Shininng sun and brilliant moon 〜天界編〜





 つい数日前まで年中咲き誇っていた桜が、今は下界の冬の光景のように侘しい姿を晒している。
 その下を西海竜王敖潤は、車椅子を使用人に押させ、日課の外気浴に出ていた。
 そこへ近付いた、一つの人影。

「・・・西海竜王」

 敖潤が視線を廻らせれば、そこにいたのは――

「・・・観世音菩薩殿・・・」

 よく見知った顔というわけではないが、先の報告会議に参考人招致で赴いた際、かなり上段の座にいたのを記憶している。
 あれが彼の御仁の血縁か、と少なからず意外に思ったのは、ここでは伏せておくが。

「・・・下がっていろ」
「はっ」

 特に頼まれたわけではないが、人払いをする。
 彼女(?)が自分に会うとすれば、ほぼ確実に例の騒動の件だ。
 人を使わず自ら来るところをみると、余り他人に聞かせたくない類の内容かも知れない、長年の経験でそう判断した。

「・・・何故ここに」

 元天界軍上層部である自分と天界中枢上層部である彼女(?)。
 軍部を交えた全体会議であればともかく、個々に会って話す間柄では決してない。
 またその個性的な装いも自身の許容範囲を逸脱していることもあり、自然と眼を眇めてしまう。

「身内の起こした騒動で傷付いた竜王殿の慰労訪問・・・って言っても信じねぇよな?」

 ――その言動も、理解の範疇にないといえる。
 知らず、視線が険しくなったのだろう、すぐさま「冗談だ」と返された。

「――まあ、半分は本当だがな、後の半分は、頼まれたからだよ」
「頼まれた・・・?」
「俺の知人が、自分の衛兵及び天界西方軍第一小隊の隊員達が共謀して起こした行動を、この騒動の報告に上げなかった事に対し、感謝の意を述べていた。
 それを、竜王殿に伝えてくれと言われてな」

 話の内容からすると、『知人』というのはあの銀糸の髪の佳人――確か月香といったか。
 その衛兵という女性は、かつて自身の下で軍務に就いていた者だ。
 第一小隊の隊員達が、どのような形でかは判らないが、元帥達の加勢をしたのは察せられた。
 彼らなりに悟られない努力はしていたようだが、それに気付けない自分ではない。
 建物全体に李塔天の軍が配置された中、それを実行するのは不可能に近いが、前日に自分が眼にした『あの能力(ちから)』を用いたとすれば、それは可能となる。

「・・・あの能力(ちから)は、我等凡人の理解を超えるもの・・・私が全てを上に報告すれば、彼の女人が矢面に立たされるだろう。もしかすると、奇異の視線に晒されるやも知れん。
 それだけならまだしも、彼女の能力(ちから)を利用しようとする輩が現れれば、彼女自身が何らかの危険に晒される恐れもある」
「間違っちゃいねぇな。あいつの存在そのものが非常に特殊だ。本来、人目に触れるのは極力避けにゃならん」
「それは・・・」
「軍人に教えるのは、ちっとばかり危険なんだがな。まあ現場復帰はなさそうだからいいか。
 お前さん、『「変化する」下界と「変化しない」天界を支える存在』って話は聞いたことがあるか?」

 唐突な質問に、敖潤は表情には出さないものの多少面食らう。
 『「変化する」下界と「変化しない」天界を支える存在』――それは――・・・
 創世の昔、古来の神々が自分達の居場所として天界を創った際、その完全性を保持するために明確な時の流れを創らず、そのエネルギーを、下界の時の流れに利用するよう図った。
 その際用いられたのが、『変化』を司り、『時空』を操る経文であるが、『変化』を司るが故に経文の形として収まらせることが出来なかったため、古来の神々は経文そのものを生命体に憑依させる事を思いついた。
 そうしてこの天界の何処かに、経文が化身した天人が今も時の流れを操り、天界に常春を、下界に変遷をもたらしているという――

「確かに、天界に住む者全てが、創世記と共に一度は耳にする御伽噺だが・・・まさか」
「そのまさかだ。あいつの存在が、この天界と下界を隔て、かつ双方を維持させている。
 ついでに言えば、お宅ら軍人が使っている異空ゲートも、その能力(ちから)を利用した代物だ。その関係で李塔天はあいつの存在を知り――あいつが懇意にする相手が天界での権力を握りかねないと懼れた。その相手というのが、俺の甥の金蝉というワケだ」
「・・・・・・」

