Sheep and rabbit 八戒自覚編







 学生にとって、秋は最も目まぐるしく時が過ぎる季節だろう。
 学校によって時期や力の入れ具合は異なれど、文化祭・体育祭の2大イベントが控えている。
 特に前者は、クラス単位だけでなく文化部独自の参加もあるので、文化部を掛け持ちしている生徒は忙しさに悲鳴を上げるものもいる。
 まあそれもいつか美しい思い出となるのだが。
 そして文化祭初日。校舎内も校庭も中庭も、それぞれの催し物で賑わっていた。

「・・・、先輩?」
「げ」

 戸惑うような八戒の呼び掛けに、がま蛙のような呻き声を挙げるのは、 
 八戒とは、コンピューター部の先輩後輩の間柄である。
 が、今2人が立っているのは、自分達の部室ではなく、貴賓室の前。
 そしては、制服ではなく浴衣を身にまとっていた。
 いつもはゴムでまとめている長い髪も、アップにして簪まで付けている。

「先輩、部活掛け持ちしてたんですか・・・茶道部ですか?華道部ですか?」

 貴賓室は洋室・和室に分かれ、両方を茶道部と華道部が共同で使用している。
 文化祭初日は華道部が和室で活け花教室を開き、茶道部が洋室で立礼点前を催す。
 2日目は茶道部が和室で本点前を行い、華道部は洋室でフラワーアレンジメント講習会を開くのだ。

「・・・茶道部」
「へえぇ・・・それにしても浴衣姿、素敵ですね」
「(///)だからクラブ掛け持ちしているなんてるなんて言わなかったのよっ」
「あれ、少し前に悟浄来ませんでした?さっき休憩を交代した時に、『浴衣美人が拝めた』って言ってましたが」
「裏方の仕事もあるから、たまたま会わなかっただけでしょ。
 ・・・浴衣美人じゃなくて悪かったわね」
「何言ってるんですか。綺麗ですよ」
「はいはい、お世辞はいいから。
 ――何なら、お茶していく?」
「え!?」
「もうすぐ次のお点前が始まるわ。披露するのは私じゃなくて八百鼡ちゃんだけど。
 特別に前売り価格でお茶・お菓子券売ってあげるから、どうぞ入って」
「あ・・・そうですね。ではお言葉に甘えて」

 『お茶していく?』の意味を取り違えて声を上擦らせた八戒を責められる者もツッコめる者も、残念ながらここにはいなかった――








 秋の日は釣瓶落とし、の言葉通り、片付けが終わる事には日が暮れていた。
 明日はもっと大掛かりな片付けになるから、更に遅くなるだろう。
 まあ、自分の住むマンションは学校から程近いので、左程苦にはならないが。
 悟浄も同じマンションなので一緒に帰ることもあるのだが、今日はクラスの友人達と夕食を摂ると言って教室へ戻っていった。
 と、前を歩く生徒達の中に、見覚えのある後ろ姿を見つけ、歩幅を大きくして近付く。

先輩」
「あ、八戒」
「今帰りですか?」
「うん。今日はコンピューター部(そっち)任せっきりで悪かったわね。明日の午前は出られるから」
「午後は?」
「今度は和室でお点前。
 ――他の部員には言わないでよ」
「えぇと、どちらの?」
コンピューター部(そっち)よ。私が茶道部を掛け持ちしている事を言わないで欲しいの」
「掛け持ちは問題ないと思いますが」
「校則の問題じゃないの。
 悟浄も浴衣姿の女の子見に来たんでしょう?
 見世物じゃあるまいし、コスプレ見たいなら他を当たって欲しいわ」

 の言い方は多分に棘を含んでいるが、確かにその通りかも知れない。

「取り敢えず、明日一日バレなければ大丈夫だから、それまで黙ってて頂戴」

 3年生は予備校や塾へ行く者が多いので部活動は実質半引退状態ではあるが、最高学年としての責任で文化祭の準備を進め、その終了日を以って正式に引退するというのが慣例だ。
 そして文化祭明けのクラブ活動日、文化部は各自歓送会を行い、3年生を見送る。
 つまり、3年生のと2年生の八戒の接点は、その時点で無くなってしまうのだ。
 その事実に思い至った途端、俄に八戒の胸がチクリと痛んだ。

「・・・引退したら、もう、部室には来ないんですか?」
「模試も増えてくるからね・・・まあ、時間に余裕があれば、顔くらい見せるわ。
 あっ、バスが来た!――じゃあね、お疲れ!」
「あ――お疲れ様・・・で、す・・・」

 言うだけ言って校門へと走って行ってしまったに、八戒の返事は届かなかったかもしれない。
 不意に、先程感じた痛みの正体に気付き、八戒は顔を赤らめた。

「・・・うわぁ・・・」

 双子の姉の存在もあり、どちらかというと自分は年上の女性を好きになることはないと思っている節があったが、
 実際に、先輩である人を好きになるとは。
 しかし同時に、一部で彼女と恋仲と噂されている人物の存在も思い出し、胸中を苦い物が広がった。
 噂の域を出てこそいないが、確かにあの2人はプログラミングやら数学やら、何かと相談している姿を見る。
 噂が事実であれば、

「・・・敵うわけないじゃないですか・・・」

 初恋は実らないって本当なんだ、と落ち込む八戒の姿を、気に留める者はいなかった――








 文化祭が終了した次のクラブ活動日。
 パソコン室にて、コンピューター部3年生の歓送会が開かれた。
 『せんぱ〜い、悟浄チョー寂しい〜』などと言ってに抱きついた悟浄が、大音量の悲鳴と共に一本背負いで床に叩きつけられたのを、八戒は冷ややかな眼差しで見ていた。
 猪 八戒17歳。
 約5年後にこの初恋が実る事を、この時の彼はまだ知らない――








―了―
あとがき

最初のドリーム小説で『八戒ドリはもう勘弁』ってフォントサイズ3倍で叫んだの誰ですか香月です。
まあ言い訳させていただきますと。
片想いはおっけぇ、むしろ萌え!(そういう問題?)
要はいちゃいちゃらぶらぶが書けないんですね、香月は。
それで小説書いて、それをWebにさらそうというのだから、いい度胸です。
更には馴れ初め好きというやや偏った嗜好なので、どちらかというと結ばれるまでの過程を書くのが好き。
当館の八戒は、他人の恋愛には思いっきり口を挟んでおきながら(迷惑そうに睨まれてもお構いなし)、自分の恋愛には極端に臆病になる傾向があるようです。



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