Celestial sound and spiritual melody







 「・・・で、上半期の宿泊施設の利用状況は?」
「こちらは7、8月が冬ですからね、流石にオリンピック開催時と同じレベルとはいきませんでしたが、長期休暇を取って利用する日本人は相変わらず多いですな」
「・・・暇な奴らだ・・・」
「ホテル内のパーティー会場の利用状況ですが、企業の慰労会や懇親会、歌手や音楽家のリサイタルといったところが主流のようで・・・」
「そうか・・・日本では結婚披露宴の割合が大半なんだがな・・・」
「ハハハ、まあそれはその国それぞれのスタイルというものでしょう。やはりこちらではホームパーティー式のウェディングが主流なものですからね――時に総帥はそういったご予定は?」
「・・・俺は今ビジネスの話をしている。まだ来年度の予算案の報告を聞いてないぞ」
「はぁ・・・」


 都内有数のビジネス・リゾートホテル、「アイビーホテル トウキョウ」。
 国内の北は札幌から南は那覇まで、更には香港・ハワイ・シドニーなど、主な観光都市の殆どを網羅する「アイビーグループ」の一つである。
 その最上階のレストランで、このホテルグループの会長(オーナー)であり、三蔵(みくら)財閥の若き総帥でもある三蔵(みくら) 玄奘(げんじょう)がオーストラリア支社長と対談していた。
 前総帥が急逝し、当時弱冠23歳の彼が総帥の座に就いたのが2年前。
 くちばしの黄色い青二才が、という周囲の反目を他所に、もって生まれた才能を発揮し、国内有数であるアイビーグループを、更にリッツやシェラトンと並び称される程にまで発展させた。
 とはいえ、一人の人間が出来ることには限度がある。
 知力・財力・判断力を兼ね備えた若きオーナーを支えるのは、秘書である八戒と、現場担当兼ボディーガードである悟空・悟浄。
 情報収集力・機動力・持久力が加わり、見事なまでの連携プレーを為している。
 とはいえ、通常の生活に於いてもそうであるかというと決してそのようなことはなく、むしろ――

「・・・・・・ですから、地上げや買収をしているわけじゃないんですから社員と話をしている時にその仏頂面はやめて下さいっていつも言ってるでしょう――聞いてます?」
「あーあ、あそこのレストラン、グルメ雑誌のランキング3位に挙げられるんだぜ?それなのに食事もしないで次の仕事なんて〜」
「ガキは気楽でいいねぇ。こっちは丸一週間も夜のお食事がお預け・・・」



 ゲシッ(×2)



「◇・¬・@・■・∃・∩・☆〜っっっ!!(←声にならない悲鳴)」

 顎に2人分の肘鉄を喰らい、うずくまる悟浄。

「だああああっっ!!何しやがる!」
「貴方が何処で誰と何をしようと勝手ですけどね、仕事中にそういった話は謹んで下さいって何度言えば解るんです?」
「テメェを雇ってるこっちの品格が疑われるってんだ」

 2対の冷たい視線に晒され、反論出来ない悟浄に、更に悟空の追い討ちがかかる

「さんぞーも不幸だよなー、こーんなエロ河童がボディーガードその2なんてさー」

 『三蔵(さんぞう)』とはオーナーの通称であり、彼をよく知る悟空・悟浄・八戒の3人は専らこの呼び方を使う。

「仕方ねーだろー。働かざる者食うべからずってな。生まれた時から三蔵家のおまんま食ってきたお前とは違うんだからよ」

 悟空は三蔵家の執事の孫息子であり、物心ついた頃から三蔵の雑用係、もとい下働きとして仕えてきた。
 生まれた時の容貌から、今でも三蔵から『サル』と呼ばれている。
 どう見ても中学生並みの顔立ちだが、実は今年大学を卒業した22歳であり、あらゆる格闘技において師範の位を持つ猛者である。
 悟空と共に三蔵のボディーガードをしている悟浄は、1浪1留の後今年大学を卒業した24歳。
 体育大学とはいえ学科も含めて必要な単位全てを取れたことは、N体大7不思議の1つに挙げられている。
 かつて(10歳になる前から!)裏家業に関わっていたこともあって、ありとあらゆる方面に顔が利くところを、現在の仕事に活かしている。

