54.子馬 ※注:これはお題No.91「サイレン」及び本編中の回想部分の続編設定です。 目を開けると、そこは真っ白な世界だった。 天井、壁、カーテン。 更に視界がはっきりしてくると、棚やベッドのパイプの輪郭も判るようになったが、それも皆白一色だ。 「――・・・僕・・・生きて・・・」 意識を手放す直前、既に息絶えた最愛の人にキスをしたのは覚えている。 それで思い残す事はないと思っていたのだが。 「・・・・・・死に損なったというわけですか」 「死にたかったのか?」 「っ?」 独り言に返事が返ってくるとは思っていなかったので、いささか驚いた。 まあ、こっ恥ずかしい事を言ったわけでもないから、慌てる必要はないか。 頭の冷静な部分でそう考えると、声のした方向に顔を向けた。 視界に入ってきたのは、金糸の髪。 「・・・花喃が――姉が、『自分の分まで生きろ』と言った気がするんです。 三途の川の渡し賃が、1人分しかなかったんでしょうね。 僕をこっち側に突き飛ばして、自分だけさっさと乗って行っちゃいましたよ」 「・・・・・・」 「今更追っかけてったら、きっと、向こう、で、どやされ・・・ちゃい、ます・・・よ・・・っ」 上手く喋ることが出来ない。 声を出す度に、喉が引きつり、しゃくりあげる。 その時初めて、自分が泣いている事に気付いた。 「・・・・・・」 ガタン、とパイプ椅子から立ち上がる音に、上手く出せない声の代わりに目線だけで問うと、 「10分したら戻って来る。それまで好きにしてろ」 かなり判りにくい言い方だが、僕を暫く一人にしてくれるらしい。 彼なりの気遣いに、心の中で感謝した。 ドアが閉まる音を確認すると、手探りで頭の下から枕を引き抜き、そこに顔を押し当てると、 「あ、ぁ、あ、ぁあ、ぅああああああああっ」 あらん限りの声を振り絞って、慟哭した。 物心付いてから今日まで、こんなに泣いたのはこれが初めてかも知れない。 「花喃、花喃っ、花喃花喃花喃花喃かなぁああぁんっっ!!」 声が嗄れるまで、涙が涸れるまで、 片翼を失った痛みに泣き叫ぶ声は、途切れる事はなかった―― ドアの向こうからくぐもった慟哭が聞こえて来る。 枕か掛布で顔を覆って泣いているのだろう。 それには聞こえなかった振りをして、病室から離れる。 生を受けた瞬間から共に在った人物を亡くしたのだ、その哀しみは計り知れない。 流すべき涙を流せないでいると、心が壊れてしまう。 全ての哀しみを出し切って、もう一度生きるために、 泣いて泣いて泣いて、思いっきり涙を流して、 新しい自分に生まれ変わって、また初めの一歩を踏み出せばいい。 それが生まれたての子馬のように頼りなくとも、 己の力で踏み出す一歩なら、きっと前へ進めるから―― |
あとがき お題No.91→本編回想部分からこの話に繋がります。 本編ではモグリの医者の下に運んだところで暗転させましたが、何となくこのお題で書きたいと思い、数日後に医院で悟能が意識を取り戻した時の話を書いてみました。 原作では悟能が花喃の為に涙を流したのかどうか描かれていませんが(’09年6月現在)、この話の悟能はまだ中学生なので、思いっきり声を出して泣いてもらいました。泣くだけ泣いた方が、立ち直りも早いと思いますから。 更にお題No.35へ続きます。 BGMは中島みゆき女史の『誕生』で。 |
読んだらぽちっと↑ 貴女のクリックが創作の励みになります。 |
Back |