会長秘書八戒と図書館司書ツンデレヒロイン第2弾(笑)







 顔良し、スタイル良し、大手企業の超エリートで、頭脳明晰。
 そんな人物が、何を欲しがるのか、検討も付かない。








「八戒、貴方もうすぐ誕生日でしょう?」

 9月上旬のある日曜の夜。
 どちらも月曜に休みを取り易い仕事なので、月2回くらいの割合でこうして日曜に会い、食事を取っている。
 ちなみに、この後どうするかというと――そのまま別れるのだ、笑える事に。
 が住んでいるのは市の職員寮なので、未婚女性の部屋に男性が出入りするのはかなり拙い。
 かといって、月曜の早い時間から会おうと思うと、八戒の負担は大きくなる。
 ちなみに、は車に乗れないので、が八戒の住む地域に行く事は難しい。
 そこで考え付いたのが、の勤める図書館から程近い悟浄の家。
 前日の日曜に八戒は彼の家に泊まり(宿代代わりに保存食を2品作ることで家主の同意を得た)、次の日に再び落ち合う。
 今日も今日とて、仕事を終えた後待ち合わせた2人は、近くの駅ビル内のレストランで食事を取っていた、その席でのの台詞がこれだった。

「今まで誕生日の話なんてしたことありましたっけ?」

 自分達はつい先月、十数年振りに再会し、そこから交際を始めたばかりだ。
 孤児院時代には、月毎の誕生会のようなものはしていたが、正確な日付を他人に言った覚えなど『悟能』であった頃も『八戒』になってからもない、筈。
 それに対して返されたのは、単純明快な答え。

「貴方とはしてないけど、花喃からは誕生日を聞いていたもの。自動的に貴方の誕生日も分かるじゃない」
「あ、なるほど」

 常に花喃に寄り添って行動していただ。当然、女の子同士の話で誕生日の話題も出る。
 そう得心した八戒だが、

「だから、花喃にあげられない分のお祝いの気持ちを、貴方に贈ろうかと思って」

 続いた台詞に、思いっきり脱力してしまった。
 何せ花喃が初恋の相手――それは八戒も同じだが――なのだ、彼女が他界した今でも、の中で彼女は『理想の王子様』として君臨し続けている。
 世間一般のベッタリいちゃいちゃしたカップルの姿を嫌悪する八戒だが、こうもドライというか、想いのベクトルが明後日の方向を向かれていると、何かが違うとツッコミたくなる。
 『テメェはボケ専門じゃなかったのか』×2という異次元からの声はさておき。

「祝って、くれるんですか?」
「・・・目的語を言ってくれないと困るんだけど。花喃を?それとも貴方を?」
「両方、です」

 既にこの世を去り、自分以外の誰の記憶にも残っていないと思っていた花喃を、
 花喃を死に追いやる一因となり、今も生き続けている自分を。

「当たり前でしょう?悔しいけど、貴方が花喃の存在意義だったのよ?そして花喃は私の心の拠り所だった。だから花喃の存在に感謝すると同時に、花喃を存在させた貴方にも感謝したいの。
 花喃が死んでたって関係ないわ。貴方達2人まとめて祝わなきゃ意味無いじゃない」
「・・・・・・」

 目から鱗が落ちるようだった。
 彼女が死んでからは、毎年誕生日になると、永遠に歳をとらない彼女と年々歳が離れていくのをどこか寂しく感じていた。
 死んでしまったら、誕生日なんか関係ないと考えていた。
 けれどそうではない。
 『存在』したことに感謝し、その『存在』の始まりである『誕生』の日を祝うのだ。
 今、生きていようが死んでいようが、その気持ちが変わる筈もない。