「・・・言ってることはまともなんですが、中身が伴わないことが唯一の欠点ですよね・・・」

 柔和な話しぶりでかなり酷い仕打ちをしてのける八戒は、悟浄と同じく24歳。
 悟浄とは中学、三蔵とは高校時代からの付き合いである――表向きは。
 その人好きのする笑顔からは想像も出来ないが、その卓越した情報操作能力により、幾つもの企業を倒産に追いやった過去を持つ。
 三蔵とは実際に出逢うよりも早くサイバースペースにおいて、悟浄とは裏組織との関わりによってその実力を認め合った仲なのだ。

「というよりこいつに欠点以外のものがあるのか?」

 見た目も性格もバラバラな3人の雇用主(悟空に関しては飼い主)である三蔵に、彼らを統率しようという気はさらさらない。
 それでも自分の周りに彼ら以外の人物を寄せ付けないのは、単に今更新しい人材を採用するのが面倒だからなのか、それとも・・・
 ともかく、主従共々叩けばボロボロ埃が出るという事実に変わりはなかった。
 そんな奇妙な集団が、エレベーターを降りてエントランスホールに差し掛かった時。

「・・・何だあれは・・・」

 一面のガラス張りの向こう、2、30人の男女が固まり、送迎係のボーイと何やらもめている様子である。
 ボーイに遮られながらも、その腕の隙間からガラス越しにロビーの中を撮影しようとしているのが、ここからでも見て取れた。

「芸能リポーターか何かでしょうか・・・迷惑ですね・・・」
「下らん・・・」
「他のお客さんも気にし始めてるけど、どうする?」
「どーもしねーよ。俺が手を出すことじゃねぇ」

 行くぞ、と従業員の苦労もそっちのけでロビーを横切る三蔵。
 不意に、その後を追う悟浄の足が止まった。

「――あれ、八百鼡ちゃん?」

 ロビーに集まっている14、5人の団体客、そのうちの1人の女性に話し掛ける。
 振り向いた女性は20代半ばだろうか、おっとりした雰囲気の美しい顔立ちをしている。

「あら、悟浄さん、お久し振りです」
「え、悟浄の知り合い?」
「悟浄、顔が広いですからね――特に女性は」
「あー、いや、兄貴の大学時代の後輩でさ、家にも何度か来てるんよ。
 ――で、確か八百鼡ちゃん、どっかのプロダクションに就職したんだったっけ?」
「ええ。今はあそこにいる人のマネージャーをしてるんです」

 そう言って、八百鼡は一人の女性を視線で示した。
 団体の長らしき人物の傍に立つ女性。
 ごくごく淡い水色のスーツがよく似合う、割と背の高いすらりとした体つき。
 濃い色の眼鏡を掛け、白い杖を突くところを見ると、盲目であるらしい。
 プラチナのように淡く輝く長い髪が印象的な女性である。

「――ってアレ、『Kate(ケイト)』じゃん!」
「・・・・・・」

 いち早く反応する悟浄の背後で、三蔵が身じろいだことに気付いた人物はいなかった。

「ご存知なんですね」
「おーよ。『白銀の天使』って呼ばれてる盲目の天才バイオリニスト。
 ギャラの殆どを障害者の団体とかに寄付してるんだって?」
「・・・・・・」
「はい。少しでも多くの人の役に立ちたいと言って・・・」
「奇特な方ですね・・・それにしても珍しい色の髪をしてますね・・・三蔵よりももっと色の薄いブロンドみたいですが・・・」
「照明のせいでそう見えるんですけど、本当は銀髪なんです。生まれつきなんですって」
「だから『白銀の天使』ってわけかぁ・・・それにしても素麺みてぇ・・・」
「・・・・・・」
「んで、ここに泊まるってことは、次の公演はアイビーホールなワケ?」

