・・・何つーか、俺も泣きてーなー。
自分の膝の上に突っ伏してワンワン泣くをあやしつつ、蘇芳はため息をついた。
本人に言うつもりはこれっぽっちもないが、自分がを意識し始めたのは、遥か昔の士官学校時代からだ。
士官学校、すなわちゆくゆくは軍に所属しようとする女性は、大概が武人の家系の出自だ。
全員がそうではないのだが、どうも軍人を娘の婿にと考える親の思惑により、コネや賄賂で入学してくる者も多い。
そういう女達は、軍の書記官辺りを腰掛け場所にして、適当な男を見繕おうと画策しているのだ。
そんな中では、実技試験を正規の方法で受け、合格を勝ち取った稀有な存在だった。
それが、自分が彼女の名を耳にした最初の事。
無論、実技科目は男女別だったが、学科は合同だ。
座席の場所は学生番号で決まっており(これが自由だったら毎日流血沙汰だ)、たまたま自分と彼女は常に隣同士になった。
そこから、彼女との腐れ縁は始まったといえる。
初めは自分の事を周囲は羨ましいと考えていたようだ(一時期は妬みやっかみもあった)が、いざ実技科目が始まると、そんな声など吹き飛んだ。
強いのだ、実際。
親兄弟全て軍人武人というのは伊達ではない。特に弓矢は、初めて扱うとほぼ全員失敗するという大弓でも、一発目で的中させてしまった。
こうなると、周囲の男達も、彼女を恋愛対象ではなく、軍に所属し上の階級へ昇る事を目標にする同志として見るようになり、それが当然という空気になっていった。
そのせいかも知れない。いつしか芽生えた感情を、結局伝える気になれなかったのは。
まあ周りは彼女に見向きもしなくなったから、焦ることはないと、悠長に構えてしまったのが大きな間違いで、
それを知ったのが、士官学校を卒業し、配属部隊が決まった時。
原則親兄弟と同じ部署への配属は禁じられており、結果、は自分と同じ西方軍第一小隊への配属となった。
そして、配属報告の日。
『失礼のないように』というごく当たり前の言葉と、そしてなぜか憐憫の情が垣間見える顔で教官に見送られ、2人で訪れたあの方の部屋。
・・・ドアを開けて初めて、教官のあの眼差しの意味を悟った。
そりゃもう、1つの本棚に、その3倍分はあろうかという量の本や巻物を詰め込み、更に床には本棚の中身の4倍くらいの本や雑多な品物その他が積み上げられている。
そして自分達は、『新人歓迎会兼記念すべき初仕事という名の元帥の部屋の片付け〜♪』という先輩達の指導の下、訳が解らないままにその混沌とした部屋の整理整頓を手伝わされた。
まあ、元々軍というものは基本体育会系なので、このノリは嫌いではないけど、肝心の天蓬元帥は何所にいるんだろうと周りを見渡して視界に入った光景。
が、見たこともない程真剣な眼差しで、白衣姿の男から下界の書物についての講釈を熱心に聞いていたのだ。
その長髪白衣の男が、天界軍きっての切れ者と名高い天蓬元帥と知った時、自分の中で大切にしていた色々なものが崩れ落ちる音を聞いた。
暫し落ち込んだものだが、復活も割と早かったように思う。
学生時代に想いを打ち明けなかったのは後悔したが、逆に打ち明けていなかったからこそ、彼女とは今後もこれまでと同じように接していける。
実際、実戦が始まると落ち込んでなどいられないのが現実なので、結局表面上は何も変わることなく日々が過ぎていった。
――『あの日』までは。
封印対象だった妖化生命体に、隊員を庇った元帥が捕らわれ、グズグズしていると食われかねない、そんな状況で、が慌てて引き絞った大弓が、一瞬のうちに弾け折れたのだ。
弓は、強い力で弦を張るため、大きくしなる木や竹が使われる。
大きな弓になるほど飛距離も伸びるのだが、弓を充分にたわめるには、それなりに時間を掛けないといけない。
それを、弓を得意としてきた筈の彼女が、忘れるとは。
――それだけの、想いなのだと、思い知らされた。
その一件で顔に傷を負ったは、殆ど笑うことがなくなり、
一方元帥は、出陣報告と共に、彼女の除隊願を提出した――帰還したその日にだ。
彼女は、『これは、元帥を死なせかけた自分への、正当な罰だ』と言ったが、それは違う。
元帥は、これ以上軍にい続けることで、いつか彼女を喪うかも知れないと考えたのだろう。
どうもそれまでそういった感情とは無縁だったらしく、その感情に付けられる名も知らないまま彼女の安全だけを考えた結果があれだ。
