥をかかせるようなら、『あの』映像、動画サイトにupしちゃうわよ?」



 ぴた



 花喃の一言は八戒の仲裁より効果があったらしい。
 それまで縄張り争いをする猫のように睨み合っていた2人が、石と化した。

「・・・何撮ったのよ、花喃」
「ふふっ、そのうちにね♪さ、、皆揃ったことだし、会場に行きましょ♪」

 そう言っての腕を取り、本ホールへと歩き始める。
 釣られて歩きながら、ふと基本的な事に気付いた。

「そういえば花喃と三蔵って、以前から知り合いだったの?」

 先程の三蔵への花喃の話し方は、初対面の相手へのものではなかった。
 だが、同じマンションの悟浄はともかく、高校も大学も異なる(もちろん中学校区もだ)三蔵と、どうやって知り合ったのだろうか?

(うち)って達の高校から近かったじゃない?それで、放課後にあの子が悟浄と一緒に家に連れて来ることがよくあったの。
 4人で金曜の夜に徹夜マージャンとか・・・色々ね♪」

 色々って何。

 聞きたくても聞けないオーラに、『そういえば八戒も綺麗な笑顔で毒吐いてたっけ』と、今更ながらにその血の繋がりを見出したであった――








 達が集まったのは、『ロボットコンテスト高校生大会・全国大会』。
 規定のルールに則った動作をするロボットをチームで作って戦わせ、地区予選を勝ち抜けてきた高校が優勝を目指して戦うのだ。
 そのコンテストに、達の高校のコンピューター部、つまり後輩がエントリーしている。
 その中には、三蔵の従弟である悟空もいて、彼の招待を受けて、応援に来たのである。
 結果的に、悟空達は準決勝敗退だったが、達を始め会場中が彼らに惜しみない拍手を与えた――








 市民ホールから外へ出ると、既に日は暮れ、月が輝いていた。
 こんな都会では、ネオンが明るすぎて星は碌に見えないが。

「これからバイトなんだよね。もーちょっと頑張れば正社の道が見えそうなんだぜ♪」

 そう言って悟浄は、ネオン街の方に消えていった。
 バイトの業種がは少し気になったが、そのうち花喃辺りが教えてくれるだろう。
 そうして残った4人(悟空は部のメンバーと帰る)が円になると、何故か微妙な沈黙が流れた。

「えっと・・・わた」
「ちょっと三蔵、話があるんだけど」

 『私帰るね』と言いかけたのに気付かなかったのか、花喃が三蔵に話し掛けた。
 昼間もそうだが、花喃は年上である三蔵に対しても、上から的な態度を崩さない。
 その証拠に、八戒が卒業した今でも『三蔵先輩』と言うのに対し、花喃は見事に呼び捨てである。
 は現在同学年なので、タメ口の方が気が楽なのだが、既に社会人である三蔵にその口調で話せる花喃は、ある意味大物だ。
 そしてこれまた不思議なことに、三蔵も三蔵で花喃の言葉に片眉を上げながらも無言でそれに従い、から数メートル距離を置いて2人で話し始めた。
 これが悟浄辺りなら、『話があるんだけど』『俺には無い』で終了だ。
 自分の想像に自分で笑いそうになるの前に、人影が差した。

先輩」
「八戒・・・?」
「差し支えなければ・・・夕食、ご一緒しませんか?」

 貴女の就職内定祝いも兼ねて。
 そう言って微笑まれると、再び心臓が撥ね上がる。

「いい・・・よ?」
「本当ですか?良かった。僕、いい所知っているので、案内させて下さい」

 言うと、大通りを駅から遠ざかる方向に歩き出した。

 え、ちょっと待って、花喃は、三蔵は?

 てっきり4人か、少なくとも花喃と3人での食事と思っていたは、後ろの2人に声を掛けようと振り向いた。
 しかし、そこに彼らの姿は無く、並木道が見えるだけ。

「八戒、待って、花喃と三蔵が・・・」
「心配要りません、花喃にはもう言ってあるので、花喃から三蔵先輩に伝えてもらってます」
「そうなの?」
「・・・嫌ですか?僕と食事するのは」

 突然、歩を止めた八戒が、を正面から見つめた。
 常に湛えている笑みを消して投げ掛けられる真摯な視線に、一瞬気圧されるも、そこは元先輩のプライド、怯んでなんかいられない。

「嫌じゃないわ――って言っても、男の人と食事するのって、今回が初めてなんだけど」
「三蔵先輩は?」
「三蔵なんて、高校卒業してから今日初めて合ったのよ?こっちが1年ムダに遠回りしながらあくせくしている間に、オックスフォードなんか卒業しちゃって。
 大体、私は三蔵の持つ頭脳やルックスは羨ましいと思うけど、あんな高慢ちきな根性悪となんて、100円マックのシェーキするだけでも嫌よ」
「・・・それを聞いて安心しました」
「は?」

 元先輩が別の元先輩の事を悪し様に言うのを聞いて『安心した』とはどういうことだろうか?

