Cinderella







 とある国の公爵家に、計都という娘がおりました。
 月光を紡いだような銀糸の髪と、鋼玉のような瞳をもつ、それはそれは美しい少女でした。
 優しい両親に愛され、永遠に続くと思われた幸せな日々は、しかし突然終わりを迎えました。
 母君が病に倒れ、幾月日も経たないうちにあっけなくこの世を去ったのです。
 父君である公爵は、愛しい妻を亡くして失意に打ちひしがれたものの、社交界に出る前の娘が片親では何かと良くないと思い、再婚を決意しました。
 相手はとある貴族の未亡人で、計都よりも年上の娘が2人います。
 一人っ子だった計都に姉までできると、公爵はたいそう喜んだのです。
 しかし、再婚相手の女性は、連れ子である自分の娘2人よりも継子となる計都の方が遥かに美しく気立てが良いのを逆恨みし、夫が公務で家を留守にしがちなのを良いことに、計都にボロの服を着せ、小間使い代わりにしてしまいました。
 2人の義姉も、当然母親に倣って計都に辛く当たります。
 日中は掃除洗濯繕い物と家事に追われ、夜は部屋として宛がわれた階段下の物置(え?)で涙に暮れる。
 そんな日々が続きました。








 ある日のことです。
 この国の王宮で、王室主催のダンスパーティーが開かれることになりました。
 招待状を見た公爵夫人は、目を光らせます。
 それもその筈、この国の王室には今年19になる王子がいるのです。
 パーティーの目的は、成人を来年に控えた次期国王である王子の花嫁選びに他なりません。

「娘達や、うんと着飾って王子様のお目に留まるようにするんだよ。
 ほら計都、ぐずぐずしないで早くお義姉さんのドレスやアクセサリーの仕度をなさい!」

 実の娘に対するそれとは明らかに異なる口調で、公爵夫人は計都に言いつけます。

「はい、お義母様」

 素直に頷き、義姉の着付けを手伝いながらも、計都はそっとため息をつきます。
 それもその筈です。
 計都は15歳。本来ならこの春に社交界デビューする予定だったのですから。
 しかし、この家の主導権を握っている公爵夫人が、それを許してはくれないのです。
 勿論、病気その他の理由からお披露目を1年遅らせることはないことではないのですが、公爵夫人が来年になって態度を改めるということはあり得ないでしょう。
 公爵夫人は、計都を一生召使いとしてこき使うつもりなのです。

「じゃあ計都、しっかり留守番おし」

 最上のドレスをまとい、ジャラジャラと宝石を身に着けた公爵夫人とその2人の娘達は、馬車に乗って王宮へと出発しました。
 馬車の音が聞こえなくなるまで頭を下げ、よく躾けられた召使い然とした態度を示していた計都でしたが、やがて上げた顔には――どうでしょう、それまでの打ちひしがれた哀しさはどこにも見当たらないではありませんか。
 そして屋敷へ入るや否や、自分の部屋である階段下の物置(・・・)に駆け込み、一冊の本を持って出て来たのです。
 本の正体は、いわゆる魔道書。
 長い歴史の中に葬られていった秘術が、その中にはぎっしり詰まっています。
 計都がそれを見付けたのはほんの幼い頃。
 優れた頭脳の持ち主である計都はそれを何年もかけて解読し、更にはその術を使いこなせるまでになっていました。
 魔道書を片手に次に計都が向かったのは、最上階の突き当たりの部屋。
 鍵を開き、頑丈な扉を開けると、そこには幾つもの衣装ケースが積み上げられています。
 ここは、今は亡き公爵前夫人、つまり計都の母君の私物がしまわれた部屋なのです。
 その中からドレスとアクセサリー類を取り出すと、計都は魔道書のページを繰り始めました。

「1人で着付けは無理ですものね――皆は巻き込めませんし」

 そう呟くと、これまた母君の所有であった姿見に向かって呪文を唱えました。




 すると、姿身の面が水面のようにさざめいたかと思うと、映し出された計都の鏡像がひとりでに動き出し、鏡の中から歩み出て来たのです。

『我が意は我に御霊を分け与えし者の御心のまま。どうぞ、ご命令を・・・』
「私の代わりにこの家の留守を預かってもらえて?」
『仰せのままに』
「それと、私の出かける仕度を手伝って」
『御意』