 李塔天が、異空ゲートを創設した一族の末裔である事は、既に敖潤も知らされている。

「あいつは金蝉達の末路を知り、常日頃抑え続けている感情を露にしてしまった。
 ――それが、このザマだ」

 顎をしゃくり、万年桜の無残な姿を示す。

「――彼女は、今・・・」
「一時期は心を閉ざしかけたが、何、そんなにヤワな奴じゃねぇ、今は平静を取り戻している。
 ただ、強い感情を表わしたことで、下界にも多少の影響が出ているらしい。
 今回の件があらかた片付き次第、あいつには下界へ降りるよう使命が与えられる筈だ」
「下界へ?」
「あいつの能力(ちから)で生じた歪みは、様々な形で下界を襲う。
 だからあいつは、下界の人間に化身し、世界で唯一つの『自我を持つ経文』として、その歪みを正していくわけだ。多分、一度や二度ではないだろう。
 ――残念だな、せっかく近付きになれたところだったのに」
「・・・・・・?」

 言葉の真意が掴めず、眉を顰めると、観音はニッと口の端を上げて一言、

「惚れたんだろ、あいつに?」
「なっ・・・・・・っ!」

 図星を指されるとは思っていなかった敖潤の、白磁の頬が朱に染まる。
 元帥の部屋での一幕。
 麗しい見た目に溢れる気品、凛とした佇まい、繊細かつ優美な所作に反して、あの混乱の中、渦中の人物に会おうと考える大胆さ。
 その全てに、己の置かれた状況を忘れて見入ってしまった。
 軍を統率する者にあるまじき失態を、この御仁に指摘されるとは。
 真っ赤になって言葉も出ない敖潤の顔を見て、観音はやれやれ、これじゃ金蝉と変わんねぇのな、と独り言つ。

 ――いや、もしかすると、アイツは己の気持ちすら自覚していなかったかも知んねぇ。

 どちらにせよ、これ以上この堅物を玩ぶのは流石に気が引けた。

「悪かった。余計な事を言っちまったようだな、忘れてくれ。
 これ以上は傷に障るだろうから、俺はこれで――あぁ、忘れてた」

 と、取り出したのは、白と銀の糸を縒り合わせた飾り紐。

「あいつが編んだ物だ。ご利益があるぜ?」

 何処まで本気か冗談か、四角四面の敖潤には見当もつかないが。
 成就が叶わぬ想いならば、今はこれで満足すべきだろう。
 手にした紐は、彼女自身のように美しく、柔らかな手触りとしなやかな強さを持っていた――








 あの騒動から幾月日が経ったろうか。
 月香の館から出て来たに、呼び止める声が掛けられた。

「・・・・・・げ」
「『げ』とは何だ『げ』とは」
「いえ何というか何となく・・・」

 目の前に立つのは、蘇芳。
 あれから、壊滅状態にあった天界軍は、未だ再編成の最中だ。
 もちろん、城の警備など、最低限の守護は機能しているが、下界への出軍はほぼ皆無で、残った兵は、主に城の修繕などに携わっている。

「休暇でも取ったの?」
「ンなモン今の状況で許可が下りるかよ。隊の連中に頼んで一日脱走だ」
「・・・・・・」

 もちろん、戻ったら数倍の仕事が圧し掛かるのだろう。それでもここに来たのは、

「・・・あんたが、実家に戻るって聞いてな」
「言っとくけど、クビになったわけじゃないわよ。
 月香様は、ご自分が作ってしまった下界の綻びを直すために、下界へ降りられたの。
 下界の人間としての生を全うしたら、またお戻りになる、それまでの休暇よ」
「そうか」

 暫くの間、2人の間に沈黙が広がる。
 他人様宅の門の前でこうしているのも可笑しな話なので、どちらからともなく歩き始めた。

「――で、まだ説教する気なの?ちょっと勘弁して欲しいんだけど」
「・・・流石にあの時みたいに怒鳴る気はねぇよ。
 ただ、言いたい事は幾つかある」
「何」
「・・・もう、平気なのか?」
「・・・・・・」