「一応、三蔵先輩にはきちんと話をしていたんですが、先輩自身がどう思っているのか、解らなかったので」
「???」

 と、八戒がの方へと歩み寄り、その距離を縮めた。

「好きです」

 言いながら、の片手を取る。

「好きです・・・貴女の事が。ずっと前から――高校時代から」

 そう言って、その指に口付けた。
 クラブの紅一点として目立っていたからというだけではなく、
 普通の女の子なら距離を置くような数式や理論に、真剣な眼差しで取り組んだり、
 かと思えば自作のプログラムが正常に作動するのを見て、目を輝かせて喜んだり、
 気が付けば、眼だけでなく、心まで奪われていた。

「〜〜〜、〜〜〜、〜〜〜っっ!?」

 指に口付けなんて、映画のワンシーンのような事をされたは、金魚のように口をパクパクさせるだけで、言葉が出てこない。

「・・・嫌・・・ですか?」

 八戒の言葉に、慌てて首を振る――もちろん横に。
 嫌なものか。
 全校の女生徒が憧れる人物から『先輩』と慕われ、憎からず思っていた。
 数年振りに合って、その大人びた風情に心臓が高鳴った。
 学生時代という道を我武者羅に突き進んできて、そんな気持ちが自分の中にあることすら、今の今まで気付かずにいた。
 そう――『好き』という、ヒトが当たり前に抱く気持ちに――
 の反応に、その意味を悟った八戒は、更にに近付いた。

「返事・・・は、ちょっと無理そうなので、代わりにコレ、下さい♪」



 ちゅ



「※◇*ШΨ▲◎Ω■∵○@☆〜っ」
「ちょ、ちょっと先輩!?」

 八戒がキスしたのは
 だが、それだけでも恋愛経験の無かったにとっては相当な刺激だったのだろう。
 意味不明の悲鳴を上げ、腰を抜かしてしまった――








「・・・そういえば、昼間のバレンタインチョコの話ですが・・・」

 キスのショックから文字通り立ち上がれないを背負いながら、目的のレストランへ向かう八戒が、ポツリと言う。

「あの時、一応女だから、私チョコチップクッキー作ってきたじゃない」

 だから花喃の言っていた『本当に欲しい相手』は自分ではないのだと、そう思っていた。
 少しむくれるようなその言い方に、八戒の笑みが深くなる。

「だから花喃は一部勘違いしているって言ったんです。それに、あの後言おうとして言えませんでしたが、チョコに拘ったわけではないんです。
 『部活の先輩』から『部員全員に』ではなく、『貴女』から『僕』宛てに欲しかったんですよ。
 でもあの頃、貴女と三蔵先輩がデキてるって噂があったので、そんな事言えなくって・・・」
「は!!?何ソレ?」
「三蔵先輩からも、同じ事言われました」

 あの見目と反比例する口の悪さの持ち主だ、相当辛辣な言葉をぶつけられたに違いない。
 それを苦笑一つで流してしまう八戒も凄いといえば凄いが。


「――で、さっき貴女の三蔵先輩に対する気持ちを聞いて、やっと自分の気持ちを伝える気になったんです。
 ・・・すみません、こんな臆病な人間で」
「・・・臆病なのはお互い様だから、いいわ」

 ずっとずっと、自分の中の大切な気持ちに眼を背けていた。
 それに気付かせてくれたのが貴方の臆病さであるのなら、臆病だって構わない。
 大切なのは、今、こうしている事なのだから――








 到着したレストランに(流石に降ろしてもらって)入ると、何と花喃と三蔵が待ち構えていた。

「ほぉら、ちゃんとくっ付いたでしょ♪ワイン1本、奢りね♪」
「チッ・・・怖気づくと思ったんだがな」
「・・・貴方がた、人の一世一代の告白を、賭けの対象にしないで下さい(凹)」
「花喃・・・もし私達の間で何事もなかったら、どうしてたの?」
「ワインじゃなくてシャンパンの栓を、あの子に向けて跳ばしてたわね」

 ここまで清々しい性格の親友が未来の義姉になるということは、幸せなんだろう・・・多分。
 三蔵の奢りのワインで乾杯しながら、はそんな事を考えた。








―了―
あとがき

すいませんこれだけ、これだけ叫ばせて下さい。

八戒ドリはもう勘弁です!!!

いやもうこっ恥ずかしいの一言。こんなの書くより三蔵×計都書く方がずっと楽。
計都(オリキャラ)という存在は、香月自身を投影している部分もありますが、あくまでも香月自身ではなく、娘に限りなく近い存在。なので、サイト内では『サイバードーター』と銘打っております。つまり娘の恋愛を見守る親の気分で書いているわけですね。
香月の感覚が変なのか、どのキャラでも自分相手のドリームに出来る方が特殊なのか、判断に苦しむ所です。
ちなみにこの話のモチーフとなるのは100質の中の一つに対する香月の回答で、それに多少肉付けしただけのものですが、いやドリームメーカーって凄いですねぇ。ちょっとレイアウト変更にてこずりましたが(それで日付けを越えてしまった)。
タイトルの意味は『臆病者同士』的なニュアンスで。



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