病院が舞台にならない病院パラレル(笑)







 仕事が忙しければ忙しいほど、仕事関係以外の人付き合いというのは少なくなる。
 そんな中、学生時代の友人というのは有り難い存在で、最近の話題やら美味しくて安い食事処等、様々な情報を提供してくれる。
 といっても、その交友範囲というものが広い者と狭い者がいるのだが、目の前にいる2人は――

「・・・両極端?」
「あ?何か言った、八戒?」
「いえ、何でもありません」
「また碌でもない事を考えてやがったな」
「『また』って何ですか、失礼な」
「ということは、今しがた碌でもない事を考えていたというのは否定しないんだな」
「あはははは」

 高校時代からの友人である三蔵と悟浄。
 性格は全く似ていないのに、なぜか馬の合う僕達は、何かというと寄り集まってプチ飲み会を開いたり、カラオケ(僕は歌いませんええ絶対に)やダーツホールに足を運んだりしている。
 しかも、卒業後の進路は大学・短大・専門学校とバラバラなのに、結局全員医療系というのも、何だか笑える。
 三蔵は医者の卵。何せ実家が病院を開業しているから、ゆくゆくはそれを継ぐんだろう。
 僕達より卒業が遅いので、今はまだインターン期間の2年目だ。
 悟浄は理学療法士。本人は『医者みたくガリガリ勉強しなくても簡単に看護師とお近付きになれるしな』とうそぶいていたけど、実際は親代わりに自分の面倒を見てくれていた隣の家のお爺さんが身体を悪くしたのがきっかけだというのは、ここにいる面子だけの秘密だ。
 そして僕は、医療事務。
 今は正式資格ではないものの、注目されている医療クラークになりたくて、日々勉強中の身だ。
 去年・一昨年は三蔵が国家試験を控え、その後も研修に明け暮れていたので、こうして3人が集まるのは随分久しい。
 しかも今回は、その三蔵から珍しく誘い(というよりは召集命令に近い)が掛かったのだ。

「・・・んで?急にまた何で俺達呼び出したワケ?」

 取り敢えず飲んで食べてを繰り返して早30分。まあ久し振りに顔を合わせるからといって、女の子みたいにきゃあきゃあはしゃいで近況を話し合ったりするわけではないが。
 三蔵が呼び出すからには、それなりに大切な話なのだろうから、へべれけで聞くわけにはいかないだろう――悟浄が(僕、余り酔わない性質なんですよねぇ♪)。
 そこで、早めに本来の目的を聞き取ることにしたのだ。

「・・・今の研修先が、診療科目の再編を行うとかで大規模な異動が予定されてて、今いる研修医をそのまま本採用するわけにいかないんだとよ。なんで研修の傍ら目下就職活動中ってわけだ」
「へー、そりゃ大変だ」
「医師不足による診療規模の縮小は以前から問題になってますからねぇ。
 でも、研修先の病院から紹介はないんですか?」

 医師の、というか病院の世界は警察や官僚と同じくらい、もしくはそれ以上の縦社会だ。
 卒業した大学の学閥が、そのまま病院の派閥に繋がる。
 何ヶ所かの病院を渡り歩いた先輩が、『だから他所からの医者が移ってくると、使う薬の種類が変わって、登録作業にてんやわんやする破目になるんだよ』と言っていたっけ。
 まあそれはともかく、つまり現在の研修先イコール就職先にならないのであれば、その病院と同じ学閥で交流のある別の病院を紹介してもらえるのが普通じゃないだろうか・・・多分。

「紹介なら幾らでも、それこそ離島の診療所に助手扱いでトバすことも出来るって言われたがな、あのジジィ、面倒臭がって、取り敢えず自分の足と眼と耳で、此処はと思う所を探して来いなんて言いやがった。口利きはその後だとよ」

