医師看護師がメインにならない病院パラレル(爆)





 それからというもの、悟浄からは毎日のようにメールが入ってくる。
 あの日、お開きになった後、三蔵が真っ直ぐカー用品売り場へ行って車用の消臭剤を幾つも買い込んだ事。
 長安総合病院に禁煙外来があるかどうかと悟浄に聞いてきた事。
 果ては、長安総合病院への勤務を前向きに考えている様子だというから、彼の本気の度合いが判るというものだ。
 ただ、医療関係者の中でも、医師・看護師・薬剤師のような専門性の高い職種の者同士が、同じ病院でそういう意味のお付き合いをするというのは、かなりリスキーだと僕は思う。
 この病院でも、そういうカップル・夫婦はいたが、殆どは片方が転職するか、もしくは破局している。
 まあそもそも彼の場合、そのスタートラインにすら立っていないのだが。
 取り敢えず、老婆心(この場合、老爺心なのかな?)ながら一言メールを打っておく。

【宿直明けの低血圧な寝ぼけ顔や、看護師にイライラして当り散らすところを見たら、彼女、幻滅すると思うんですけど、どうでしょうね?】

 すると、面白いように素直な反応が返ってきて、結局のところ長安総合病院と左程離れていないからという理由で(その理由もどうかと思うけど)、彼は桃源総合病院への就職を決めたようだ。
 後は、彼の努力次第というところだろう。
 それにしても――

『――助手席に乗せたい人が別にいるような感じがしたので』

 思い出すと、また顔が火照りそうになる。
 言われた時、頭に浮かんだのは、職場の後輩。
 仕事は出来るのに、他人と面と向かっての会話が苦手なのか、患者はおろか職場の同僚と話す時でもほんの少し表情を強張らせている反面、電話を取る時はとても柔和な表情を見せるそのギャップに、少なからず驚いたものだ。
 派手なところがない、野の花のような素朴さは、護りたいと思わせる雰囲気があった。
 ただ、先の通り他者とのコミュニケーションが苦手ということは、こちらとしてもプライベートでの会話に持ち込むきっかけが見つからず、
 だから、ある日彼女が職場にかけた電話を取った時は、不謹慎にも頬が緩みそうになった。
 聞けば体調が良くないようで、元々そう大きくはない彼女の声が、かなり弱々しく聞こえる。

『熱は38度弱なんですが、頭痛と怠さが酷くて起き上がれず・・・』
「大丈夫ですか?薬はありますか?」
『常備薬があるのでそれは大丈夫です・・・』
「汗をかいた寝間着は早めに換えて下さいね。あとちゃんと水分を摂って・・・あぁ、医者の友人の受け売りですけど、汗をかいた時の水分補給は、単なる水や麦茶ではすぐ体液が薄くなって逆効果なんだそうで、出来ればスポーツドリンクか昆布茶、なければ最悪、塩か塩を含む食品を摂りながら水分を摂るようにして下さい。
 食事も出来れば摂った方が体力が戻りやすいと思いますけど、無理はしないで下さいね」
『解りました・・・』

 某赤い髪の友人が聞けば、『口煩いお袋かよ』と言われそうだが、やはり想い人が体調不良となると、心配せずにはいられない。
 電話を切り、午前の診療の業務を行っている間も、嫌な予感が頭を離れなかった。
 昼休みを利用して売店でジェルシートやスポーツドリンク、レトルトの粥など病人御用達アイテムを買い込むと、病院から程近い単身寮へと車を走らせる。
 車を使ったのは、ペットボトルのドリンクなどで荷物が重くなった事と、休憩時間を有効に使うためだったのだが、それが思わぬ功を奏することとなった。
 ドアの前に立ったものの、インターホンに反応せず、電話をかけてみるとやっと応答があり、
 その後ワンルームにしては随分と鍵が開くまでに時間が掛かったと思えば、

「ちょっ・・・!だ、大丈夫ですか!?」

 ドアの隙間からこちらへと倒れこんできた、完全に力の抜けた体。
 慌てて受け止めると、尋常でない熱が手に伝わってくる。
 そのくせ汗は何処にもかいていない――いや、違う。