 蘇芳の言葉に、は肩に担いでいる細長い荷を一瞥した。
 中身はもちろん、あの大弓だ。

「あんたさ、元帥が亡くなられたって聞いても、涙一つ流してないんだって?」
「冷たい女だって言いたいの?止めてよ。ちょっとタイミングを逃しただけなんだから」

 何せ自分の雇用主が、天界中の桜を散らすほどに涙を流し続けたのだ、元帥の死は確かにショックだったが、むしろ雇用主の能力(ちから)の実態の方が、衝撃が大きかったといえる。
 その詳細までを、一軍人である蘇芳に伝えることは出来ないが。

「何ていうのかな・・・泣くのが女々しいっていうわけじゃないんだけどね。
 でも、本当護衛の仕事って、雇用主がいる限り年中無休なの。
 だからかしら、身体がいつでも戦闘態勢に入れるように出来ていて、余り感情的になる事も少ないわ」
「・・・今はどうなんだ?」
「え・・・」
「今は月香様が下界に降りて、休暇中なんだろ?
 ――そうだ、こっち曲がるぞ」
「ってそっちはうちと反対・・・って蘇芳!?」

 の手を取り、ずんずんと歩き出す蘇芳に、の頭上を?マークが飛び交う。
 数間先を更に曲がると、

「う、わぁ・・・」

 そこには、()の色と同じ小さな蒼い花が一面に咲いていた。
 あの時月香が感情を振るわせたことで、殆どの花は散り落ちたかと思ったが、
 こうして地の力を受けやすい花は、以前と変わらぬ姿を保っているようだ。
 土手の縁で、蘇芳はの手を離して、短く言う。

「そこ、座れ」
「・・・たまにあんたって異様に上からな物言いになるわね」
「座れってんだろーが(ギロ)」
「(め、目が据わりかけてる;)・・・ハイ」

 逆らうとまた説教されると思い、素直に横に荷物を置いて腰を下ろす。
 隣にドサリと蘇芳が腰を下ろし、何を言われるかと身構えていると、




 ・・・・・・・・・・・・?




「あのー、蘇芳さん?」
「・・・・・・何だ」
「頭を貴方の肩に押さえ付けられると、何も見えないんですが」
「見えなくていいだろうが」
「何でまた」
「何も見ず、何も聞かず、何も考えず、頭を空っぽにしてみろ。
 そうしたら、自分の中の奥底に隠れているものが表に出て来るから」
「・・・・・・」

 何よそれ、と言ったらまた怒鳴られそうなので、その言葉に従い、目を閉じる。
 衛兵としての自我も、何もかも捨てて、心の奥にしまわれた感情を掬い上げる。
 すると驚くことに、閉じた目から次々と涙が零れてきたのだ。

「兵士ってのは、確かに普段は感情を殺して任務に当たらないといけない。
 でもな、それに慣れてしまうと、ヒトとして大事なものを失ってしまう。
 だからこうして、時々は何にも考えずに腹の中に溜まったものを出すといいって、昔親父に言われたことがある。親父も軍にいたからな」

 ほら、出してみな、と背をポンポンと叩かれると、胸の辺りで引っ掛かっていたものが、堰を切ったように一気に溢れ出してきた。

「・・・・・・ック、・・・ック、ウッ・・・ッ、・・・・・・ッ、フ、ウゥッ・・・!
 ウ、アァ、ワアアアアアアアアァッ!!」

 雇用主のように美しい泣き方とはかけ離れているが、そんな事を気にする余裕などなかった。
 しまいには蘇芳の膝に顔を伏せ、咽ぶように泣き叫んだ。

 笑顔の記憶だけで充分だなんて、嘘、嘘。
 もっと、貴方の笑顔を見ていたかった。
 貴方の声を聞いていたかった。
 弓の腕を褒めて欲しかった。
 それから――それから、








 貴方に、『好き』と、伝えたかった―――












―了―
あとがき

まさかの敖潤→月香!?(爆)
だって、『最遊記外伝回顧録』に載っていた敖潤の異性のタイプってのが、『真面目で凛々しい女性』だそうですから、それって月香に当て嵌まるじゃーん♪と思ったら、つい(つい、ってあーた)。
この時観音から受け取った紐の結ぶ絆により、敖潤も金蝉達同様500年後の同じ時期に転生するのです。
一方天蓬ドリームヒロイン嬢側。
これまでイイ感じに彼女の傍に寄り添っていたオリキャラ蘇芳君が何故か父親ポジションに(あれー?)。
流石に号泣した状態で『了』はないだろうと考え、続編など書いてみました。但しオチますが。
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