Shininng sun and brilliant moon 〜天界編〜





 ドスッ



「・・・か、はっ・・・!」

 刃が肉を断つ鈍い音、次いで肺を傷付けた者特有の血反吐交じりの声が、の耳に届いた。

「・・・・・・?」

 まだ状況を把握し切れていないに近付いたのは、

「あ・・・蘇芳」

 元同期の蘇芳が、を襲おうとした兵士に突き立てた剣を抜き取った。
 そしてスゥ、と軽く息を吸ったかと思うと、

「お前馬鹿か!!?弓は背後がガラ空きになるから、あくまでも後方支援がある時だけって士官学校で教わっただろーが!!まさか軍を除隊して全部忘れたってんじゃねぇだろうな!!?」
「う・・・いえ忘れてませんが・・・」
「これは軍事訓練じゃねぇんだ!!元帥助けようとして自分が殺られたらお前、元も子もねぇだろうが!!」
「・・・仰る通りで・・・ハイ」
「お前が除隊した後、俺達が元帥からどんだけしごかれたか、お前知ってるか!?知らねぇだろ、あ゛ぁ!?」
「ぞ、存じ上げませんデス・・・」

 てゆーか何でこいつ相手に丁寧語になるのよ私。しかもこいつ、私の事を『お前』呼ばわり?

 集中砲火のように浴びせられる罵声に、納得いかないものの思わず条件反射で居住まいを正してしまうだった。
 もっと何か言いたそうな顔の蘇芳であったが、周囲にはまだ敵の兵士が山ほどいる。

「話は後だ!今元帥が言った言葉を聞いたか?ここにいる連中全員、この場で殺っちまうぞ、いいな!?」
「ら、了解(ラジャ)

 つーか『話は後』って、これ以上どれだけ説教するつもりよ?

 士官学校時代、そして第一小隊に入隊後も、どちらかというと周囲への気配りが上手い青年という認識があったが、少しそれを改める必要があるかも知れない、そんな事を考えながら、再び剣を手に取りは立ち上がった。
 そう――自分達は、ここにいる筈のない存在(・・・・・・・・・・・)なのだから。
 立ち上がった瞬間、丁度こちら側――南側の扉へと向かって走る元帥と眼が合った。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

 一瞬、交わる視線。
 と、

「・・・?」

 元帥の唇が、音を伴わずに動いている。

(ア・リ・ガ・ト・ウ)

 そして、ふわりと。
 何とも形容のし難い、これまでに見たこともない程綺麗に、元帥は微笑んだ。

「・・・・・・・・・っ!」

 の、蒼い目が見開かれる。
 ――『あの時』、自分の不手際で命を落としかけてから、彼は自分を遠ざけていた。
 程なくして、彼から遠回しに言い渡された除隊命令。
 彼を危険に晒した罪は、永遠に赦されるものではない、そう思っていたが。

「・・・・・・あ・・・」

 再び、天蓬の口が、言葉を紡ぐ。

(ワ・ラ・ッ・テ?)

 その言葉に、必死にも微笑んでみたが、彼の微笑みの綺麗さには遠く及ばない。
 それでも元帥は、満足げな表情(かお)を浮かべ、扉へと消えていった。
 もう、彼の姿を見ることは一生叶わないが、表情(かお)に、憂いはなかった。
 最後に見た表情が、あんなに綺麗な笑顔だったのだから。
 視線を上げたの眼には力が篭り、顔は、既に武人のそれとなっていた。

「てやああああぁっ!!」

 体勢を直すや、掛け声と共に第二小隊の兵士達に向かって突っ込んで行った――








 扉を開けた捲簾は、金蝉・悟空を通して最後に扉をくぐった天蓬にぼそっと言った。

「さっき、えらくイイ顔してたじゃん」
「あ、判りました?」
「そりゃ、あの状況であの顔してたら、嫌でも目に付くっショ。
 何、昨日のあの()?」
「・・・女性関係に鋭いって、ある意味ヤな特技ですね。
 まあ隠し立てしても仕方ありません、貴方の言う通りですよ」
「なーんか、訳アリっぽくなかった?」
「言っときますが、何もありませんよ、貴方の想像しそうな事は。
 まあ、何年か振りに笑顔が見られたので、嬉しかったってところでしょうか」
「顔の傷のせいか?勿体無いよな」
「完全に消せないまでも、痕を薄くするくらいなら軍の経費で出来ると言ったんですけど、断られましてね。お嫁の貰い手が無くなったら僕のせいかなーって」
「貰っちゃえば良かったんじゃね?」
「そうもいかないでしょう?僕の一存で出来る事と出来ない事がありますって」

