日本人とは、古来より『義』『礼』を重んじてきた民族である。
よって、何かをされたり贈られたりした際には、その返礼をするのが当然の事とされてきた。
近年になってから西洋より伝わり日本独自の風習として発展したイベントであるバレンタインにも返礼を目的としたイベントが発生したのは、この国に於いては自然の成り行きだったといえる。
「御託はいい。本題を話せ」
「・・・随分な仰りようですねぇ。人がせっかく親切丁寧にお教えしているのに」
「お前の場合は親切ごかしって言うんだよ」
「そんな事言って、婚約者がホワイトデーを無視する人だなんて知ったら、計都さん何て言うでしょうね?」
「・・・喧嘩売ってんのか貴様」
ヤクザも腰を抜かすほどに鋭い眼光を向けられても、碧の眼の会長秘書は何処吹く風だ。
そもそも彼の言う事為す事全てが『会長の御為』であり、上は会社役員から下は新入社員まで、老若男女問わず絶大な支持を得ている。
こと仕事に関する事柄に限定すれば、会長である三蔵も全幅の信頼を寄せているのだが。
「そりゃあ僕だって他人様のプライベートに首を突っ込もうなんてはしたない事はしたくありませんけど、未来の会長ファミリーの縁の下となるのも、会長秘書である僕の仕事でしょう?」
「貴様は以前も同じような事言ってたな・・・」
尤もらしい御託を並べて自分の意見を通すのが、この秘書の特徴といえる。
しかも、入籍すらしていないのに会長ファミリーときた。
話を飛躍し過ぎるきらいがあるのも、この秘書の特徴だ。
「つまり、ホワイトデーのプレゼントを用意してとっとと定時退勤しちゃって下さいという事なんですよ」
特徴の一つに、慇懃無礼も加えなければならない。
「簡単に言ってくれるがな、プレゼントっつったって、あいつが欲しがる物がお前に分かるか?」
「自分が分からないのを偉そうに言わないで下さいよ。っていいますか、物欲が薄いのは貴方もいい勝負でしょうに」
「あいつの物欲はほぼ無いんだよ」
生まれつきの身体的ハンディと、幼い頃に両親を亡くしてから親類の下で肩身を狭くして育った事が影響したのだろう、計都の口から『・・・が欲しい』という言葉が出たことは殆ど無い。
やたら物を強請る巷の若い女性とは明らかに異なるその控えめな性格こそ、三蔵が計都を選ぶ所以なのだが、こうも何かを得ることに対して消極的だと、婚約者の身としては甲斐性無しと言われてそうでちょっとばかり辛い。
「ちぃーっす、次の会議の資料のコピー、預かって来やしたぁ」
間延びした声と共に入って来たのは、会長のボディーガード兼庶務担当の悟浄。
「・・・担当者はどうした」
「たまたまエレベーターの前で会ったんで、俺が持ってくって言って預かったんだよ」
「確か次の会議の担当の一人は、悟浄好みの綺麗なお嬢さんでしたね」
「馬鹿が・・・」
「あ、そうだ、こういうのは悟浄の方が役に立つんじゃありませんか?」
「あ゛?」
「へ?」
2人の怪訝そうな顔が、八戒に向けられる。
「計都さんへのホワイトデーのプレゼント、何がいいと思いますか?」
「ははぁ、朴念仁の三蔵サマは、お姫様へのプレゼントを思いつかないわけだ」
「お前次の昇給無しな」
「スイマセン真面目に考えさせていただきます」
雇用主相手では分が悪いと、悟浄はからかうような笑みを引っ込めた。
「まずはオーソドックスに花」
「あまり興味を示さん。どちらかというと香りが良くて料理に使えるハーブの方がいいようだ」
「眼が見えませんからね。しかも実用的なハーブを好むというのが、彼女らしいといいますか」
「んじゃ、ベタだけどアクセサリー」
「リサイタルの時に事務所が用意したスワロフスキーを着けるぐらいだ」
「飾り立てるという事に頓着ありませんよね、彼女。といいますか貴方からスワロフスキーなんて単語を聞けるとは思いませんでした」
「じゃ、じゃあ定番のクッキーとか」
「悟空じゃあるまいし、ンなモンで済ませられっか」
「婚約者へ送るんですからね。形の残らない物だけというのはちょっと・・・」
「えーと・・・服、とか?」
「・・・・・・(考え中)」
「まさかと思いますが三蔵、あわよくば脱がそうと考えてません?却下です。
それに服は去年贈ったでしょう」
「「何度贈っても減るもんじゃ・・・」」
「何か仰いましたか貴方がた?」
「「別に」」
その時間、隣のボディーガード待機スペースでは、
「・・・大人ってワケ解んねぇ」
ボディーガード専任の悟空が、燻製イカをしがみながら会長室の様子を映すモニタを見つめ、呟いていた。
結局、これといった物が思い浮かばないまま退勤時間となり、三蔵は『ちょっとはご自分でデパート街を歩いて、計都さんが好みそうな物をその眼で探しなさい』という八戒の言葉と共に、社屋を追い出された。