 アイビーグループは、ホテル産業の他にコンサートホールの経営も手掛けている。
 ホテルとホールを隣接させることで、ホテルの集客率をアップさせるもくろみなのだ。

「ええ。少し前にマスコミに取り上げられてからは、割と大掛かりなリサイタルも開けるようになって、今では社長はあの人に付きっ切りなんです」

 ということは、Kateの隣にいる男性はプロダクション社長ということになる。
 盲目のKateを気遣っているのか、やたらと彼女に話し掛けているのが、三蔵の目に入る。

 ――あのヒヒジジィが・・・

 そうでなくても剣呑な三蔵の目つきが、ますます険しくなる。
 そんな三蔵を他所に、悟浄達の会話はまだ続いていた。

「ってーことは、ガラスの向こうの連中はKate狙いだな?んじゃ、ちょっくら・・・」
「悟浄?」

 訝る八戒達の前で携帯電話を取り出した悟浄は、素早く何処かへとダイヤルした。

「・・・・・・あ、ナカさん?俺っス。・・・んにゃ、今回は別の話。
 いや、リポーターが何人か職場に来てましてね・・・そうそう、Kateの・・・それでちょっち拙い事になってるんスよ。
 ・・・そうっスか。や、お願いしまっス・・・んじゃ♪」



 ピ♪



「・・・悟浄・・・」
「こーゆーのは上からアプローチすんのが一番♪デショ?」
「・・・仕事中はマナーモードにするようにって言っておいた筈ですが?」
「八戒、話が微妙にズレてる・・・」

 どこか緊張感に欠けるやり取りを行っているうちに、

「お、反応アリ♪」

 1人、また1人とリポーターの携帯が鳴り始める。
 それを取ったリポーターは、なぜか次々と慌てふためいて退散してしまった。

「・・・何したんだよ、悟浄・・・?」
「んー、ナイショ♪」
「ゲッ、気色悪ィ」

 そんな会話を交わしながら、皆が外の光景に気を取られていた時。
 三蔵はしっかりと見てしまった。

「Kateちゃん、これが君と八百鼡君の部屋の鍵。830号室だからね」

 そう言いながら、鍵を受け取る手を必要以上に握る男の手。

「ぁ・・・はい・・・」

 掻き消えそうな小さな声に含まれる、嫌悪の響き。
 そして――僅かに顰められた、形の良い眉。

 ――面白くない――

 苦虫を噛み潰したような表情の三蔵に周囲の者達は気付いていないようである。

「いつもあんな風に追っかけられてるワケ?」
「以前はそれ程でもなかったんですけど、テレビで紹介されてから急に多くなって・・・注目度のバロメーターだって社長は喜んでいるんですけど、Kateさん本人はやっぱりお辛いようで・・・」
「あの人達も仕事でやってるんでしょうけど、相手の気持ちも少しは考えて欲しいですよね」
「よく言うぜ、7つの大手企業をぶっ潰したハッカーが・・・」
「何か言いましたか、悟浄?」
「あ?いや、その、そ、それより八百鼡ちゃん、Kateのコンサートチケット余ってない?」
「ええ、よかったら皆さん・・・」
「――お前は確か明後日から1週間、オーストラリア視察だったな?」

 八百鼡の声を遮ったのは、話に加わっているとも思われていなかった三蔵。

「あ?俺はそんなこと聞いちゃ・・・」
「そうだったな、八戒?」
「え?あ、はい。そういうわけで八百鼡さん、せっかくのところすいませんが・・・」
「八百鼡さん、八百鼡さん?」

