Shininng sun and brilliant moon 〜天界編〜





 はらり はらり
 舞い散る花弁は、彼女の涙。
 想う者を追い、その身を枯らす。

「うわッ・・・・・・凄いなこりゃ、前が見えん」
「――なあ、少しおかしくないか」
「え?」
「この桜だよ。
 ・・・まるでこのまま全部、散ってしまいそうだ・・・」








 観世音菩薩は、謁見の間を後にして、中庭に立っていた。
 辺りは、風もないのに桜の花弁が次々と落ちてくる――というより降ってくる。
 いや、降ってくるなどという可愛らしいものではない。
 花吹雪といえば聞こえはいいが、そもそも天界の桜は万年桜。
 花の交代で散る常の時とは違い、数え切れないほどの花が一斉に散り始めたのだ。
 下手をすれば、花弁で窒息しそうだ。
 同じく謁見の間から出て来たが、戸惑うように観音に尋ねた。

「観世音菩薩様・・・これは・・・」
「・・・・・・月香(あいつ)の仕業だ・・・本人の意思とは関係なくだがな」

 水鏡は、僅かではあるが彼らの姿を映した。
 鍵となったのは、昨夜、月香が彼らに渡した餞別の飾り紐。
 実はあの中に、月香は自身の銀糸の髪を縒り合わせていた――天蓬だけは気付いたようだが。
 そのため、水鏡は月香自身を媒体とすることで、彼女の髪を身に着けている彼らの姿を捉えることが出来たのだ。
 だが、映し出された現実は、余りにも残酷だった。

「この桜は、あいつの悲哀の感情を受けて、散り続けている――恐らくはこのまま、一つ残らず落ちてしまうだろう」
「この、万年桜がですか・・・?」
「あぁ。それが、あいつの能力(ちから)だ」
「・・・・・・・・・」

 哀しみを露にしただけで、天地創世の時から咲き続けてきた万年桜が散り落ちる。
 天地創造に用いられた経文と、大いなる太陽・月を司る天人から受け継いだ強大な神通力が、天界にこれ程の影響を及ぼすとは。

「暫く、そっとしといてやれ・・・」
「・・・御意」








 涙を流したのは、初めてかも知れない。
 元々、天界人の中でも一際起源の古い神は、生み出された時点で既にある程度の自我と知能を有している。
 更に生まれた瞬間から、自分は感情を抑えるよう教えられて過ごしてきた。
 自分の感情一つで、海は荒れ、地は裂け、山は燃え、嵐が吹き荒れ、脆弱な下界の生き物はひとたまりもないと。
 だから、何があっても感情を動かさないよう、常に自分に言い聞かせていたのに、




 一度溢れた涙を、止める術を、私は教わったことがない。




 涙を流し続けながら、月香は水鏡を見つめ続けた。
 自分が彼と共にいる所を李塔天に見られなければ、あるいはここまで酷い結末にはならなかったかも知れない。
 こうなった原因の一つは、己にある。
 だからどうしても、自分は見届けなければならないのだ。
 それが、どんなに惨い光景でも――








 そして、



 天界に植えられた万年桜は、全て跡形も無く散り果てた。








 天界は、上を下への大騒ぎだった。
 当然だろう、常なら死すら存在しないこの世界で、天帝は殺虐され、天帝城は崩壊し、咲いているのが当然だった万年桜は一つ残らず花が落ちたのだから。
 天帝の葬送の儀に始まり、一連の騒動の顛末の要約・被害状況の把握・責任追及に事後処理、崩壊した建物の修繕と、為すべき事は山ほどあった。
 そんな中、月香の館を、観世音菩薩が訪問した。
 部屋へ通されたが、明かりを点けていない真っ暗な部屋の中、月香は窓辺で椅子に座り、無表情のまま微動だにしない。
 以前自分の言った『綺麗なお人形』という言葉を、観音は思い出した。

「・・・あれから、あの場所にお掛けになったまま、何も召し上がらず、お休みにもならず・・・あれではまるで、彫像か何かのようです・・・」

 声を詰まらせる侍女を一瞥する観音。
 確かに、涙の枯れ果てた現在の彼女は、表情を失い、一体の良く出来た彫像にも見える。
 その一方、彼女に死を選択する権利は与えられていない。
 元々人並み外れた神通力を持つ彼女だ、放っておけば半永久的にあの状態のままだろう。
 形の良い眉を顰め、観音は部屋を横切り、月香の前に立った。

「月香」
「・・・・・・」
「あいつ等の、判決が下りた」
「・・・・・・」
「あいつ等が騒動を起こしたことで、結果的に李塔天達の陰謀が明らかになった。天帝を殺ったのも李塔天側の人物だ。だからあいつ等の謀反の罪は帳消し(チャラ)だ」
「・・・・・・」
「ただ、騒ぎを大きくしたことで、あいつ等には下界で頭を冷やせと言い渡されている。
 ――つまり、そう遠くない未来に、あいつ等は下界に転生するんだ、人間としてな」
「・・・・・・・・・転・・・生?」

