92.マヨヒガ どんな物だって、手入れする人の手が無くなってしまえば、荒廃の一途を辿るだけ。 「うっわー、すっげーボロ!マジで何か出そう!」 「使われなくなって久しいようですね・・・悟空、床板が腐っているかもしれませんから気を付けて」 「一応階段もあるけど・・・こりゃ2階に行くのは自殺行為だな」 「知るか。夜露さえ凌げりゃ充分だ」 山を越えるのに、通常のルートだと10日は掛かってしまうと言われ、我等がリーダーの三蔵サマは、持ち前の短気っぷりを見せてのたもうた。 『そんなにチンタラしてられるか。こちとら先を急ぐんだ』 で、地元の人間に聞き回った(もちろん三蔵サマではなく俺達がだ)結果、山菜・薬草摘みの人間が極秘で通る(高級な薬草やキノコは、自生場所は一子相伝だからだ)ルートを入手した。 周囲の植物には手を触れない事を条件にそのルートを通ったが、これが素人には手の付けられない・・・もとい、足の付けられない険しい道だった。 最初に足を滑らせたのは三蔵サマ。 それに巻き込まれたのが八戒と俺。 3人で団子になって滑落(角度がもう少し急で下に岩があったら、命は無かったと思う)した結果、ルートから外れてしまい、 本来のルートに戻る途中で見つけたのが、今いる小屋だ。 山の日暮れは早いので、ここは屋根のあるところで休むのが良いと、本日はこの小屋を宿代わりにする事に決まった。 まあ、小屋っつーか、『元』小屋だろう。 八戒の言うように、人の手を離れ、朽ちるのを待つばかりで。 何かこう、世の無常を嘆いた世捨て人が、残りの生を細々と過ごすって感じ? ――あぁ、そういや、実際にそんな生活をした話か何かあったよな。 「――行く河の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず。 淀みに浮かぶ 不意に、俺の考えを読んだかのように、八戒が朗々と唱えだした。 「――東の島国の、古人が記した随筆か」 うわ三蔵サマ、すんげぇ嫌味ったらしいの。 「確か世の無常を嘆いた筆者が粗末な庵に隠遁する様子を書いたものらしいですね・・・ 変わりなく見えるものも少しずつ、しかし常に変化していく。 普遍のものなど在りはしないのだ、と――」 「普遍のものなど在りはしない、か・・・」 今俺達がいるこの小屋を見れば、それは嫌でも解る。 明日俺達がここを出れば、この小屋を利用する者など現れることなく、そのうち崩落するだろうから。 「止められるんでしょうか、僕達に・・・」 八戒が言っているのはこの小屋の事ではない、桃源郷の荒廃だ。 妖怪と人間、微妙なバランスで成り立っていた世界が、何者かによって狂わされている。 でも、先の一節を聞くと、その変化を止める事が果たして自分達に出来るか、珍しく八戒が自信なさげに言うのも解る。 が、我等が三蔵サマは、きっぱりと言い切った。 「止められるかどうか、なんて問題じゃねぇ。何が何でも止めるんだよ」 強い眼差しで、強い口調で、 俺も八戒も、思わず目の前の最高僧サマをまじまじと見てしまう。 その時。 メキッ バリバリッ メリメリメリッ、ドゴオッ 「って――――っ!!」 「だ、大丈夫ですか悟空!?」 「この猿!さっき気を付けろと言われたのを理解出来んのか!!」 「あ゛ー・・・階段、跡形もねぇな・・・」 この世界が変わるかどうか、そんなこた実際に見てみないと判んねぇ。 ただ、変わらないものだってどこかにあるんだと、柄にもなく思ってしまった―― |
あとがき マヨヒガ=山奥に打ち捨てられた廃屋。てか誰ですかこんなのお題に入れたのは。 桃源郷の異変は只のきっかけで、元々人間と妖怪のバランスが危うい状態である事は、御大も『最遊人』で書いておられます・・・って、いつになく真面目な話ですね; 余談ですが、三蔵サマはお師匠様の経文が手元に戻れば、桃源郷の変化などぶっちゃけどうでもいいんじゃないかと思うんです。ただ、異変に経文が利用されているのが我慢出来ないという感じでしょうか。 仮に桃源郷がどうにかなってしまったとしても、『人一人の手に負えると思ってたのかよ』って(笑)。 特に単独でも読めますが、微妙にお題No.5と対になっています。 |
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