2人はクワドラブルを跳んで優勝するんです(笑)





 リンクに沿って歩いていく花喃を、三蔵と八戒が付いて行く。
 リンクの上を滑って行く方が早いように思われるが、今いるのは一般向けの区域なので、明らかに滑りなれていない初心者や子供、滑るのが目的かも怪しいカップルがひしめいている。
 変なトラブルに巻き込まれるリスクを避けるなら、外側を歩く方が利口といえた。
 最初にいた位置からほぼリンク1/4周分歩いた場所に来たところで、花喃はその歩を止める。
 一般向けゾーンとは、聞こえてくる音も感じる空気も異なるその区域――フィギュア選手の練習用に区切られた専用ゾーンだ。

「コーチ」
「ん?まだ交代の時間じゃねぇぞ?」

 花喃の呼び掛けに応えたのは、ウェーブのかかった黒髪と艶やかなルージュが印象的な女性。
 年齢の窺えないその顔立ちは、そこらの女優など足元にも及ばない美しさだ。
 ――が。

「おう江流、久し振りじゃねぇか。未だに情緒のねぇ踊りで光明を泣かせてんのか?」

 その魅惑的な唇から洩れるのは、耳を疑いたくなるような乱暴な言葉。
 彼女――名を世羅 観音(かのん)という――は、かつてオリンピックにも出場したスケーターであり、現在はコーチとして世界に通用する若手選手を育成・排出している人物だ。
 八戒達も、スケートを始めた頃から彼女に師事している。
 現役時代は光明氏と同じダンススタジオの同期生だった経緯から、三蔵の事も幼少時からよく知っており、時々こうやって三蔵をからかったりするのだった。
 ちなみに彼女を含め、光明氏と同世代の人々が主に『江流』の呼び名を使うようだ。

「貴様の口から出るなんざ、情緒という単語も哀れだぜ」
「俺様を何だと思ってる?『銀板の女王』のあだ名は伊達じゃねぇぞ」

 ――『女王』というよりは『女王サマ』という方が正しいんじゃねぇか、と言えば色々な形で報復が返ってくるので、三蔵は大人しく口を噤む。

「んで?何か用か?」
「コーチ、あの()のパートナーを探していたでしょう?三蔵はどうかしら?
 三蔵、小父様からバレリーナとしての素質を見限られそうになってるし、フィギュアに転向するなら丁度いいんじゃないかと思って」
「おい俺は・・・!」
「言ったでしょう?氷の上なら突飛な動きはしにくいから、優雅な動作を身に付けるにはうってつけだし、後は情感が伴えば質の高い演技が出来るわ」
「成ァる程、あいつとねぇ・・・フム・・・確かに、ひょっとすると大化けするかも知れんな」
「人の話を聞け!」

 三蔵の抗議にも聞く耳を持たない女性2人に、話にならないと立ち去りかけるが、

「まあまあ、貴方にとっても悪くない話かも知れませんよ?」
「どう見てもあいつら、俺をダシにして面白がってるだけだろうが!つーか放せ!」
「まあまあまあまあ」

 のほほんとした台詞とは裏腹にしっかりと掴まれた腕は、振り解こうにも離れない。
 どうやら八戒までも、女性陣の側に立つつもりらしい。
 孤立無援な状況に、怒りに任せて声を上げようとした時、

「おい計都!ちょっとこっち来い!」
「・・・?」

 観音が、耳慣れない名を挙げて呼び寄せたかと思うと、

「何でしょう、コーチ?」

 ジャッという独特の氷を削る音と共に、観音の前に立ったのは、

「・・・・・・!!」

 染めたのではあり得ない、光を弾く銀の髪。
 吸い込まれそうな、晴れた夜空のような(あお)い目。
 日に焼けたことがないというくらい白く滑らかな肌は、先程までトレーニングをしていたためだろう、頬だけがほんのりと紅い。
 全てが精巧に出来た芸術品のような美しさを持つ少女に、知らず、三蔵は眼を奪われていた。
 その横で、八戒と花喃がしてやったりという顔を見合わせていることにも気付いていない。

「コイツは(ろう) 計都(けいと)ってな。俺の秘蔵っ子なんだが、シングルでやっていくには、今一つのし上がろうという気迫に欠けている。元々良い所のお嬢なもんだから、他人より目立とうというオーラが薄いんだな。
 素質はあるからジュニアでは入賞を重ねているが、今後シニアデビューするとなると、海千山千の女達を相手にしなきゃならん、そこまでの闘争心がなくて、こっちも悩んでいたところだ。
 だが、シングルではなくペアなら、相手如何によっては思わぬ効果が期待出来るやも知れん。それで練習の傍ら、ペアを組むことが出来そうな相手を探していたんだが・・・」
「・・・俺が承諾しなけりゃ、どうなる?」
「別に。この世界にゃ才能のある奴なんざ山ほどいる。その中から条件の合いそうな奴を引き抜くだけだ。シングルと違い国内のペアは層が薄い事で有名だ、ペアならではの厳しさもあるが、旨くすりゃシングルでは表彰台に立てない奴でも、世界の舞台に立つことは可能だからな、話に飛びつく奴もいるだろうよ」
「・・・・・・んなことさせるか。
 受けてやろうじゃねぇか、その話」








