Sheep and rabbit V.D.編







 殆どの行事は終わってしまい、後は学年末考査が控えている2月中旬。
 この季節、学生は誰もが浮かない顔つきを隠せない。
 そして、各部室は、一時的に部員専用の自習室状態となっている。
 気心の知れた者同士で勉強する方が、身に付きやすいからだ。
 八戒と悟浄も例外ではなく、彼らの部室――パソコン室――で教科書を広げて顔を突き合わせていた。
 流石に1年から留年する者はいないが、それでも余りにお粗末な点数では追試や宿題等のペナルティが課せられるので、出来れば遠慮したい。
 それは誰しも同じなのだろう、部室のあちこちで、別の部員達もひっそりと自習を続けている。
 と、ガララッと音を立てて引き戸が開けられ、彼らにとって馴染みの深い声が掛けられた。

「はかどってる、皆?」
「全然はかどってましぇーん」

 悟浄が軽口で返す相手は、 
 八戒・悟浄の一つ先輩にあたる2年生だ。
 悟浄の軽口に鷹揚に笑い返しながら、は持って来たやや大きな紙袋を近くの机の上に置いた。

「どうしたんですか、先輩?」
「んー、昨日の晩ね、余りにも勉強に身が入らなかったもんだから、つい別の事に時間潰しちゃったの。その成果がコレ」

 そう言って、紙袋から藤の弁当箱のような物を取り出した。
 弁当箱、といっても結構大きく、どちらかというとピクニック用の物かも知れない。

「成果?」
「何々?」

 その意味有りげな様子に、他の部員も無視しきれなくなったのだろう。部室の四方からわらわらと集まりだした。
 皆を代表して悟浄がその箱の蓋を開けると――

「(部員全員)おおっ・・・!」

 集まった部員達から、感嘆の声が上がった。
 中に入っていたのは、ココアクッキー。
 先の話からして、の手作りだ。
 しかも、丁寧に1人分ずつラッピングされ、リボンがかけられている。
 そういえば、と八戒は明日の日付けを思い出した。

 2月14日 聖バレンタインデー

「まあ明日はそれぞれ個人的にもらいたい人からもらえればいいね、って感じ?」
「をーいせんぱーい、そりゃ嫌味っスか」

 悟浄の言葉に、部員達がドッと笑う。
 八戒も同じく笑みを浮かべようとしたが、

 ――あれ?

 笑えない。
 悟浄の言った事が解らなかったわけではない。それが冗談だという事も理解出来ている。
 そうでなくても、どんな時だって笑顔だけは条件反射で浮かべられる自分が、一体どうしたというのだろうか。

「・・・どうしたのよ、八戒、ボーッとしちゃって?」
「え・・・あ・・・」
「明日の心配?大丈夫よ、貴方なら山ほどもらえるから。この学校、そーゆーところは自由が利くし」
「ぼ、僕は別にもらいたい人なんて――」

 ――あ・・・あれ?

 もらいたい人なんていない、と言おうとしたのに、何故だか言葉が出ない。
 普段は頭で考えなくてもスラスラ喋れる舌が、油が切れたかのように動きを鈍らせている。
 さっきから、何だかいつもの自分ではないようだ。

「・・・すみません、ちょっと調子が悪いみたいです。今日は帰って休むことにします」
「そうなの?大丈夫?」
「おいおい、週明けから学年末だぜ?」
「大丈夫ですよ。熱があるわけではないですし、今日きちんと休息をとれば、明日も来られると思います」
「いいのか、明日休まないで?」
「無理すんなよ?」
「むしろ試験日に休んでくれ」

 どさくさに紛れて誰かの言った台詞に、皆が笑う。
 今度は八戒も、笑うことが出来た――








 ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ・・・



「・・・36.6℃。完全に平熱ですね」

 体温計をしまうと、八戒は明日の準備をして早々に床に入った。
 今日の不可解な変調は、試験勉強で一時的にストレスが強くなった所為だろう。
 取り敢えず試験が済めば精神的に楽になるだろうけど、大学受験の事を考えるようになるのもそう先の話ではない。
 今からこんな事じゃ駄目だ。明日から気を引き締めないと――
 そう自分に言い聞かせると、八戒は目を閉じた。
 猪 八戒16歳。
 己の気持ちに気付くまで、あと8ヶ月――








―了―
あとがき

『Sheep and rabbit』自覚前のV.D.話(といいますか前日ですが)。本編で出て来たV.D.の話はこの翌年です。
なのでこの年は敢えてココアクッキーで。
『個人的にもらいたい人からもらえればいいね』と言われ、暗に自分はその役目ではないという意味を汲み取り、実はちょっぴり傷付いている八戒。
でもこの時点では、本人ですら傷付いている事に気付かないままになっています。
実は、この翌日(つまりバレンタインデー当日)の話もあるのですが、
1.ドリームというより単なるオチです
2.そこはかとなく585が疑われても仕方ない内容が入ります(言っときますが香月はノーマルです)。
3.言うまでもなく(笑)、悟浄が不憫です。
以上をご了承の上で、『何でもOK!』と仰っていただける方は、こちらへどうぞ。



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 翌日――

「おー八戒、ガッコ来て大丈夫なのか?」
「ええ。病気という程のものじゃないですから」
「そうだコレ、今のうちに渡しとくわ」

 そう言って悟浄が差し出したのは――

「あ、昨日の・・・」
「結局食わずに帰ったじゃん?腹が悪いんなら俺がもらうけど?」
「そんな事言って、先輩がいいって言ったんですか?」
「んにゃ、『2人分食べるんじゃないわよ』って釘刺された」
「やっぱり」

 笑いながらそれを受け取った瞬間、


「きゃ―――っっ!!悟浄君が八戒君にクッキー渡してる――!!八戒君受け取ってる――!!」
「(周囲の女子全員)うっそーっ!!貴方達デキてるのォ――!?」



 ・・・・・・・・・・・・ハイ?


「オイちょっと待て!どーしてそーなるんだ!?」
「悟浄・・・今日の日付け・・・!」
「う、げ;」
「っていいますか、これ先輩からのクッキーなのに、悟浄とそういう風に見られるなんて・・・」
「待て待て待て!ってことは何、俺の方が受・・・」

「ナンデモアリマセン。ハヤクゴカイヲトキマショウ」
「そうですね。悟浄、お願いしますね」
「俺が!?」
「何か文句でも?」
「イエ、ゴザイマセン」

 『あのクッキーは只の預かり物で、俺は完全にノーマル・・・あ、や、俺も八戒もノーマルなんだってば!』という悟浄の訴えが届いたのかどうかは解らない。
 ただ、その日悟浄がもらったチョコの数が、中学時代より明らかに少なかった事は、悲しいかな紛れもない事実だった――








―今度こそ、了(笑)―
あとがき

この件が尾を引き、翌年も翌々年も、チョコの数は八戒に負け続ける悟浄なのでした(笑)。



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