69.片足 ※注:これはお題No.42「メモリーカード」の続編設定です。 結局俺に付いて来た奴さんは、冷蔵庫や野菜置き場をひとしきり確認すると、手早くおかずを数品作り上げた。 や、冗談抜きで嫁に行けるわ、お前さん。 「料理は久し振りなので、あまり手の込んだ物じゃありませんが」 という言葉とは裏腹に、出される料理は、この家の台所で作られたことなんて一度もないような物だった。 お袋は、料理なんて味噌汁一杯まともに作らなかったし、兄貴は・・・やっぱ見よう見まねの男の料理だ。 だから、目の前の料理がうちの冷蔵庫の中身から作られたとは俄に信じ難かった。 「凄ぇ御馳走じゃん。今まで暖かいおかずが一品より多く出たことなんかなかったぜ。しかも大抵はパックの惣菜でさ」 「今はそういう、小分けになった惣菜が安く売られていますからね。大人数の分を作るなら、一から作った方が安上がりなんで、施設では基本的にパックの惣菜は使わないんです」 「・・・そっか」 そーいやこいつ、孤児院育ちとか言ってたっけ。 それなりの年齢になれば、男女関係なく厨房の事もしないといけなかったんだろう。 気まずくなった空気に、慌てて俺は話題を変えた。 「今日の『商品』、あれお前さんが用意した物なんだって?」 「ええ。先方さんの反応も上々だったようですね」 ・・・つまり、コイツは取り引きの一部始終を確認していたってわけか。 「――ま、喜んでいられるのも今のうちですが」 「・・・へ?」 「あの会社のサーバーにね、ウイルスを仕掛けているんです。といってもそれ自体はウイルスとして動作しないので、セキュリティには引っ掛かりません。 で、あのメモリーカードのデータの一つがウイルスを作動させる一種の鍵になってまして、あのカードを挿したパソコンでサーバーへアクセスした時、仕掛けておいたウイルスが発動、サーバー上のデータが全て外に流出する・・・当然、カードの方もちょっと調べた程度では判らないので、足はつきません」 「・・・・・・」 「あの企業、方々から恨みを買っていたようでしてね、まあこうやって他社の顧客リストを裏から入手しようとするくらいですから、色々なコトをしていたのは想像に難くありませんが・・・で、うちのお得意さんから、あの企業を潰す依頼があったんです」 「・・・・・・『社長』の指示か・・・?」 俺達を子飼いにしている組織。 その『社長』が、目の前にいる親友の養父だ。 『社長』は、温情なんかでこいつを養子にしたんじゃねぇ。 こいつが俺の通う中学に転校する少し前、俺は『社長』に直々に呼ばれ、奴さんの目付け役を言い渡された。 あの時の『社長』の目。 将来の稼ぎ頭となる人材を縛り付けておきたいという魂胆が、ありありと見えていた。 こいつも違法と解っていながら、それでもハッカーとして『社長』の命令を聞くのは、 「・・・姉に・・・何かあってはいけませんから・・・」 唯一の身内を人質に取られ、従わざるを得ない状況に追い込まれているのだ。 俺みたいに、自分に言い訳しながらも、自分の意志で汚い世界に首を突っ込んでるのとは違う。 「でも・・・このままでいいとも思っていません」 「何か方法があるのか?」 『社長』から目付け役を言い渡されている人間の台詞でないのは解っている。 出逢ってすぐに、俺が『社長』の子飼いで、自分の目付け役でもある事を、こいつは察した。 お陰で俺は下手な芝居も必要なく、自然に一緒に行動している。 もちろん、『社長』には、俺らがツーカーの仲になっているのは内緒だ。 「まだ、具体的な策はありませんが・・・もし、『その時』が来たら・・・」 「おうよ、手なら幾らでも貸すぜ」 「いえ。貴方は・・・貴方は僕と手を切り、この世界から、足を洗って下さい」 「おい・・・」 「まだ『運び屋』程度なら、上の者で貴方の顔を知る者は少ない筈。『会社』にある書類とデータを破棄して、貴方が携帯を変えれば、誰も貴方に接触出来ません」 「・・・・・・」 「――ま、それはまだ先の話ですけどね。 ああ、せっかく作った料理、冷めないうちに食べて下さいよ」 「お・・・おう」 そこでその話はそれっきりになった。 確かに、一中学生が、ちょっとやそっとで太刀打ち出来る相手ではない。 だからこそ、時間を掛けて、チャンスを窺うつもりなんだろう。 プログラミングなどの腕は大人顔負けだから、その方面の腕を更に磨き、奴等に何か仕掛けるのかも知れない。 だが、そんな事をして、こいつも、こいつの姉貴も、只で済むのだろうか。 まさか、こいつ―― 「・・・無茶はすんなよ」 「・・・・・・ええ・・・」 「それと、『その時』が来たとしても、お前さんと手を切るつもりはねぇ。それだけ言っとくわ」 「・・・悟浄・・・」 「だから、無茶だけは、しないでくれ」 念を押すように、重ねて言った。 こいつは冷静沈着なようでいて、いざとなると結構荒っぽい行動に出ることがある。 先のメモリーカードがいい例だ。 誰が何処でくたばろうと知ったこっちゃない、その考えは今までもこれからも変わらない。 けど、こいつに関しては、なぜか放っておけない、そう思わせる何かがある。 こいつと出逢った時から、こいつの問題に片足突っ込んだようなもんだろう。 こうなったら、乗りかかった船だ。 ――腹を決めたら、ますます腹が減ってきたぜ。 「あー、この金平、美味いなぁ」 「・・・それ、切り干し大根です」 |
あとがき お題No.42の続き。 悟浄達が雇われている組織は、主に不正取得されたデータの売買で利益を得ていますが、特定の企業にサイバーアタックを仕掛けることもします。 デスク部門に所属するスタッフの中でも悟能の手腕は抜きん出ており、直接・間接合わせて100を越える企業が、悟能のハッキングにより倒産に追い込まれます(不況の影響もあったかも知れませんが)。 この数年後、攻撃を仕掛けた『相手』に初めて逆ハッキングされるのですが、その『相手』こそが、高校1年生の三蔵なのです(→お題No.55)。 ちなみに、この時点では『彼』まだ『悟能』という名前であり、本編で組織を潰した後に改名することになるのですが、何度『八戒』と打ちかけたことか; |
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