 こうして己の鏡像の手を借り、計都は亡き母君のドレスに手を通したのでした。
 青と紫を基調にしたドレスやアクセサリーは計都の瞳と髪に良く映え、まるで水の精霊が佇んでいるようです。
 仕度を終えた計都はこれまた魔法で変化させたカボチャの馬車で、王宮へと向かいました。
 変化の術の効果はその日の真夜中の12時まで。
 太陽と月がもたらす周期の区切り目は、簡単な術なら打ち消してしまう力があるのです。
 元のカボチャに戻ってしまうと、もう二度と術を掛けることは出来なくなります。
 つまり、城からの帰宅が難しくなってしまうのです。

「社交界のパーティーがどんなものなのか見てみたいだけですもの、そんなに遅くなる筈ありませんわ」

 そう、言い訳じみた呟きを洩らす計都でした――








「まぁ・・・」

 宮殿の中に入ると、思わず計都はため息を洩らしました。
 フレスコ画の描かれた高い天井。
 大理石に繊細な彫刻の施された壁や柱。
 公爵家である計都の屋敷も贅を尽くしたものですが、目の前のそれとは比べ物になりません。
 うっとりと辺りを眺めていた計都ですが、ふと目の前が翳ったのを感じ、視線を前方に向けました。
 そこには紅い髪と同色の瞳を持つ青年が、カクテルグラスを片手にニヒルな笑みを浮かべています。

「お嬢さん、俺と一曲、どう?」

 その迫り来るような物言いに、計都は思わず一歩引きます。
 断りたいのは山々なのですが、何せこのような場での経験が無いため、何と言えば良いのかも判りません。

「あ、あの・・・」

 困ったように口ごもる計都に、その気が無いことを悟ったのか、

「先約ありってワケね。そいつに飽きたらいつでもOKよ♪」

 そう言ってウインク一つ送ると、別の女性に声を掛けるのでした。
 ほっとしながらも周囲を見渡すと、先程の青年と同様幾人もの男性が女性にダンスを申し込むのが目に入ります。

「・・・・・・」

 今更ながら自分が場違いな所へ来てしまったと感じた計都は、ふぅ、と先程とは違うため息を一つつき、テラスへと出て行きました。
 確かに貴族の子女が社交界へ出るということは、大人としての他人との付き合いが要求されるのだということは頭では解っていたのですが――
 喧騒から逃れるようにテラスから庭へと出ると、計都は月明かりを頼りに散策を始めました。
 敷地の門から宮殿までの、森をそのまま移したような庭園とは違い、宮殿周りは花壇や植え込みなどが配置され、それ自体一つの芸術作品のようです。
 大きな噴水を囲むように取り付けられたベンチで小休止していると、大広間から音楽が聞こえてきました。
 ダンスパーティーが始まったのでしょう。

「・・・帰りましょう・・・」

 ポツリと呟いて立ち上がり、馬車のある場所へと歩き始めたその時。

「待て」

 不意に掛けられた声に、計都は一瞬心臓が止まったかと思いました。
 振り返れば、植え込みで死角になっていたのか、左程遠くない距離に立つ若者が、険しい目で計都を見つめています。
 年の頃は二十台前半でしょうか、月光を浴びて煌く金糸の髪が一際目を引く青年です。
 ですが、いきなり切り付けるような命令口調で呼び止められた計都は、それどころではありません。
 パーティーを抜け出す無礼を咎められるのかと思い、どう言い訳すればいいのかということで頭が一杯で、若者の容姿を気にする余裕など無かったのです。
 ・・・忘却術はもっと近付く必要がありますし・・・(←待て)
 何気に剣呑な事を考えている間に、若者はものの数歩で計都との距離を縮め、

「一曲、踊ってもらえないだろうか」

 計都の手を軽く取りそれに口付ける仕草と共に、そう言ったのでした。

「・・・・・・ぁ・・・・・・」

 間近で見える若者の瞳は、紫水晶(アメジスト)のような紫暗。
 この国でも希な色合いのそれに、真摯に見つめられて、

「・・・嫌か?」

 低めのテノールで尋ねられれば、嫌と言える筈もありません。

「・・・私で宜しければ、喜んで・・・」

 珊瑚の唇がその言葉を紡いだ瞬間、計都の視界が動き出しました。
 最初のステップこそ出遅れたものの、すぐにテンポを掴んだ計都は、レッスンではない初めてのダンスに時を忘れて楽しんだのでした――







魔法使いに頼らず自力でお城に来ちゃうシンデレラ(爆)。
ええ当初は無難(?)に観世音菩薩様に魔法使い役をと思っていたのですが、魔法・魔術となるとうちの子はがぜんやる気になってしまったようで。
こっそり、王子の実年齢と見た目に差をつけています(笑)。







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