 そういえば、クリスマスも花祭りも、開祖の誕生を祝う日ですよね。本人が死んで何百年経っていようと。

 そう考えれば、花喃も含めて誕生日を祝うというの気持ちも、受け入れられる気がする。
 改めて、を見直した八戒だった。

「?・・・何よ?」
「いえ。嬉しいなと思って」
「!・・・っ、べ、別にわざわざじゃないのよ、双子なんだもの、どうせ1人も2人も一緒だし、一緒に祝った方が手っ取り早いって考えるしっ」
「それでも、ですよ」
「〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 言葉を失い、耳まで真っ赤にする様子は、見ていて可愛らしい。
 まあ、1つ年上の女性に対して抱く感想かどうかはさておき。
 花喃に抱いた感情は、こんな微笑ましいものではなかった。
 もっと直接的で、互いが相手を貪るような、醜いまでの執着。
 愛情に飢えて、餓えて、しがみ付くように互いを捕えて離さなかった。
 だけど、こんなものもいいかも知れない。
 それが『愛』とは呼べなくても、『恋』から――その一歩手前から始めるのも。
 元が恋のライバル――といっても双方共に成就不可能な恋だが――だった者同志が、互いに歩み寄り、手を取り合うまで。
 時間を掛けて、少しずつその距離を無くしていけばいい。

「そういえば、誕生日を祝うというところまでは話しましたけど、その続きは?」
「え?あ、そうそう。取り敢えず、誕生日プレゼントのリクエストがあれば聞こうかなー、って思って」
「いいんですか?――その、まだ僕達・・・」
「付き合って一月程度でも、相手の誕生日にプレゼント贈る甲斐性くらい私にだってあるわよ」
「いえ、誰も貴女を甲斐性無し呼ばわりはしませんが・・・」

 でもどちらかといえばケチですよね、という言葉は、互いの為に心にしまっておく八戒だった。
 それに、ちゃんと『付き合っている』という自覚があるのが、正直嬉しい。
 悟浄辺りが聞いたら憐憫の涙を流しそうな事を考えながら、八戒は何を貰おうかと頭を捻った。

「急に言われても・・・ちょっとすぐには思いつかないですね・・・」
「・・・よねぇ」
「?」
「私だってそれなりに考えたんだけど。でも貴方って顔もスタイルも仕事も頭も、ほぼ完璧に近いものを持ってるじゃない。必要なものが考え付かないくらい、満たされているのよ。
 強いて言えば性格は今一つだけど、そんなの物をあげてどーにかなるものじゃないし」
「・・・随分な言われようですけど、事実だけに文句の言いようもありませんね」
「欲しい物が思いつかないなら、何所か行きたい所ある?当日、丸一日付き合えるけど・・・」
「それがですね、ほら、今年の9月21日は・・・」
「あ」

 秋の大型連休。
 ホテル業界にとって、まさにチャンス到来といえるこの時期、当然休みを取るのは難しい。
 会長秘書といえどもそれは同じで、しかも半期決算も控えているので、連日会議や会食の予定が詰まっている。
 これはどうも、当日のデート(という単語を口にする度顔を赤らめる辺り、はその方面ではかなり晩生らしい)は諦めるしかないだろう。
 せっかくの方も恋人らしいことをしようと努力しているのに(多分、これでも)、肝心な時に歯車が合わないなんて。
 と、そのが、食後のコーヒーにも手を付けず、考えに耽っているのに気付いた。

「ふーん・・・そっかぁ・・・となると・・・」
「・・・?」
「よし、決めた。明日、少し足を伸ばしたいんだけど、いいかしら?」
「えぇ・・・それは構いませんが」

 明日、プレゼントの買い物をするのだろうか。
 詳しく話そうとはせず、機嫌良くコーヒーを飲むに、八戒は『?』を大量生産するのだった。








 そして月曜――
 駅の改札前で待ち合わせた2人は、そこから私鉄に乗り込んだ。

「2人で遠出するのって、初めてですよね」
「そもそも、10年ちょっと振りに会って1ヶ月しか経ってないんですもの。しかもその後会うのはこれで2回目だし。
 それに、そんなに遠くには行かないわよ」