 そして自分は、自分の一存で出来る事――すなわち彼女を危険から遠ざけるべく、虚偽の報告を以って除隊処分にしたのだ。
 『あの時』以来、顔に傷を負った彼女は、笑うことが殆ど無くなった。
 全ては自分の招いた事と思っていたが、先程見えた彼女の顔。
 最後に見たその表情は、それはそれは綺麗な笑顔だった――
 それを思い出したのだろう、穏やかな表情の天蓬の横で、捲簾はこっそりとため息を吐いた。

 はー、今更かも知れねぇけど、コイツってマジそーゆー方面はダメなのね。

 本人達は磁石の同じ極同士、近付きかけてもスイ、と避けてしまうが、傍から見れば何のことはない、とどのつまりは両想いなのだ。
 天蓬は決して真相を明かそうとしないが、彼女の顔の傷の原因は、どうやら天蓬と関わりがあるらしい――更にいうと、あの部屋で見た大弓が凶器となったのだろう。
 とすれば、天蓬が彼女を除隊させた本当の理由も想像がつく。
 これ以上軍にいることで、いつか彼女を喪うかも知れないと懼れたからだ。
 一方で彼女が傷の治療を断ったのも、傷の原因が天蓬にあるとすれば、これまた想像は容易い。
 その傷こそが、天蓬と彼女を繋ぐ唯一の絆だからだ――洒落ではなく。
 何て不器用な二人だろうか。
 そして今も、これが相手にとって最良の事だと言わんばかりに、天蓬は全てを捨てて下界を目指し、彼女はそれを助けている。
 これが恋愛小説なら、自分のようなポジションの友人が間に立って、2人の仲を取り持つのだろうが、現実はそうもいかない。
 目の前に聳え立つ大きなエレベーターの扉。
 既に自分一人の力ではどうすることも出来ないところまで来てしまったのだ。

 ちゃん・・・ってったっけ、ホントごめんな。
 代わりといっちゃ何だけど、目的は絶対達成させるから――俺が犠牲になってでも。








 それから幾らも経たないうちに、達は再び月香の作った『道』を通り観世音邸へと戻った。
 そこで身体に浴びた返り血を拭い、血の臭いを消す薬草(月香が観世音菩薩に頼んで用意していたものだ)を浸した湯で身体を清める。
 多少の怪我はあっても、斉天大聖の暴走に巻き込まれたと言えば、不審には思われないだろう。
 投げ出した弓も回収済みで、あの部屋に自分達がいた痕跡は残っていない(矢は軍全体で同じ型のものを用いているので、第一小隊のものとは限定されない)。
 元帥の『最後の命令』は、完璧に遂行されたのだ。

・・・お疲れ様です」
「月香様・・・いけません、血の臭いが移ります。返り血が拭ききれてないかも知れませんし・・・」
「気にすることはありません。臭いはいずれ薄れるし、血が付いても、洗えば落ちます。
 それより・・・」
「ご安心下さい。遠目ではありますが、金蝉童子様は大きなお怪我などもないご様子でした」
「・・・いえ、あの方達の事ではなく・・・、本当に良かったのですね?」
「・・・・・・・・・はい」

 月香の問いに、はやや遅れて、しかししっかりと頷いた。
 最後に見た、素晴らしく綺麗な笑顔。
 軍に所属していた頃に、あのような元帥の表情を見たことなどついぞなかった。
 それが見れたのだから、もう悔いはない。

「そう・・・」

 月香が安心したように呟いたその時、

「竜王閣下が見つかったぞ!」

 天帝城へ偵察に行った兵士が、報告に戻って来た。

「どうやら地下書庫で縛られたまま放置されていたらしい」
「んじゃ、ちょっくら天帝城を横切って閣下をお助けに参りますか」
「きっと、元帥の分まで俺達どやされるんだぜ」
「違いないや」

 誰かの言った冗談に、第一小隊の面々はどっと笑った。
 一息ついた永繕が、に向かって言う。

「俺達はこれから閣下の下へ急行するが、お前さんは軍の人間じゃない。
 これ以上俺達と共にいると、さっきの事を疑われる破目になりかねないから・・・解るな?」
「了解です。月香様のご命令は遂行されました。私は元の任務に戻らせていただきます」
「うん、ご苦労さん」
「では、私はこれで失礼致します」

