天蓬の、そして第一小隊の面々の推測通り、李塔天は夜明けと共に突入を開始した。 重厚な扉が打ち破られ、器物が破壊される。 怒号のような声が飛び交い、時折爆音が轟く。 戦争のような混乱の中、地下の隠し扉が開くかすかな音など、気付く者はいなかった。 「こんな所に通路があるとはな・・・軍部が管理しているのか?」 「んにゃ。元々は有事の際に天帝が避難する為に造られた通路の一つらしい。 これ以外にも、幾つか隠し通路はあるらしいが、全て天帝とごく一部の側近だけにしか伝えられていない、いわゆるトップシークレットって奴だ。 もちろん軍の関係者なんて論外だ」 「成る程・・・要は天帝を護る立場の軍人達が、クーデターを起こした時を想定したものか。 つーか何でそれを 「それは――おや」 通路の天井を通して、建物の中から響く爆音が立て続けに2発聞こえてきた。 それは、4人が天蓬の部屋を出る際に仕掛けた物だ。 あの仕掛けが作動したという事は、つまりあの部屋にある諸々全てが吹き飛んだという事で、 ――やはり、返しておいて正解でしたね。 呟いたその横顔は、長い髪に隠れて誰の眼にも留まらなかった。 「――良かったのか?あの部屋にあったのは、お前の大事な本やコレクションだろう」 「構いませんよこの際。所詮は只の虚像ですから」 そう――たった一つ、本当に大事なものは、もうあの部屋にはない。 元の持ち主が『あれ』をどうするかは判らないが、あの胸糞悪い連中の手でゴミにされるよりは、何万倍もマシというものだ。 「『形ある物いつかは壊れる』――と。 これもまた下界の格言ですけどね」 ならばこの想いは、信念は、この身が滅びても残るのだろうか。 埒もない事を考えてしまう。 『想い』が魂に刻まれ、肉体を離れて尚残り続けても、 それを貴女が知ることは、未来永劫ないでしょう。 一介の亡命者である自分の気持ちなど、知る必要のないものですから―― 同じ頃、観世音邸の大広間―― 「――始まったな」 天界西方軍第一小隊の中でも最も配属期間の長い永繕が、窓の外を窺いながら呟いた。 窓など見なくても、耳に入る人々の叫び声や建物を破壊する音、そして爆音などで、それは容易に知れた。 永繕は振り返ると、 「改めて感謝致します。我々のような者にお力添え下さるとは・・・」 「気になさることはありませんわ。これはあくまでも私のエゴ・・・私の 永繕の前に立つのは月香。 その傍に、が控えている。 第一小隊の兵士達は、彼女達をやや遠巻きにするように囲んでいた。 天蓬の部屋から戻った月香が、に提案したのだ。 自分の は初め月香が自分達のする事に関わることで、後々立場的に拙い状態になるかも知れないと危惧したが、月香はそれを遮った。 にも言えない事だが、この件で月香は金蝉達に負い目を感じている。 憶測でしかないが、李塔天は、金蝉が自分と知己の間柄であることで、金蝉や更にはその友人である天蓬、捲簾(←金蝉は否定するかも知れないが、月香にとってはこういう認識だ)が自分の能力を、ひいては天帝を超える権力を手にする可能性があると危惧したのではないだろうか。 あの夜の邂逅から幾日も経たないうちに起きた今回の騒動。 もちろん大きな要因は闘神太子と悟空の存在だが、自分の存在も、表面には出ないが要因の一つとなっているのだろう。 ならば自分は、表立って行動に出ることは出来なくとも、陰から彼らの目的を遂げさせる助けをすべきだ。 そう考えた上での、この提案だった。 「――それで、目的の場所は?」 壁に貼られた天帝城の間取り図を見上げながら月香が問うと、 「元帥は恐らく現在地下通路を使って本館地下書庫を目指していると思われます。 だとすれば、そこから天帝城地下層へ降りるためのエレベーターのある場所へ行く際、この・・・」 トン、と永繕の指が一箇所を指し示す。 「円形会議室を通らねばなりません。ここは2階部分に多くの上級神が着席出来るよう、バルコニー状になっており、兵を待機させるには都合がいい場所なのです」 「それは、つまり・・・」 「恐らくは李塔天側も、エレベーターホールの手前の部屋に、多くの兵を配置しているものと思われます。東西にも同じような部屋はありますが、自分達の予想では、この北側の会議室を狙えば目的は達成されるでしょう」 「既に配置されている李塔天の兵に見つからないよう、その背後へ廻り、奇襲を掛ける――という事ですのね?」 「仰る通りです。追われる身である元帥は、当然この部屋に入ったら、入り口の扉を封鎖するでしょう。向こうは、そうして袋の鼠状態になったところを狙うに違いありません」 「解りましたわ。