 相変わらず、素直とは言い難い反応だが、よくよく観察すれば、その実結構上機嫌なのが判る。
 仕事柄、人の感情の機微を察することに長けてきたからこそ、判る事だ。
 ――プラス、表情筋が退化しきっている某雇用主に付き従ってきて得たスキルもあるだろうが。
 きゃあきゃあとかしましいのが苦手な性分なので、のこの淡白な所が好ましく思える。

「もうすぐ着くわ」
「もう、ですか?」
「言ったでしょ、そんなに遠くには行かないって」

 電車に乗って、4駅程しか通過していない。
 程なくして電車は駅に到着し、改札を出たは、目の前の建物を指し示した。

「ここ」

 そこは、いわゆる大型家電量販店。
 パソコン・ゲーム・生活家電と、ありとあらゆる電化製品が扱われている店だ。
 しかし、今特に買い換えなければいけない電化製品があるわけでもないのだが。
 首を傾げながらも、に付いて行った八戒が辿り着いたのは――

「これよ」

 マッサージチェアのコーナー。
 そこには当然現品が展示されており、いつでも試用出来るようになっている。
 その中の一つに、2人掛けタイプがあった。
 1人掛けのソファが2つ並べられているだけかと思いきや、片方の向きを反転させて、掛けている者同士が顔を斜向かいで合わせることも出来るようになっている。

「流石に買うことは出来ないけど、暫くここでくつろぐっていうのは、どう?
 どうせ貴方、本当は今すっごく忙しいんでしょう?休める時にしっかり身体を休めなきゃ」
「・・・・・・」

 図星だった。
 大型連休を前に、高額プラン等様々な企画の承認やそれに伴う方々との取引など、仕事がてんこ盛りで、正直起きている時間はほぼ全て仕事に費やす毎日が続いているのだ。
 そして明日からも、同様の毎日が続き、10月まではこの状態が続きそうである。

「貴方に必要なものは、癒しと休息――そう思ったんだけど」
・・・」

 素っ気無い口調だが、自分の事を気遣ってくれている、その事実が嬉しい。
 と、不意に閃いた思い付きに、八戒の笑みが深くなる。

「もう一つだけ、欲しい物、ありました」
「なぁに?」
「愛情、です♪」
「なっ・・・!」
「せっかくこういう構造してるんですから、掛けている間、手、繋いでもらえませんか?
 その方が、より一層満たされるんですけどねぇ?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!」

 そして。
 そのソファに掛けている間、や周囲の反応を物ともせず、八戒はの手を握り続けた。
 しかも、タイマーが切れても何度も再スタートさせる。
 結局、昼食とお茶、それと自分達同様の目的で順番を待つカップルが現れた時以外、
 ほぼ一日中、八戒はの手を離さなかったのだ。

 だって、ねぇ?せっかく貴女が僕にプレゼントしてくれたんですから、有効に使わなくちゃ♪

 『マッサージチェア ラブソファタイプ』と書かれた商品札をチラ、と見ながら、八戒はからの初めてのプレゼントを、心行くまで堪能したのだった。








―了―
あとがき

社会人設定ドリーム第2弾。
付き合って間もなく迎える八戒の誕生日・・・の少し前の話(だってこの八戒、ホテル業界勤めなんだもの)。
てか多分交際1ヶ月程度だったら、香月なら知らなかったフリします(鬼)
ちなみにこの後、ヒロインは花喃宛に花を買って八戒に渡すんですが、話のまとまりが悪くなるので割愛。
八戒の愛情の求め方は、溺れる人間のように我武者羅に相手にしがみ付くタイプなのではないだろうかと、香月は勝手に推察しております。
それとは逆に、ヒロイン(とゆーか香月)は愛情を『生きる上であった方が人生潤うだろうけど、無ければ無いで別に困らない』と捉えるスーパードライ感覚(笑)。
今後もこの2人の、噛み合ってるんだかいないんだか判らない姿を柱として、書いていこうと思います。



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