 ピッと居住まいを正し、敬礼をする。
 第一小隊の隊員達も、敬礼で返した。
 彼らの顔を見回して、げ、とは低く唸った。
 視界に入った蘇芳の目が、

 す、据わってる・・・やっぱ説教する気満々だったんだ・・・

 額を冷や汗が流れるが、幸いというか、今この時から自分は彼らと別行動となる。
 三十六計逃げるに()かず、だ(←上司の請け売り)。
 心の中で謝りながらもその場でくるりと回れ右をし、月香を促すようにして部屋を辞した。








 広間を出た月香とは、その後観世音邸の客間に通された。
 本来昼夜逆転に近い生活を送る彼女達にとっては、今は既に床に就いている時刻だが、この張り詰めた空気がそれを許さない。
 観世音菩薩は天界の運営に直接関わることの多い上層部の一柱だ。しかも、この騒ぎの中心には、彼女(?)の甥御も含まれている。
 恐らく謀反人が未だ軍に捕まっていないことで、謀反人への憤りの感情が結果的に彼女(?)への非難へと繋がっているのだろう。
 月香の館へ戻るべきか躊躇したが、今外に出ると月香を危険に晒してしまう。
 この空気の中で来客然としていろというのも無茶な話だが、他に方法はないだろう。
 それにしても――

「・・・何だか、人が集まってきているようですね・・・」

 第一小隊の面々は、既に竜王の下へ駆け付けるべく、館を後にしている。
 しかも、洩れ聞こえる声の質から、集まっているのは軍人ではなく、上級神のようだ。
 は扉を細く開け、廊下の最奥、謁見の間から聞こえる話に耳を傾けた。

「・・・ピーピー五月蝿ぇな」
「何と!?」
「今は天帝(ジィさん)を悼む時だろうが。
責任云々はその後で問いな」

 え・・・・・・?

、皆様は何と・・・?」
「・・・月香様・・・よくは判りませんが、天帝が崩御なさったと・・・それも、この騒動に巻き込まれた形らしく、上級神の皆様が、口々に観世音菩薩様を糾弾しておられ・・・」
「・・・・・・!」

 そうこうしているうちに、観音の言葉通り、天帝追悼の準備に取り掛かることにしたのだろう、達のいる客間の前を、ドカドカと足音荒く大勢の上級神が通り過ぎて行った。
 彼らが廊下を曲がって姿が見えなくなったのを確認し、月香とは謁見の間へと赴いた。

「観世音様・・・」
「あぁ・・・済まない、騒がせたな」
「お気になさらず・・・それより、先程の話は・・・」
「奴等が伝え聞いた話では、『斉天大聖を連れた謀反人共が天帝を手に掛け、逃走した』だと。
 ・・・と言っても、お前さんは信じねぇよな?」
「当然ですわ」

 きっぱりと告げる月香。
 も、傍らで控えながら一瞬強く頷く。
 そもそも、職務も地位も全て投げ打って下界へ亡命しようとしている彼らが、天帝を手に掛ける理由も意味も全くない。
 そんな、学があるとはいえないでも解る事を、なぜ彼らは理解出来ないのか。

「そんな事より観世音様、あの方達の事が心配ですの。
 貴方様の水鏡を使わせてはいただけませんこと?」

 天帝の崩御という天界の一大事を『そんな事』と言い切る辺り、彼女の中での優先順位は揺るぎなく決まっているようだ。

「そうしてやりたいのは山々だがな、水鏡(コイツ)は下界を看るためのものだ、ゲートを通過した後ならともかく、手前の天界のエリア内を動いている所は、水鏡では見えんぞ」
「方法はありますわ・・・鮮明にとはいかないでしょうが」
「ほう?」

 謁見の間を横切り、テラスへと出ると、そこは観世音菩薩が下界の様子を窺う(という名目で面白そうなネタを探している)ための蓮池が広がっている。
 そこへ、月香は何と躊躇いなく足を踏み入れたのだ。
 背丈より長い髪が水に浸かるのも構わず、数歩進んだ所で月香は水面を見つめた。
 と――

「―――ほぉ・・・」







まさかのオリキャラ蘇芳君大活躍(爆笑)。
だってこの時、元帥丁度円雷と対峙している時ですもん。
このシーンは更に天蓬の『全員殺しなさい!!』が凄く凄く格好良いのですが、格好良過ぎてのっぺらぼうな文章にしてしまうと迫力激減である事が判明。なので敢えて書き込むのを諦めました。
そしてやはり2人のすれ違いっぷりに気付いた捲簾、いい人です。少し遅かったけどね
この後、哀しい終幕へと繋がっていきます。







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