「――あれから、10年になるのか」
「バレエ界からとシングルからそれぞれ転向した異色のペアだったからな、デビュー当時マスコミにやたら付きまとわれたし、やっぱり親父の名前も挙げられた。
 『あの「世界のミクラ」こと三蔵 光明氏の長男、三蔵 玄奘選手とあの「現代のミッシェル・クワン」こと朧 計都選手』って、明らかに『あの』で強調されてる部分が違うだろうがって内心腹立たしかったもんだ」
「まあ初戦は八戒達に大差をつけられたからな、そうなりゃ、マスコミが実力よりネームバリューや見た目に飛び付くのは仕方ねぇだろ」
「下んねぇ」

 ケッと吐き捨てる三蔵だが、その御伽噺から抜け出たような美男美女の組み合わせに、ジュニア公式戦初参戦の時から、一躍注目の的となったものである。
 今では毎年のように写真集が出版されるくらいなのだから、フィギュア界に及ぼした影響は小さくはない。
 そして今日、恐らくは全世界が、この2人に注目するだろう。
 2人を引き合わせ、世に送り出した観音は、らしくもなく感慨深げに三蔵と計都を見やった。

【Genjo Mikura and Kate Rou ――Japan !】

 かつてオリンピックの会場にもなったアリーナの場内に、アナウンスが響き渡る。

「――行って来い」
「ああ」「はい」

 紫水晶(アメシスト)鋼玉(サファイア)が、一瞬こちらを向き、そして次に互いを見つめた。
 銀板に立つ際も、先に降りた三蔵が、計都の手を取って支えている。
 その、姫君をエスコートするような所作も、2人がペアを組んでからずっと続いている光景だ。

「あれだけしていて、気付かないのが計都だけってのが、笑えるよな」

 紅を差した艶やかな唇から出た呟きは、場内の歓声でかき消された――








 フリーを滑り終え、三蔵は四方に挨拶を送りながら、上がる呼吸を必死で抑えていた。
 ペアスケートは、ダイナミックなリフト(女性の体を持ち上げる)やスロージャンプ(女性の体を前方へ投げてジャンプのアシストをする)が見どころだが、当然男性側の肉体的負担はかなりのものだ――そう父光明氏に零したところ、『海外公演で自分と変わらない背丈・体重の欧米人女性を持ち上げなければならない私よりは遥かにマシです』ときっぱり言われたが。
 まあそれに関しては女性側も悩むべき点で、ペアを組んだ当時14歳だった計都はその後も身長が伸びていったので、一時期ペアを続けるか随分悩んでいたと周囲から聞いたことがある。
 それでも自分は、ペアを解散しようとは考えなかった。
 それもこれも――

「――計都」

 周囲に向かって手を振る計都の正面に立つ。

「玄奘様?」

 生まれ育ちの為せる業だろう、知り合った頃から変わることのない呼び名で、小首を傾げる計都。
 ほんの僅か、苦笑しながら、襟元のボタンを1つ外し、首に掛けていた物を引っ張り出す。
 シンプルなチェーンに通された――プラチナリング。
 それを右手に握り込み、その場にひざまずくと、計都の両の手をそっと取った。
 いつしか、会場内はシンと静まり返っている。

「愛している、計都」
「え・・・」
「これからは、氷の上でだけでなく、人生のパートナーになってもらえないか」

 (あお)い目が、これ以上ないくらい見開かれる。
 これだけ長い年月ペアを組み続けていながら、やはり気付かなかったと見える。
 10年前のあの日、目の前に立った氷の妖精のような姿に、自分は一目惚れをした。
 そして、ぶら下げられた餌に跳び付くような形で、ペアを組むことを承諾したのだ。
 かなり不純な動機での転向だったが、それにより演技に情感が伴うようになったのだから、あの小憎たらしい姉弟及び傲岸不遜の権化のようなコーチの見立ては間違っていなかった――とは口が裂けても言わないが。
 節目となる今日を迎えるにあたり、父と計都の両親に了承を得、更には競技会運営側にも若干の時間をもらえるよう話を付けている。
 が、流石に長い時間は割けられないし、視線が自分に痛いくらいに突き刺さるのも辛い。

「・・・皆が見ている。どっちにしてもこっ恥ずかしいから、返事は早い方がいいんだが」

 というか、この後色々な方面から突かれるのは必至だ。
 それでも、自分にしてはあり得ないくらい辛抱強く待ち続けていると、

「・・・私で宜しければ、喜んで」

 蚊の鳴くような声だったが、返された了承の意に、口の端を上げる。
 リングを白魚のような薬指に通し、そこに口付けた瞬間、場内が拍手と歓声に包まれた。
 後に、『氷上のプロポーズ』と評され、フィギュアスケート界の伝説となった出来事――








―了―
あとがき

混合パロのもう一つ、『氷上のプロポーズ』。フィギュアファンならずとも、一時期某保険会社のCMで取り上げられていたので、ご存知の方は多いのではないでしょうか?
肝心のスケートそのものについては・・・すみません、やはり門外漢なので(特にペアは)、実際に現場でどのような会話がなされるのか判らず、サクッと誤魔化してしまいました(-_-;)。大体フィギュアを題材にした漫画って絶対恋愛要素入りますから、読んだことないんですよ(恋愛小説・漫画苦手)。
それでよく二次創作するよなというツッコミはまあご尤もで(汗)・・・精進します。



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