となりますと、この部屋のどの場所に?」 「建物全体の強度を高める目的で、この部屋の階段は壁を二重にした間の空間に造られています。 もちろん明かり取りの窓は幾つも開いてますが、身を屈めて進めば、完全に相手の死角を捉えることが出来るでしょう。 階段は南北両方の入り口傍かららせん状に伸びているので、我々も二手に分かれようかと」 「解りましたわ。では、この階段の途中部分に出られるよう『道』を作りましょう。 どうか、あの方達の助けとなって下さいませ」 「承知致しました。 ――お前達、訓練と同じように二班に分かれろ。洋閏、お前は斥候として、月香様の作られる『道』の先が安全かを確かめてくれ。俺もこっち側の斥候を務める。 、お前さんは第二班だ。弓の合図を頼む」 思いがけない言葉に、は目を見開いた。 思わず周囲を見渡すが、皆承知していたかのように一様に頷く。 剣術・体術に長けた彼らも、の弓の腕には一目置いていたのだ。 彼らの意図を汲み、は永繕に向かって敬礼の形を取った。 「了解致しました!」 天蓬達は、地下書庫で西海竜王敖潤に除隊の報告をした後、そこから地下層へ降りるためエレベーターホールへ向かってひた走っていた。 流石に全ての兵力を南西棟制覇に費やしたわけではなく、常時配置されている警備兵が、彼らの姿を認めて攻撃してくる。 一人倒せば、物音を聞きつけて次々と警備兵が集まって来た。 戦う術を持たない金蝉は、襲ってくる攻撃を必死でかわしつつ、集まる兵士を一手に引き受ける天蓬・捲簾の誘導で先へと進んでいく。 ――その過程で兵士一人にダメージを与えることが出来たが、本人はそれを知らない。 「突き当たりの扉だ、金蝉!!」 言われるがままに、扉へ向かって全速力で走る。 ――思えば悟空を手元に置いてからというもの、そのやんちゃ振り故に怒鳴ったり追いかけたりと、全身を酷使する日々が続いた。 初めは走るたびにこむら返りを起こした足だが、あの日々が身体を鍛える結果になったのか、今では現在全力疾走しても、息は切れるが足が攣るなどの支障はない。 成長したもんだな、と感慨に耽る暇は、今はないが。 真っ先に扉を開けた金蝉が、程なくしてあらかたの兵を散らした捲簾と悟空、そして天蓬が扉をくぐり、バァン、と音を立てて扉は閉められた。 流石に攻撃の心配のない隠し通路を通っていた時と違い、油断すれば命は無い。 取り敢えず扉を封鎖したことで、小休憩くらいは出来るかと思った矢先、 「――どうやら、休ませちゃくれないみたいだぜ」 捲簾のその言葉の意味を知るのに、たっぷり3秒程かかった。 だが、自分達に狙いを定めてつがえられた幾つもの弓矢に、ようやく金蝉も敵に囲まれている事を悟った。 部屋は円形で、2階のバルコニー部分にずらりと並べられた兵士。 360度全方向から弓矢で狙われては、単体の敵しか対処出来ない剣や銃では、一つ二つはかわせても、全てとなると不可能に近い。 何か方法は・・・と この部屋の2階へ上がる階段は、壁を二重にした内部に造られている。 そのため、壁には階段に部屋の明かりを届かせるための窓が幾つか開けられているのだが、その窓の一つから、僅かだが光が洩れているように見えたのだ。 そして、同時に感じたこの気配は―― 「・・・天蓬、少しでいい、時間を稼げないか」 兵士達のまとめ役である円雷という人物に当て擦り半分の賛辞を与える天蓬に、そっと頼む。 恐らく疑問に思っただろうがそこは旧知の仲、視線のみで了承の意が返された。 わざと天蓬が巫山戯た物言いで相手を刺激すれば、相手の方がぺらぺらと喋り続ける。 これで、わざわざこちらから話を繋げようとしなくても、充分時間が稼げるだろう。 その策士としての本領発揮振りに、内心舌を巻く金蝉だった。 だが一方で、不安要素も多い。 先程見えた淡い光と、感じた気配。 それは、昨夜見て感じたものと同じそれだ。 もし自分の考えが当たっているなら、下手すれば『彼女』を巻き込む恐れがある。 それだけならまだしも、『彼女』の身に何かあれば、それはすなわち天上天下全ての世界に影響が及びかねないという事で―― 額に滲む汗の不快さも忘れるほど、金蝉は壁の向こうに全神経を集中させた―― その壁の向こうのらせん階段を、第一小隊の面々は腰を屈めながら気配を断って進んでいた。 (既に向こうは配置に就いている。気取られるんじゃないぞ) (あぁ、元帥達もいるな) (上がったところに踊り場がある。半数は隠れられそうだ) (バルコニー部分全てに兵が配置されている。奴等の視界に入らないよう常に上半身は床に水平、窓の下を通る時と階段を上がりきる時は特に注意だ。