尊き労働が終わって家に帰ると、そこにはサルがいた。 「あ、悟浄だ。お帰りー」 「お帰りなさい、悟浄」 「ただいま・・・つーか何でサルに迎えられなきゃなんねぇの?」 「サルじゃねぇっ」 そういやコイツ、未だに俺に『お邪魔してます』を言ったことがねぇな。 「今日、家庭教師に行ったら、三蔵にしばらく悟空を預かるよう頼まれたんです」 そりゃいきなり何でまた、てか家主である俺様の意見は無視かよ。 それに八戒は『頼まれた』って言い方してるけど、実際のところ『押し付けられた』に近いだろう。あの唯我独尊を地でいく高慢チキ坊主の辞書に『お願いします』なんて単語がある筈がねぇ。 「何かさ、もーちょっとしたら寺院ででっけぇ祭りがあるんだって。それで三蔵、先月からすんげぇ忙しいんだ」 「花祭りですね。仏教で一番大きな行事ですから、忙しくもなるでしょう。悟空は去年までどうしてたんですか?」 「ん・・・何かピリピリして怖かったから外で遊んでた。祭りっつっても食い物出ないし」 「甘酒だったか?飲むんじゃなくて仏像にかけるんだっけな?」 「・・・甘酒を仏像にかけてどうするんですか悟浄。かけるのは甘茶ですよ」 「どっちにしても腹に溜まらんねぇからいいけどさ。でさぁ八戒、その『花祭り』って何の祭り?花見?」 「は?お前、三蔵から聞いてねぇのかよ?」 「だからぁっ、聞きたくてもすんげぇ機嫌悪いんだってば!声掛けた瞬間『煩ぇ!』だし」 「成る程ね・・・そりゃご愁傷様」 それは確かに逃げたくもなるわな。そこにいたのが俺だったら間違いなく銃弾も追加されてたろうよ。 「えっと・・・花祭りというのは、仏教の始祖であるお釈迦様の生まれた日を祝うお祭りで、仏教徒にとっては最も重要な行事なんですよ」 「要するにお釈迦様の誕生日のお祝いってワケだ」 「そうなんだ。じゃあ何で『誕生日』を祝うの?」 無邪気な瞳で投げ掛けられた質問に、八戒も俺もグッと返事に詰まった。 悟空に悪気がないのは百も承知だ。こいつは俺や八戒の出生を知らない。 生みの親に見捨てられたり、育ての親に疎まれたりした幼少時を過ごした事を―― そう思案に暮れた俺の代わりに口を開いたのは、八戒だった。 「・・・この1年間で『変わった事』を、言祝ぐんです」 「「・・・・・・」」 「外見だけではなく、感情や感覚、知識や知恵・・・そしてその人だけじゃなく、その周りの人達も、その人が生きてきたことで自分が変わったという事を祝うんですよ」 「えっと・・・?」 「お釈迦様の生まれた日を祝うということは、お釈迦様の教えで心の安寧を得た人が、お釈迦様が存在したお陰で自分が変われたという事を祝うことなんです。 ほら、去年の秋、和風ケーキと桂花酒で三蔵と一杯やったでしょう? あれは、三蔵がいたお陰で、僕が生きるのに前向きになれたという感謝の意味を込めて企画したんです。 三蔵が生まれていなければ、今の自分はいない――だからこそ、三蔵がこの世に生を受けた日を、祝いたいと思ったんですよ。まあ単に桂花酒を独り占めしているのがムカついたというのもありますが。 悟空だって、それは解りますよね?」 「うん!」 力一杯返事する。 そりゃそうだろう。あんなクソ坊主でも、自分を岩牢から解放してくれた大恩人だからな。 ちなみに八戒、お前こっそり本音を隠してるよな? 「ですから、人は尊敬する人や好きな人、大切な人の誕生日を祝うんですよ」 「そうなんだ――じゃあ、俺の誕生日には・・・」 「え?悟空の誕生日って・・・」 「コセキが無いと何かのテツヅキが厄介だって言って、聞かれた時には4/5だって答えるよう三蔵から」 「コセキ・・・戸籍ですか。確かに行政手続きや司法手続きが困難ですね。死んでも無縁仏の扱いに・・・」 「待て待て待て待て」 めでてぇ誕生日の話の最中に何で無縁仏っつー単語が出てくるんだお前さんわ。 ってゆーか。 「ってことは、お前今日が誕生日なんだ。幾つになったんよ?」 「えっと・・・・・・16」 「「じゅうろく!?」」 あ、有り得ねぇ。コイツ封印が解けても成長してねぇんじゃないか? 「と、取り敢えずお祝いの用意ですね。食料は寺院からの帰りにたくさん買い込んでいるから、献立を少し変更して、あとケーキも・・・」 「え・・・八戒、俺の誕生日祝ってくれるの?」 「もちろんですよ。自棄になってた僕を止めてくれたのは悟空ですから、悟空も僕を救ってくれた一人なんですよ」 「へへっ、やりぃ」 「んじゃ、俺も手伝おうか?」 「悟浄が?」 「『変わった事』を祝うんだろ?俺だってお前と逢ってなけりゃ、こんなことしてねぇもんな〜」 そう言いながら、子ザルちゃんにヘッドロックを掛ける。 ギャーギャー喚くサルやそれをからかう俺を見て、八戒が笑みを零す。 1年前のこの家ではあり得なかった、賑やかな光景。 ・・・やっぱ、『変わった』のは俺かもしんねぇわ。 どっとはらい。 |
あとがき これまたイイ感じに終わりました、悟浄のくせに(嘘ですごめんなさい)。 最遊記の主役4人を相手に誕生日ネタは難しいですね。 方々の二次創作サイト様では、『生まれてきたことを感謝する日』と言うことが多いようですが、それだけでは既に亡くなっているお釈迦様の誕生日を祝う意味が通りにくいと考えた結果、このような理屈を捻り出しました。まあ突き詰めれば同義かも知れませんが。 話の途中にある三蔵誕生日ネタは、’07年の日誌にup(翌年サイトに再掲載)した内容からきています。その時点では、悟空は『誕生日』という言葉を知っていても『お祝い』とは認識していないという設定です。 八戒の誕生日は忙しくて何も書けなかったのですが、今はやっと自由時間が増えたので、元39人間のとりお氏の為に書きました。 三蔵が名前しか出てこなかったので、後日談を書きたいです。てかこのss、半分以上端折ってるんですよね・・・ ※この2日後に後日談を書きました。此方から。 タイトルは、香月の一番好きな曲の歌詞から。 |
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