「脱水症状・・・!」

 かく汗がなくなるほど、身体の中の水分が失われている、危険な状態。
 そう判断すると、すぐにその身体を抱え上げ、車に乗せて病院へと運んだ。
 職員用の地下駐車場に車を乗り入れると、出発前に電話連絡していたので、看護師がストレッチャーを用意して待ってくれていた。
 助手席のドアを開けると――

「ぅ・・・ん」
「あ、気が付きましたか?」
「え・・・あれ、先輩?えーと・・・?」

 要領を得ない言葉が、ほんの少し乾いた唇から洩れる。
 やっぱり、自宅のドアを開ける辺りから、意識が朦朧としていたようだ。

「貴女脱水症状を起こして倒れたんです。病院に着きましたから、もう大丈夫ですよ」
「・・・・・・え?」
「はーい貴方はどいて下さいねー、さーん、ここに乗り移りますよー」
「えぇええぇっ!?」

 桃源(うち)の名札を付けた看護師が自分に近付くのを見て、彼女の目が皿のように見開かれる。
 気持ちは、解らないでもない。
 病院職員にとって、正直一番救急で運ばれたくないのは、自分の勤務先だ。
 なので、ちょっと気まずくなった僕は、先に建物に入って医師に状況を説明することにする。

「せっ、せめて顔に布を掛けてもらえませんか!?」
「馬鹿言わないの。それじゃ御遺体じゃない。
 貴女生きてるんだから、バイタル取ったら点滴しながらじっくりお話しましょーね」
「うわ〜んっ」

 ・・・背後から聞こえてきた会話に、心の中で十字を切った。








 ちょっと心臓に悪い出来事だったけど、
 それがきっかけで、彼女―― と僕は、晴れてお付き合いすることとなった。

「それにしても、貴女でも嫉妬することがあるんですね」

 ショッピングモールで僕と計都さんの姿を見たことで、その後の色々を誤解したと聞いた時は、脱力しつつも頬が緩むのを禁じ得なかった。

「あっ、あれはっ、嫉妬というかそのっ」
「いいんですよ。嬉しいですから」
「・・・(///)・・・。そういえば、その計都さんと三蔵さんは、その後・・・?」
「今2週間ですから、あと4週間か8週間でしょうかね」
「・・・・・・はい?」

 禁煙の薬物治療は、最初が2週間、その後4週間ごとが基本だ。
 長安総合病院の禁煙外来は午後の診療なので、早い時間に病院へ行き、計都さんを昼食に誘うため、悟浄に口利きを頼んでいるらしい。

『あれは「頼む」って態度じゃねぇ、殆ど脅迫の域だっつーの』

 と言いつつも、多分精一杯仲介役を務めているだろう親友は、本当にいい人だと思う。

「あの人達が無事カップルになったら、貴女を紹介したいですから、ダブルデートでもしましょうか?」
「・・・計都さん、遠目に見ても凄く綺麗な人だったから、近くで比べられるとかなり恥ずかしいんですけど・・・」
「百合の花と菫の花は、華やかさは全然違いますが、どちらも綺麗でしょう?
 僕は貴女が良いんですから、自信を持って下さい」

 そう言って頬に口付けると、初々しい恋人は、真っ赤に頬を染めた。
 僕がどちらの花を好きかって?
 それはもちろん――・・・








―了―
あとがき

後半は、本編ほぼそのままの内容を八戒視点で書いたもの。なので、2人の会話等、既に書かれているところは同じ事を書いても意味がないので、限りなく省略しています。
『視点を変えた別バージョンを書きたいので、いつか形にしようと思う』とのたまって、早一年余り
発言は慎重にというのを今更ながら痛感した香月でした。
そして、ドリームの1つとしておきながら、名前変換が二箇所だけという。まあこれは半分わざとですが。
ちなみに、本編の八戒視点ということで、季節は真夏です。猛暑真っ只中です。そのつもりで宜しくです(笑)。



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