42.メモリーカード 「そんじゃ、これが例の企業の顧客情報3万人分ね」 そう言って、シューティングゲームのブースから後ろ手にメモリーカードを手渡す。 受け取る相手は、雀ゲーの画面を前に次の牌を考えるフリをするサラリーマン。 繁華街のゲーセン。 興奮を求める若者とリフレッシュしたいサラリーマンが同時に集まるその場所は、まだ10代の自分が『取り引き』するにはもってこいだ。 「確かめさせてもらう」 あら今回は慎重派。まあ内容が内容だし、これで会社一つ潰せるんなら慎重にもなるわな。 ――その分動く金も半端じゃねぇし。 「確認した。噂には聞いていたが、大したもんだな」 「褒めたって安くはなんねーかんな。あぁ、その代わり1ヶ月以内に『客』を紹介したら消費税分相当の5%キャッシュバックだぜ」 「・・・覚えておく」 どう見たって未成年の自分の言葉に対し、胡散臭げな視線一つ投げ掛けて相手はゲーム台を後にして去って行った。 「おいおい勿体無い・・・」 シューティングゲームのボックスから出て(すぐにゲームオーバーになるだろうけどそれはどうでもいい)、さっきのサラリーマンが座っていた台に腰を下ろす。 有り難い事に、奴はそれなりに役を作っていたので、5順程でリーチが掛かり、一発ロン上がり出来た。 『いや〜ん♥♥』 このテのゲーム特有の甘ったるい女の子の声が、スピーカーから流れる。 と、 「・・・・・・何やってるんですか貴方」 呆れたと言わんばかりの、それでも穏やかさを欠かない声音が、右側から掛けられた。 こんな声と口調の持ち主は、一人しか知らねぇ。 「いーじゃんかよ、ちゃんと仕事はしたぜ?」 「そういう問題じゃないでしょう。取り引きが成立したらすぐ報告、そう言われてるんじゃないですか?」 「今終わったばっかだってのに・・・へいへい」 なんつーか、先公?てか母親の域だよな――まあ、俺の母さんは日々飲んだくれて躾も何もなかったけど。 そんな事を考えているのを表情には出さず、携帯を取り出して『事務所』に電話をかけた。 表向きはごく普通の企業の、裏の顔。 不正に取得した情報を、裏でやり取りする。 俺みたいな何処にも居場所のない中高生を、小金で釣って現場に立たせる。 こっちだって捕まりたくないから、幾月も経たないうちに上手く立ち回ることを覚えた。 学生っつったって色々要りようだ。だから元手になる物だって必要になる。 何となく、『仕事』を始めた頃に自分に言って聞かせた言い訳を、久し振りに思い出した。 それもこれも、 「報告完了。お疲れ様です」 「何、珍しいじゃん、現場に来るの」 取り引きをする俺達現場担当とは対照的に、こいつはデスク専門だ。 俺達が扱う情報は、主にこいつらが入手している。 もちろん、それも違法行為だ。 ごく最近『事務所』に入ったこいつの存在が、俺に昔の感情を思い起こさせたのかも知んねぇ。 「ま、塾の帰りなんですが、駅まで来たところで貴方がここで『仕事』をしているって言ってた事を思い出しまして」 「・・・親父の働く姿見たがる小学生かよ」 「こんな父親、こっちからお断りですよ」 こんな事言ってるが、こいつも俺と同様、『両親』の思い出なんてものとは無縁だ。 だからだろうか、性格とか正反対なのに、なぜか馬が合う。 「じゃあさ、晩メシまだっしょ?今日は兄貴、深夜バイトで帰りが明日の朝になるらしいから、俺っち来ねぇ?」 「いいんですか?」 「おうよ、冷蔵庫の中、好きにしていいからさ」 「・・・僕は貴方の母親ですか?」 「ハッ、それこそこっちからお断りだぜ」 ――『ハハオヤ』なんて碌でもねぇモンじゃねぇよ、お前さんは。 そう言うのはやめにして俺は雀ゲーの席を立ち、親友の肩に手を置きながら『仕事場』を離れた。 |
あとがき 現代パラレル本編の10年程前(回想シーンの1・2年程前)。悟浄の『裏の仕事』をしていた頃の話。 独角兄さんとは同居しているのですが、自分と悟浄の学費を稼ぐ為にバイトを掛け持ちしているため、悟浄と顔を合わせることが少なく、彼のこのような様子を知らないのです。 余談ですが、香月中学生の頃は、消費税はまだ3%でした(汗)。 お題No.69に続きます。 |
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