 マネージャーが近くにいない事に気付いたのだろうか、Kateが不安げな声で八百鼡の名を呼ぶのが三蔵達の耳に入る。

「はーい、今行きまーす。・・・それじゃ、失礼します・・・」
「おー、元気でな」

 ヒラヒラと八百鼡に向かって手を振る悟浄を尻目に、

「行くぞ」

 不機嫌さ5割増(当社比)の声で、三蔵が歩き出す。

「「「・・・・・・?」」」

 彼が不機嫌であることは判っても、その理由が分からない3人は、ただただ顔を見合わせるばかりであった――








「――で、これが明後日行われるKateさんのリサイタルのプログラム、こっちは初めてマスコミで取り上げられた時のビデオテープ、そして・・・」
「・・・八戒・・・」
「はい、何でしょう?」
「何だこれは・・・」
「だからさっきから説明してるじゃないですか、これがリサイタルのプログラムで・・・」
「・・・・・・・・・・・・」

 今日一日の仕事が終わり、本社の会長室に戻って来た三蔵。
 そこへ、いつの間に何処から入手したのか、秘書の八戒が様々な品物を手に入って来ると、いそいそと机の上に並べ始めたのだ。
 ずらりと並ぶ品物について延々説明を続ける八戒に、深々とため息をつく三蔵。
 この一見温厚そうな青年が、その実とてつもなく腹黒い一面を持つことは、十二分に承知している。
 というより、実際に初めて言葉を交わした(メールなのでこの言い方は正確ではないが)時、これが幾つもの企業のコンピューターに潜り込んで、極秘データを盗んだハッカーかと正直驚いたものなのだが。
 ――ともかく、今回もまた腹に一物抱えている事だけは、人の心理に疎い三蔵にも判った。
 そして、その対処方法が一つしかない事も――

「・・・何が知りたい・・・」

 ひとしきり八戒が説明を終えた頃を見計らって、苦々しく切り出す。

「話が早くて助かります♪」
「言っとくが、今更言わなきゃならん事なんてねぇぞ」
「そりゃあ僕だって他人様のプライベートに首を突っ込もうなんてはしたない事はしたくありませんけど、未来の会長婦人についてデータを集めるのは、会長秘書である僕の仕事でしょう?」



 ごほげほがはっ(←タバコにむせた音)



「ケホッ‥・ケホッ・・・話が飛躍しすぎだ!!」
「あぁ、ならKateさんに一目惚れした事は認めていただけるんですね?」

 う゛(汗)

 八戒の言葉に、自分が誘導尋問に引っかかった事を悟った三蔵。
 如何な三蔵とて、口で八戒に勝つ事は不可能なのである。

「大体、視察の話の時点で変だとは思ったんです。僕に同調までさせて。
 それで僕なりに考えさせていただいたんですけど?」
「・・・今更、んなガキみてぇなことするかよ・・・」
「そうですか?」
「当然だ。もう用は済んだだろう、出て行け」

 済んだも何も事実は何一つ明らかになっていないのだが、これ以上の詮索は無駄と悟った八戒は、大人しく退散することにした。

「判りました。とりあえず資料には目を通しておいて下さいね。あぁ、それと・・・」
「・・・何だ」
「これ、今日中にKateさんに渡しておいて下さい。明日が会場下見だそうですから」

 そう言って手渡したのは、TOKYOアイビーホールの視覚障害者用点字案内プレート。
 ホテル、ホール共にバリアフリーの充実を目指しているアイビーグループは、身体に障害を持つ者でも施設を利用出来るよう、様々な工夫を凝らしている。
 その一つが、このプレートである。
 三蔵の返事も待たず、プレートを押し付けた八戒は足早に部屋を出てしまった。

「・・・・・・」

 これも魂胆の内か、と眉根を寄せる。
 しかし、その心情は決して不快なものではなく。
 プレートを手の中で遊ばせながら、三蔵は意識を過去へと飛ばした――







そして此処でもやはり黒い八戒氏(笑)。







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