カチャ
「おや計都様、あまり箸が進んでいらっしゃらないようで」
「ええ・・・ごめんなさい、あまり食欲がないの」
「謝ることはございません。新しい環境で、お疲れが溜まっているのかと存じます。
後片付けは他の者にさせますから、今日はもうお休みになられた方が良いでしょう」
「ではお言葉に甘えまして、失礼しますわ。後の事はお願い致します・・・」
悟空の祖父であるこの家の執事長に言われ、計都はダイニングを後にする。
この屋敷の未来の女主人として計都が移り住んだのが、3ヶ月程前。
盲目というハンディがあるため、新しい環境での生活に慣れるためにはこうするのがいいという三蔵の提案により、屋敷の一部屋を計都の為にあつらえたのだ。
もちろん、来年に控えている結婚式に備えて、花嫁修業も兼ねている。
主要な部屋への移動距離は大体身体に刻み込んだが、それでもまだ不安があるので、歩行には杖が手放せない。
右手に白い杖を握り、左手を壁に這わせ、大階段に向かって歩を進めていると、ふと開け放しになっている窓の外から、いつもと違う音がするのが聞こえた。
風に合わせてサラサラと鳴る音は、文月上旬の伝統行事に付き物の音だ。
そう思い起こすと同時に、計都の表情に影が差した。
七夕には、あまり良い思い出はない。
生家である朧家では、目が見えず針に糸を通すことの出来ない計都に、躾の厳しい養母はいい顔をしなかった。
そして、七夕の度に、養母は計都に言った。
『貴女も織姫様にようくお願いなさい、「針に糸を通すことが出来るようになりますように」って』
それを聞いて、子供ながらに悔し涙を流したものだ。
一族全員が命を絶つ際に計都が残されたのは、流石の養母達も小学生の計都を道連れにするに忍びなかったのか、計都を一族の者とみなしていなかったのかは解らない。
ただ、もうあの家とは関わりたくない、そう思って朧の名を封印した。
その後は施設の名を取って苗字にしていたのだが(しかもその後Kateの名で音楽活動をしていたので、世間的には計都の苗字は全く知られていない)、三蔵家に嫁ぐに当たって、どうしても本来の姓名で結婚したいと思い、長く放置されていた『朧 計都』の戸籍と統合することにしたのだ。
――そう、13年振りに出逢ったあの人が、自分をそう呼んでくれたのだから――
「――計都?」
「・・・・・・玄奘、様?」
窓辺にたたずみ、過去に思いを馳せていた計都の耳に飛び込んできたのは、愛しい婚約者の声。
だが、彼は仕事で、こんな時間に帰っている筈はないのだが――?
「今日から温暖化対策の一環として1人1月1回以上ノー残業デーを設けることになった。その先駆けとして俺と悟空が残業無しで退勤することにしたんだ」
「まあ、そうだったんですの」
その分八戒と悟浄にしわ寄せが来ているのだが、本当に大変なのは八戒が残業無しで退勤した時だ。
その事実を三蔵と悟浄が知って青褪めるのは、もう少し先の話。
「今日は、七夕か・・・」
「えぇ。でも・・・星に願掛けなんてしても叶わないって、子供の頃から思っておりました・・・夢がありませんわね」
「いいんじゃねぇか」
「え?」
「わざわざ星に願掛けする必要なんざねぇ、お前の願いは俺が叶える。
目が見えないからといって、ここでお前に不自由はさせない」
「・・・玄奘様・・・」
「さんぞー、計都ー、じっちゃんから短冊もらったんだけど、何か書く?」
ゴンッ
「いって――――――っ!!」
「殴ったんだから当たり前だっ!空気読め馬鹿猿!!」
「ったく、イイ雰囲気になっても、手ェ出さない約束してんだから一緒じゃん」
廊下に、痛そうな音が再び響いた。
「クスクス・・・有り難うございます悟空さん、でも私、短冊は要りませんわ」
「そうなの、計都?」
「えぇ」
もう、願掛けやおまじないなんて必要ない。
全ての幸せは、ここにあるのだから――
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―了―
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あとがき
2008.7.7の日記より再録。
別の場所でも触れていますが、婚約直後から、計都は三蔵家に住んでいます――部屋は三蔵と別で(笑)。
本当は天界メンバーで書くか、現代メンバーでも八戒を絡めたかったんです。
何せ天蓬は天の川の治水管理者ですから。
実際、織姫と彦星の逢瀬の裏でそっと川を見張る天蓬という話をベースにして毎年ssを書く方がいらっしゃるのですが、本当に素晴らしい話なんですよ。
その方には到底叶わないにせよ、来年はリベンジしたいものです。 |
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