 曲がりなりにも研修先の教授をジジィ呼ばわりとは、怖いもの知らずもいいところだ。
 とはいえ、逆に言えばそれだけ教授の懐が広いという事なんだろう。

「はー、それでうちと八戒のトコの内情を知るために呼び出したワケね」

 現在、僕は桃源総合病院、悟浄は長安総合病院に勤めている。
 どちらも患者数・病床数共に似た規模の病院で、大学病院ほどの高価な設備はないが、それでも市内ではトップレベルの医療の質を誇る点も同じだ。
 そこまでなら僕達に聞くまでもなく資料があるだろうから、要は実際に働く者の生の声が聞きたいんだろう。

「でもよぉ・・・俺っちトコはリハビリセンターが建物ごと独立してっから、あんま医者の姿見ることって少ねーんだよなぁ」
「ほう、ムカつく顔を見ずに済むってんなら、願ったり叶ったりだ」
「このヤロ、人が真面目に考えてやってるってのによ」
「まあまあ。僕はドクターと内線電話でやり取りもしますし、各ドクターの評判もある程度聞き及んでますので、そこそこ情報は持っていますよ?」
「助かる。こっちの赤い馬鹿からは碌な情報が得られなさそうだしな」
「っと待った。俺ばっか役立たず扱いされてたまるかよ。
 おーっし。なら助っ人を呼んでやる。それでどうだ?」
「「・・・助っ人?」」








 それから半月後の週末。
 市内の有名ショッピングモールの中にあるイタリアンレストランで、前菜のカルパッチョを突きながら、三蔵と僕は遅れて来ると連絡のあった悟浄を待っていた。

「ったく、あの色ボケ馬鹿は死ぬまで治らんのか」
「まあ馬鹿は治らないとして、ドクターなら性欲の根源は理解しているでしょう?然るべき外科的処置で、性欲の抑制はある程度可能ですよ?」
「・・・・・・(嫌そうな顔)」

 あれ、間違ってましたかね?そんな筈はないと思うけど。
 でも確かに、あれが彼の悪いところであり、良いところでもある。

「それにしても、僕と同じ医療事務なら、情報量も同等だし公平だろうなんて言って、今日になって『当てにしていた()が急にシフト変更で準夜勤になって来られないから、代わりの助っ人を探さなきゃならない』だなんて、悟浄も運がないですよねぇ」
「日頃の行いだろう」
「また身も蓋もない事を・・・おや」

 噂をすれば影が差す。
 入り口のカウベルの音に振り向けば、

「悪ィ、遅れて!」
「遅い」
「お先に少しいただいてます。
 で、見つかったんですか、助っ人?」
「おう、日勤の事務は皆さっさと帰っちまったから、どうしようかと思ってたら、最初に来る予定の()が、友達の薬剤師を紹介してくれてさ。それがこの()――計都ちゃんっての」

 そう言って悟浄が一歩横へ動いたことで、僕達からは死角になっていた女性の姿が眼に入った。
 それと同時、



 カラン



「?・・・三蔵?」

 らしくもなくカトラリーを取り落とした三蔵に、僕も悟浄も少し驚く。
 が、当の三蔵は、僕達以上に驚いた様子で、普段は眇めがち(垂れ目なのを気にしてのことというのは、本人だけの秘密――という事を悟浄も僕も知っているのは、本人には秘密だ)な目が見たこともないくらい見開かれている。

「・・・あぁ・・・すまない」

 罵詈雑言しか出てきたことのない口からそんな台詞が聞こえてきたものだから、ますます驚いてしまう。

「あ、あの、(ろう) 計都(けいと)と申します。多少なりでもお役に立てればと思いまして・・・」

 その場に流れた空気の微妙さを自分の所為と考えたのだろう、かなり恐縮しながら自己紹介したその女性は、染めたのでは決してないプラチナブロンドの長い髪と、晴れた夜空を彷彿とさせる(あお)い瞳が目を引く、しかしまとう雰囲気は逆にとても慎ましやかな人で、
 ――何となく、三蔵の挙動不審の理由が、判ったような気がした。
 それは、赤い髪の友人も同じようで、
 本人に見えないようににんまりと口の端を上げたのは、まあ黙っておいた方が良いんだろう。