まあそれからの元帥の荒れっぷりといったら、本気で訓練で死ぬかも知れないと思ったものだ。
喪いたくなければ、自分が護れば良かったのに、とは言えなかった。
任務で命を落とせば殉職で二階級昇進、生きたまま上に昇りたければヘマはするな、というのが軍の鉄の掟。
現場に立つ身であれば、男だろうが女だろうが、自分の身は自分で護らなければならないのだ。
一方それまで毎日顔を合わせるのが当然だったは、除隊を境にぱったりと音信不通になり、
風の噂でどこかの姫君の護衛をしているとは聞いていたが、
まさか、あの大事件の最中、姿を現すとは。
久しぶりに見た顔には、包帯はしていないものの相変わらず大きな傷痕。
そしてその考え方の不器用な実直さも、あの頃とちっとも変わっていない。
元帥の危機に直面すると冷静な判断を失うところまで変わっていないものだから、あの時は思わず怒鳴ってしまったが。
いざ元帥の死去が知らされると、やはり気になってしまい、訪ねてみれば、
あれから一度も泣かず、淡々と日々を過ごしていると聞き、流石に拙いと感じた。
――泣かないのは、強さの証なんかではない。
心が硬く凝っている証拠なのだ。
放っておけば、いずれ内部から崩壊しかねない、そう考えた上での行動だった。
結局は、その想いの強さをぶつけられる羽目になってしまったのだが。
「・・・・・・?」
ふと、いつの間にか静かになっていた事に気が付き、下を向くと、
泣き疲れたのだろうか、自分の膝に頭を乗せたまま、は寝息を立てていた。
「・・・・・・・・・」
人によっては据え膳とも捉えられるこの状況だが、生憎と自分は、泣いている女性と眠っている女性には食指が湧かない。
「しゃーねーな・・・」
頬を、涼しい風が撫でていく感触で、は目を覚ました。
目は少し腫れぼったいが、心は何とも軽やかだ。
感情を殺すことが、こんなにも心を重くしていたとは。
そう考えると、少し蘇芳の事を見直しただった。
そういえば、その蘇芳は・・・?
「あれ、蘇芳?」
眠りに就く前と全く同じ姿勢で、の隣に座っていた。
「『あれ、蘇芳?』じゃねーよ。人の膝でぐーすかぐーすか・・・風邪引いたらどうすんだよ」
ここで定番の『襲われたらどうするんだ』とは言えない小心者の自分をぶん殴りたい蘇芳だった。
「まあ今日から休暇だから特に困らないけど」
「・・・そういう問題か?」
呆れたような視線も何処拭く風で、は勢い良く立ち上がった。
傍に置いていた大弓と荷物を手に取る。
「でも、お陰で凄くスッキリしたわ。有り難う。
で――この後どうするの、蘇芳?」
「・・・・・・あぁ、もうちょいここにいるわ。
今度は俺の方が眠くなってきたし」
「そう。それじゃ、暫く会えなくなると思うけど、月香様がお戻りになられたら、またあの屋敷に戻るから」
「おう。そん時は、また脱走して様子見に行くわ」
「あはははは。借りばっかり作ったら、後が大変よ?」
あ・・・・・・笑った。
心の中に封じ込めていたものを吐露したことで、笑えるようになったのだ。
自分がした事が、これだけの結果を出した事に、蘇芳は満足げな表情を浮かべた。
「それじゃ・・・また」
「あぁ・・・またな」
そうして、荷物を抱えたは、家並の中へと消えていった。
残されたのは――
「Ю・†・◆・Å・∬・Л・☆・〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
の頭部が長時間乗っていた所為で、悶絶するほど足が痺れた蘇芳の姿であった――
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―了―
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あとがき
オチました(爆)
いや色々なパターンを考えたんですが、無駄にだらだら話が長引くよりはスッパリと落とした方がキレもいいので。
寝入ってしまったをお姫様抱っこ、なんて無謀お約束な事をさせようかとも思ったのですが、彼女自身はともかく荷物である武器防具+毀れた弓もまとめて持つとなると流石に物理的に無理だったので断念した次第。
時間はかかりますが、そのうち2人は添い遂げる事になると思います・・・多分(←え)。 |
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