結構この組み合わせ好きかも(笑)





35.髪の長い女

 ※注:これはお題No.54「子馬」の続編設定です。



 粗末なガラス戸――自動ドアではないのだ、これが――を開けて一歩踏み出すと、キン、と冴えた外気が三蔵を包んだ。
 冷え切った空気はもう冬のそれだ。星もここが都会とは思えないほどはっきりと見える。
 病室で吸えなかった煙草(注:未成年者の喫煙は法律で禁じられています)を取り出そうとした三蔵の視界に、山茶花の花が映った。
 院長の趣味で植えられたらしいその白くぽってりとしたの花の傍、
 他とは異なる『気配』を感じた三蔵は、一つ舌打つと煙草の箱をポケットへ戻し(注:未成年者の喫煙は法律で禁じられています)、その花の近くへと歩を進めた。

「――迷ってんのか」
『・・・貴方、私が見えるの?』

 掛けた声に返ってきたのは、ほんの少し大人になりかけた少女の声。

「専門じゃねぇんでな、周りの空気と少し違うと判るだけだ。ガキの頃なら少しは見えただろうが」
『そう、残念ね』
「相手を探すんなら、娑婆は諦めてさっさと成仏しちまえ。
 あの世に行った方が、交流出来る仲間が多いと思うぞ・・・断定は出来んが」
『誤解しないで頂戴。別に迷っているわけじゃないんだから。
 ただ――ただ、私の大切な人が私のために泣いているのが聞こえたから、らしくなく感傷モードになっただけよ』
「・・・『猪花喃』か」

 思い当たる人物の名を挙げれば、気配のみ感じていた目の前の存在が仄かに光を帯びたかと思うと、自分と左程変わらない年頃の少女の像を結んだ。
 こういうものは見る側の意識次第で見えたり見えなかったりするものだ、先日少女の遺体を運んだ際に顔を見ているので、それまで認識出来なかった人物の姿形を、脳が描いたと考えられる。

『私の事、知ってるの?』
「あんたの死体と重体だった奴をまとめてここに運んだのは俺達だ。あんたらが握り合った手をほどくのが難しかったんでな」
『そう・・・有難う。あの家から出してくれて。
 お陰で逝く前にあの子の無事を確認出来て安心したわ』
「腹を短刀(ドス)でぶった切られて、腸をはみ出させてたらしいがな」
『それでも生きている・・・ヒトはね、結構しぶとくできているものなの。
 どんなに深い傷でも、本人の生きる意志さえあれば、時間が掛かっても再生出来るわ。
 そのために私は死んだんだから』
「・・・何?」
『聞いてない?私はね、あのケダモノにいいようにされていたの。拒めば、あの子一人に罪を被せてサイバーポリスに突き出すって言われて。
 たとえ2人して助かったとしても、私の身に起こった事をあの子が知った以上、私が生きている限りあの子は自分を責め続ける。
 だから私は、自分で自分の頚動脈を切ったの。あの子に生きて欲しかったから』
「・・・・・・」

 その、凄まじいまでの覚悟に、三蔵は薄ら寒さを覚えた。
 女という生き物は、かくも強いものなのか。

『傷を抉る要因である私さえいなければ、あの子はまた立ち上がれる、歩き出せるわ。
 だからお願い、あの子が生きるのを諦めてしまわないよう、暫くの間付いていてあげて』
「この俺に命令するとは、いい度胸してんな」
『あら命令だなんて人聞きの悪い、私は「お願い」って言ったのよ?』
「・・・イイ性格でもあるな」

 三蔵の言葉に対して返ってきたのは、それまでの台詞とは裏腹に儚げな笑み。
 己の全てを投げ打って愛する者を救った少女は、聖母のような雰囲気をたたえていた。

「・・・・・・『ピエタ』・・・」
『え?』
「いや、何でもねぇ」

 かの有名な、聖書の1シーンを表現した彫刻作品をなぜか思い出した。
 死者と生者が逆ではあるが。

「――奴をこっちに追いやったのがあんたの意思なら、奴は何が何でも生きるだろう。
 時々ケツを蹴飛ばすくらいならしてやらんこともないから、あんたはさっさと成仏するんだな」
『・・・自分で頼んでてナンだけど、人選ミスだったかしら。ま、仕方ないけど。
 ・・・・・・でも、有難う・・・』

 最後まで結構失礼な物の言い方だったが、それが彼の少女のスタンスなのだろう。
 一言だけ洩らした誠意のこもった言葉を最後に、少女はふわりと長い髪をなびかせ、空気に溶けるように消えていった。
 今度こそ何も無くなった空中を暫く眺めていた三蔵だが、ふとある事実に気付いて眉間に皺を寄せた。






「・・・あの女、俺より年下だよな?」







あとがき

お題No.54の続き。悟能を気遣うというより実は煙草が吸いたくて病室を出たという、前回の雰囲気ぶち壊しな話。
突然ですが、香月は花喃姉様が大好きです(もの凄く今更な告白)。
この話は、香月による花喃姉様の、花喃姉様の為の話です。三蔵がメインではありません
でもって三蔵×花喃姉様でもありません(お忘れかもしれませんが、これは三蔵×計都現代パラレルの番外編です)。
どちらかというと三蔵vs.花喃姉様と言っても差し支えないかも知れませんね(爆)。
この辺りで一連のシリーズを締め括ろうかと思っています、が、上手くお題に当て嵌まるようなら、突発的にエピソードを付け足すかも。
どうでもいい話ですが、この話での花喃と悟能は、キスはしていますが肉体関係はありません(それはそれで、本編での性的虐待はかなりイタいですが)。



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