本編に入れられなかった会話です





55.砂礫王国

 ※注:これはお題No.69「片足」の続編設定です。



 それは、顔も知らない『彼』との会話から始まった――




 夜のインターネットカフェ。
 通常開かれているOSの画面を終了させ、キーボードを叩いて別の画面を表示させた。
 マウスをスクロールすると、真っ黒なディスプレイを滝のように白い文字と数字が流れていく。
 常人には意味を成さないその並びの一つ一つが、自分にとっては地図のような導となるのだ。
 マウスとキーボードを操作しながら、次々と作業を進めていく。

「これで・・・よし、クリア。後は・・・」

 パソコンの前で一人呟きながら、ブラインドタッチでキーを打ち込む。
 それに呼応して文字と数字の羅列が長さを変え、幅を変え、動いていく様子は、まるで生きているかのようだ。
 と、それまで留まることのなかった文字の流れが、ぷっつりと途切れた。
 画面は黒背景一色だ。

「・・・・・・・・・?」

 何か不具合でも起こったのなら、速やかに退避しなければならない。
 キーを打ち込む体勢はそのまま、固唾を呑んで画面を凝視していると、それまで一箇所で点滅を繰り返していたカーソルが再び動き出し、これまでとは異なる言語を綴り始めた。

【I don't make you go any further.
(これ以上は進ませねぇ)】

 しまった――!

 ギリ、と歯噛みする。
 ハッカーとして活動を始めて1年半余り、逆ハッキングを受けたのは初めてだ。
 己の技量を過信していたわけではないが、相手の方が一枚上手だったと認めざるを得ない。
 強引な手段だが、接続を切断するか――そう逡巡していると、再び目の前のカーソルが動き始めた。

【But, I don't attack if you side with me.
(だが、お前が俺の側に付くってんなら、手出しはしない)】

 その一文を見た瞬間、手が止まった。
 現状を打破する、その光明を、見出した気がしたのだ。
 これ程の腕前なら、もしかすると自分を――自分達を自由に出来るかも知れない。

【Please write in Japanese. And, I want to talk confidentially with you.
(すみませんが日本語でお願いします。それと、内々で貴方と話がしたい)】

 今の画面では日本語は表示出来ないので英語で会話が為されているが、今自分がハッキングを仕掛けようとしたのは日本企業だ。
 とすれば、場所さえ提供されれば、日本語表記の方がお互い話がしやすい。
 単純な会話程度なら何とかなるが、これから交わそうとする内容は、中学英語ではお手上げだからだ。
 すると、画面に1つのURLが表示された。
 会員制チャットルームらしい。

【Thank you ! And…I’m very sorry.
(有難うございます!それと・・・本当にすみませんでした)】

 自分が書き換えて穴を開けたプロテクトは、張り直さないと戻らない。
 その事に詫びを入れ、その場から退避する。
 指示された場所で、待ち構えていた相手と会話を始めた。

【来たか・・・名前は?】
【猪 悟能といいます・・・貴方は?】
三蔵(みくら) 玄奘】

 その苗字に、心当たりがあった。
 他でもない、先程攻撃を仕掛けた企業グループが冠している名だ。

【もしかして・・・経営者の方ですか?】
【その身内だ。社員でも何でもねぇが、システム方面の腕を買われて、社のコンピューター管理を任された。
 俺の張ったプロテクトをあそこまで潜り抜けたのは、お前が初めてだ。ったく、手こずらせやがって・・・】
【すみませんでした・・・】
【その腕前だと、お前、プロだな?
 個人か、それとも組織か?】
【組織の雇われハッカーです】
【抜けるのに手を貸せば、俺の側に付くか?情報処理部の社員として正式に採用出来るよう、取り計らってやらんこともねぇが】
【その事で、話し合いを申し出たんです。
 実は僕、中学生なんです・・・】
【・・・・・・マジか?】