専属ボディーガードの悟空も一緒である。
「なーなー、ほらあっちのデパートのショーウィンドウ!ホワイトデーフェアやってるぜ!」
「手前の目的は菓子だろうが!」
まだ日暮れには少し間があるデパートが並ぶ通りを、声を張り上げながら歩く2人に、周囲から驚きを含む視線が向けられる。
本人達に自覚が無いのだから、性質が悪い。
「ってか本当、どこもかしこも同じようなコトしてんのな。これだけホワイトデーのロゴだらけじゃ、結局目立たないじゃん」
「ほぉ、猿でもたまには穿った事言うじゃねぇか」
「猿って言うな!」
かくいう三蔵が会長を務めるアイビーグループとて、イベントに応じた商品を出しているのだから、同じ穴の狢なのだが。
「つーかさ、計都なら、バイオリンの手入れ道具が一番喜ぶんじゃね?」
「・・・・・・否定はせんが、贈る側が虚しくなるからその考えは伏せとけ」
「どいつもこいつもワケ解んねぇよな。好きな人からもらえるんなら、何だっていいと思うんだけど」
「・・・・・・・・・」
そう。
見える見えないなど関係ない。
彼女の心の眼は、そこに在る相手の気持ちを、過たず見出すのだから。
「・・・色気より食い気の猿が生意気言うんじゃねぇよ」
小さく呟きながら、立ち止まって煙草に火を点けようとした時。
「・・・・・・?」
視界の端に入った『それ』に三蔵の手が止まった。
「三蔵?」
悟空の声が耳に入らないのか、煙草をポケットにしまうと、傍の店のドアに手を掛けた。
日没から小一時間後の三蔵家――
「お帰りなさいませ、玄奘様」
帰宅した主を、婚約者が迎え出る。
「怪我などは無かったか?部屋の移動で迷うことは無かったか?」
「お気遣い有難うございます。息災ですので、ご安心下さいませ」
「ここに来て半年以上経つんだぜ?迷うわけねぇじゃん。三蔵も過保護・・・」
ブンッ
ドゴッ
鈍い音と共に、ぶん回されたブリーフケースの縁が、悟空の頭部を直撃した。
「っ痛ぇ―――っっ!!」
「どうなさいました、悟空さん?」
「自分で転んだだけだ。心配要らない。それより・・・」
頭を抱えながらうずくまる悟空を余所に、三蔵は計都の手にある物を乗せる。
『鬼畜!横暴!ハゲ!』という声は、声の主の頭を床にめり込ませることで伏せてしまう。
「・・・これは・・・?」
「開けてみろ」
計都の手の上に乗せられたのは、小さな紙袋。
だが、厚手の紙を特殊な加工で独特な質感に仕上げているそれは、明らかに高級品を扱う店のものだ。
手探りで閉じ口のシールを裂き、中に入った薄紙の包みを取り出す。
薄紙の中から出てきたのは――
「こ・・・れ・・・・・・は・・・――」
手のひらの半分程度の大きさの、金属製プレート。
一ヶ所の角にボールチェーンが付いているので、恐らくはキーホルダーだろう。
プレートには、ガラスでできた立体的なハートのモチーフが嵌め込まれ、平らな部分には文字が刻まれている。
見えずとも、指でなぞれば、その内容は容易に判った。
『I love you more than you know』
「ホワイトデーのプレゼントだ。この家の鍵でも付けとけ」
「玄奘様・・・!」
キーホルダーを握り締め、目を潤ませる計都の肩に、三蔵の手が掛かる。
「ってここ、玄関・・・ぅわ!?」
沈められた床から立ち上がった悟空がボヤいた瞬間、その体が宙に浮いた。
周囲を見ると、執事長である祖父と、使用人3人が悟空の体を支えている。
「じっちゃ・・・」
「邪魔をするのは無粋というもんじゃよ」
「2人っきりにさせてあげましょうねー♪」
「悟空にはまだオトナの恋愛は早い早い♪」
「はーい、退散退散♪」
三蔵家の使用人達は、主の恋愛を温かく見守る所存だ。
貴方からいただけるのなら、見えない花でも構わなかった。
けれどそれ以上の物を、貴方は私に下さった。
『I love you more than you know』
言葉に出すのが苦手な貴方が、初めて形にした愛の言葉――
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―了―
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あとがき
1日遅れましたがホワイトデー小説です。
背景のカットを素材サイト様で見つけて以降、愛の言葉を口にするのが苦手な三蔵に是非ともこれを計都にプレゼントさせたいと考えておりました。
の割にはやや難産。プレゼントを何にしようか考えあぐねる場面に、思いの外時間が掛かってしまいました。
それから、今更ですが、ブリーフケースで人の頭を殴ってはいけません。 |
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