正面にもいるからな) ( 極限まで抑えられた声と身振り手振りでコミュニケーションをとりながら、足音を立てないよう一段一段慎重に上っていく。 幸い、部屋中に円雷のダミ声が響くため、多少の声や音はかき消された。 は、その声に合わせて、矢じりを下に向けたまま、手にした弓を引き絞っていく。 そうすれば、木のたわむ音も相手に聞こえることはないのだ。 他の連中も、それに倣って弓を引き、臨戦態勢に入る。 踊り場に身を滑らせ、洋閏はに目配せした。 (まず君の合図で全員弓を一斉発射、相手が体勢を整える前にバルコニーに突入だ) (了解) 兵士がバルコニーに沿って円形に配置される事は予想済みなので、観世音邸での作戦会議でどの区間を狙うかは決まっている。 ざっと見ても、兵士達の数は自分達の倍はありそうなので、まずはこの踊り場から離れた位置の兵士を弓矢で攻撃し、そこで弓を捨てて剣で接近戦へ持ち込む。 異形の生命体は散々相手にしていても、同じ天界人を攻撃するとなると若干の躊躇を禁じ得ないが、既に軍は元帥達を謀反人と位置付けて処刑対象としている。 もう、なりふり構ってはいられないのだ。 全員が、瞬きも忘れるほど、円雷と兵士、そして合図を送るの行動を凝視している。 「貴殿らに相応しい姿にして差し上げよう。 不浄の――そう、ハリネズミに」 ――今だ!! その瞬間、は構えた弓矢を高々と掲げた。 それを合図に、第一小隊の兵士達は次々踊り場の出口へと集まる。 「「撃てェえ!!!」」 極限まで引かれた弦がビィンと縮み、次々と放たれる矢がシュッと空気を裂く音が聞こえた。 矢を放ったのは、円雷率いる第二小隊の兵ではなく、 「げ、はッ」「がッ」 「ご無事ですか大将、元帥!!」 ワーッとときの声を上げ、第一小隊の隊員達との15人は、一気にバルコニーへ躍り出た。 相手が弓をつがえ直す暇を与えず攻撃する。 全方位弓矢攻撃さえなければ、日々之戦闘&筋トレ(←上司の趣味)の毎日を過ごしてきた第一小隊が負ける要素など一つも無い。 元帥達が何やら口々に叫んでいるが、そこは綺麗にスルー(←上司の得意技)だ。 何せ第一小隊のモットーは『命令がなくば自己判断』なのだ、現だろうが元だろうが、上官の手助けをする事の何処が悪いというのか。 頭数は多くても、バルコニーで戦闘になる事を想定していなかった第二小隊は、浮き足立って統率を欠いている。 だが―― 「――っ、元帥!!」 最初の攻撃で1階に落ちた者のうち、まだ身体の動く者が、持っていた弓矢を構え直し、天蓬に狙いを定めていたのだ。 それを見たは、足元に転がっていた弓矢を慌ててつがえた。 その時、不意に『あの時』の光景が蘇った。 元帥の危機に動転し、弓の耐久性も考えず力任せに引き絞った自分。 弾けた木の繊維が顔面を襲った痛みは、今も忘れることが出来ない。 あの時は別の隊員が攻撃を代わったことで難を逃れたが、下手すれば元帥の命は無かった。 武器の扱いを誤れば、それは自分の身に返ってくるのみならず、味方を危険に晒す恐れもある。 それを身を以って知った出来事。 ――そう、焦ってはいけないのだ。 相手の弓は、まだ矢が元帥の立つ位置に届くほど引かれていない、それを見極め、自分も弓の音を、軋みを、感じ取りながら引いていく。 ――今だ!! ビシュッ |
「グアッ!!」 |
の判断は正しかったようで、元帥を狙っていた兵士の矢が放たれる前に、兵士は倒れた。 だがホッとしたのもつかの間、背後に敵の気配を感じたが振り返ると、今まさに第二小隊の兵士が剣を振り下ろそうとするところだった。 元帥を助けたことで緊張の糸が緩んだのか、普段ならどのように攻撃をかわし、更に反撃を与えるか、考えなくても動く身体が、今は硬直したように動かない。 自分を狙う剣が、照明を受けてキラリと光った。 「覚悟――!!」 「―――っっ!!」 |
この作品の山場はここです!(堂々と言う)(ドリームはどうした) あの円形の部屋で、全方向から弓矢で狙われピーンチな4人に、颯爽と援軍登場、な場面。 ですがちょっと待った(←二度目) この部屋、何処にも階段が無い。 原作で、バルコニーを見上げるアングルとバルコニーから4人を見下ろすアングル、両方描かれていますが、階段らしき物は全く描かれておりません(流石御大)。 なのでまたしても捏造設定第三弾。 壁が二重になっていて、その間に階段がらせん状に造られている。 ということで如何でせうか(誰に問うてる)。 |
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