 あれ、と首を傾げる。
 何となくだが、急に文面が若い人物のそれになった感じがするのだ。

【貴方も、そうお年を召しているわけではなさそうですね?】
【高1だ】
【・・・それはまた】

 びっくりである。
 大企業の運命を掛けた攻防戦を、15・6の少年が繰り広げていたなんて。

【自分のしていることが判っていながら、こんな事を続けてんのか?】
【仕方なかったんです。僕には大切な人がいて・・・その人を人質に取られていますから・・・】
【身内か】
【双子の姉で、唯一の血縁で、僕には彼女しか、彼女には僕しかいないんです。
 元々僕達は、小さい頃から施設で育ちました――】
【続けろ】
【中1の秋に、養子縁組を申し出てくれた人がいて、僕は姉の花喃と別れ、その人の養子となりました。
 養父となったのは、ある企業の社長です。
 ですが、それは表の顔で、裏では不正入手した情報を売りさばいたり、サイバーアタックを仕掛けて他企業を倒産に追いやったりする悪徳組織を運営しているんです。
 僕は養父(ちち)にプログラミングの腕を見込まれ、そこから更にハッキングやウイルス作成に協力するよう強要されました。
 もちろん最初は拒絶し、養子縁組も解消してくれと頼みました。
 けど、養父は、花喃が自分の弟の養女として引き取られている事を僕に告げたんです。
 養父の弟という人物も、養父と同様裏社会で幅を利かせている人間らしく、僕が下手に動くと、姉に危害が及ぶ・・・そう、脅されました】
【下衆が・・・】
【結局、僕は養父(ちち)の言いなりになるしかなかった。幾つもの企業が、僕の所為で倒産に追い込まれましたが、僕にはどうすることも出来なかったんです。
 けれど、表では養父に従いながら、一方でこの状況を打破する方法を模索しつつ、機会を窺っていました。
 そして今日、貴方と出逢った】
【・・・父のグループもお前の養父の標的になったということか】
【貴方御曹司なんですか・・・まあそういうことですね。
 養父(ちち)の組織は、三蔵(みくら)財閥を乗っ取ろうとしています・・・そのために、僕を送り込んだんです】
【そんなこと、俺にバラして平気なのか?】
【どのみち、今回のハッキングは失敗です。再アタックを掛ける方法を考えると言えば、時間稼ぎになるでしょう。
 そして近いうちに、姉を取り戻そうと思います・・・良かったらご一緒しませんか?】
【・・・逢い引きの誘いなら他を当たれ・・・】
【冗談ですよ。姉は、僕一人で救い出します。
 だから、あの組織を潰すのに、力を貸していただきたいんです】
【・・・連絡手段は持っているか】
【僕の携帯は組織から渡されている物なので、通信記録が知られてしまいます】
【携帯の機種と色は?】
【〇〇〇の△△で、色はグリーンですが・・・】
【同じ物を用意してやる。俺との通信用だ。機種と色が同じなら、そうそうバレやしねぇ】
【では・・・】
【売られた喧嘩は買う主義なんでな。
 お前の事情はともかくとして、父の会社を乗っ取ろうという魂胆の持ち主は、只じゃおかねぇ
 二度と三蔵財閥(うち)に手を出す気を起こさないよう、徹底的にブチのめしてやる】
【・・・有難うございます・・・!】






「ただいま帰りました」
「遅かったな。上手くいったのか?」
「残念ですが、トラップとプロテクトの数が多すぎて、解除しているうちに相手側に気付かれてしまいました。
 こちらがアタックされるところだったので、今回は退避しました」
「・・・そうか」
「ルートを変えて再チャレンジしようと思います。この件は保留にして、時間を下さい」
「・・・いいだろう」
「有難うございます」

 慇懃に礼を述べ、養父の前から立ち去る。
 腹の中では、侮蔑の言葉を罵りながら。

 見ているがいい。
 砂で出来た貴様の城は、やがて来る嵐に崩壊する。
 その残骸の上に醜い(むくろ)を晒す日は、近い。







あとがき

なぜかちょっとずつ続いています。お題No.69の続きですが、時間的には数年後の話。
本編で『悟能』が三蔵財閥にハッキングを仕掛けた際、三蔵と対峙したシーンです。もちろん、三蔵は口(?)ではああ言ってますが、その後の花喃救出にも手を貸します。
昔の文章を見直してその稚拙さに頭が痛くなりましたが、極力本編で使われた台詞を用いています。
本編掲載時に大幅に簡略化してしまっている分、若干ニュアンスが違っている部分もあるかと思いますが、ご容赦下さい。
あ、それと、香月の英語能力は中学生レベルです。一応翻訳プログラムで確認はしていますが、100%は信用しないで下さいね。
お題No.91へと続きます。



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