 初めて、月香の口から言葉が発せられた。
 観音の、口の端が上がる。

「あぁそうだ。下界の者としての一生を全うすれば、その後天界に戻ることも可能だ」
「・・・・・・本・・・当、・・・に?」

 表情の戻りかけた(あお)()を真っ直ぐ見据え、観音は強く頷いた。

「・・・・・・良か・・・った・・・」
「・・・後は、あのチビなんだが・・・」
「悟空・・・・・・可哀相に・・・今、どうしていまして?」
「その事なんだが、お前さんの力が必要なんだ・・・酷な事と承知はしているが、頼まれてはもらえないか?」
「―――え・・・」








 月香の部屋を出た観世音菩薩は、侍女に場所を聞き、その足での部屋を訪れた。
 こちらは、殆どの時間を毀れた弓を抱きしめて過ごしているとのことだが、そこはやはり武人というべきか、寝食を含め基本的な日常生活は続けられているという。
 ――というよりは、武人であるという自我だけが、彼女を動かしているのだろうが。

「・・・その弓と顔の傷が、天蓬とお前さんを繋ぐ(よすが)か」
「・・・・・・」

 ややあって、こくりと頷いた。

「もう一つ、思い出になる物は要らねぇか?」
「・・・・・・?」

 ほれ、と、
 一枚の手の平程度の紙を2本の指で挟み、観音は顔の高さに持ち上げる。

「あいつ等が、少し前に下界の道具を使って撮った写真――本物そっくりの絵姿だ。
 天蓬が、肌身離さず持ち歩いていたらしい。
 何もかもが瓦礫の下敷きになっちまったが、これだけ風であおられたのか、特に傷みはないぞ」

 ちっとばかし変顔揃いだが、要るか?と言われ、は暫し考え込んだが、首を横に振った。

「・・・あの方の加勢に参りました際、あの方と眼が合いました。
 凄く――凄く綺麗な笑顔を、私に向けて下さったんです。
 あの笑顔の記憶さえあれば、千の似顔があったとしても、私には必要ありません。
 ――それに、その写真というのは一枚しかないのではありませんか?
 どうぞ、それは観世音菩薩様が、甥御様を思い出す(よすが)としてお持ち下さい」
「・・・・・・そうか」

 慈愛のこもった視線を投げ掛け、観音はの部屋を後にした。
 彼女に、連中の転生を知らせる必要はないだろう。
 喪った恋の穴埋めは、時が来れば解決するから――








 月香は、取り出した短刀を、首の高さに水平に構えた。
 その刃に、己の白い指を宛がう。
 刃で付けられた傷から溢れ出た血を、傍に置いた硯の水に落とした。
 傷を塞ぎ、丹念に墨を磨る。
 観世音菩薩からの依頼は、『時間の流れを遮断する封印の札』。
 斉天大聖が犯した大量殺戮は、情状酌量を以ってしても尚残虐非道極まりなく、
 一方で金鈷が壊れ、抑えられていた妖力が全開になっている現在の彼に、誰も近付きたがらないというのも本音で、
 結果、課せられた罰は『全ての記憶の封印』及び『500年の孤独』。
 その為の、月香への依頼だったのだ。

『ちなみに、どのようなタイミングで効力を失うかは、お前さんに任せる』

 とは、何ともいい加減な、それでいて彼女(?)らしい言葉だ。
 だが、自分の想像が間違っていなければ――




 言霊を、自分の血の混じった墨と、隣に置いた紙の束に向かって投げ掛ける。
 やおら筆を手に取ると、



 いわゆる六字真言を、全ての紙に書き認めた。

 金蝉様・・・どうか、可哀相なあの子を救ってあげて下さいませ。
 私もいずれ、下界に参りますから・・・








 長い長い年月を経て、封印の札が解かれる時、
 一つの新しい物語が、幕を開ける。
 それは誰にも止められない、回り続ける因果の歯車――








―了―
あとがき

ここまでお付き合いいただき有り難うございました。
つまりは、悟空が閉じ込められていた岩牢にベタベタ貼られていた札が、何処から調達されたかを明らかにするための物語だったというオチ。この六字真言のうち5文字はコード表記も可能なのですが、一文字だけどうしてもコンピューターでは表示出来ず、やむを得ず画像を差し入れました。
観音がに差し出した写真は、100のお題No.6で天蓬達が撮ったものです。なのでそちらもご一読されると、『変顔』の理由もお解りいただけるかと(でも天蓬自身は変顔じゃないですよ)。
本編は一旦ここで終了ですが、に関しては、このままで終わらせるにはナンなので、後日談というべき内容を書いてみました。月香の側に於いても、意外な人物の想いが明らかに・・・?(謎)



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