 それから1時間あまり、食事をしながら僕と計都さんは、それぞれの病院の内情――もちろん、外部の人間に伝えても差し支えのない範囲だ――を三蔵に教えた。
 使用する薬品の種類、オペのスケジュール、勤務シフト、受付から診察、会計までの流れなど、やはり病院が違えば方針の違いもあって、それらを時に質問を挟みつつ、三蔵は熱心に聞いていた。
 そして僕達がある程度三蔵の聞きたい事を話しきったところで、食後のコーヒーを飲みながら悟浄が計都さんに尋ねた。

「計都ちゃん、家はどの辺?バスももう殆どないし、俺が送るぜ?」

 けれど、すかさず口を開いたのは、三蔵。

「いや、今回この馬鹿に付き合わせた詫びだ、俺が送る」

 一瞬、僕と悟浄のコーヒーカップを持つ手が止まる。
 彼にそんな発想が出来たとは、今日はびっくりする事が多い。
 ところが、多分精一杯の勇気を振り絞っただろう三蔵の誘いは、柔らかな、けれども少し困ったような笑みと共に撥ね返された。

「お心遣い有難うございます・・・ですが、お2人共、煙草を吸われますよね?私、ちょっと・・・」

 成る程、彼女は嫌煙家なのだろう。だとすれば、煙草臭い車は遠慮したいに違いない。
 家族連れの多いこのショッピングモール内の飲食店は全て、この時間帯は全席禁煙となる。
 食事をしながらも、三蔵は1回、悟浄は3回煙草のために席を立っている。
 それをしっかり覚えていたようだ。

「じゃあここへ来る時は?悟浄、貴方が乗せてきたわけではないんですか?」
「あー・・・実は来しなも断られてさ」
「バスで来ましたわ・・・すみません、それで余計に時間を取ってしまいまして」
「いや、気にしていない」
「三蔵サマ、俺が来た時『遅い』って言・・・()ぇッ」

 多分足を思いっきり踏まれただろう悟浄に、心の中でご愁傷様、と言っておく。
 とはいえ、駅から離れた郊外型のショッピングモールだ、基本的に家族連れで車での来店を前提としているようなものだから、この時間帯となればバスは1時間に各方面1本がせいぜいだろう。

「では、僕が送りますよ。ハイブリッドカーではないので、多少音は煩いかも知れませんけど」
「・・・・・・」
「どうかされましたか?」
「いえ・・・何となくですが、八戒さん、助手席に乗せたい人が別にいるような感じがしたので」
「・・・・・・っ」

 小首を傾げながら告げられた不意打ちともいうべきその言葉に、普段取り繕うのが当たり前となっている表情が、素のそれになる。
 助手席に乗せたい人――端的にいえば、想いを寄せる女性。
 一瞬、脳裏に浮かんだ顔に、頬が赤らみそうになるのを隠すため、氷水を口につける。
 女の勘とは、恐ろしいものだ。

「あはは、今のところは決まった相手がいるわけではないので、貴女を送るのにやぶさかではありませんよ」
「そうですか・・・?そう仰るのでしたら、お言葉に甘えさせていただきますね」

 彼女がそういった瞬間の、三蔵の顔といったら。
 暫く話のネタには事欠かなさそうだ。







『Behind the curtain』八戒サイド。前半は本編で『友人が就職の事で・・・』と言及していた内容。つまり『就職の事で相談のあった友人』は三蔵、『向こうの人を紹介した別の友人』が悟浄となります。
実を言いますと、オリキャラ計都はドリームヒロインと同じく医療事務にする予定でした。
ですが、悟浄との接点となると、どうにも始めから知り合いとして頼るほど親密であるとは(生みの親として)考えにくく、そこで本来助っ人として呼ぶ予定だった女性の代理として登場させることに。
その辺りで、出来れば職種が重複しない方がいいかもと考え、薬剤師にした次第なのです。
ちなみに本編では当然シフト変更云々が生じる前の、本来悟浄が頼った女性が噂の相手となっています。
・・・あれ、これドリームじゃない?(滝汗)







Floor-west            Next