Cinderella





 踊って、一休みして、また踊って。
 周囲に誰もいない中庭で、それは十三夜の月が中天に差し掛かる頃まで続きました。
 魔法の解ける時間はあと僅か。
 ふと視界に入った月の高度からタイムリミットが近い事を知った計都は、急に足を止め、若者に握られていた手を振り解いたのです。

「!?・・・一体・・・」
「・・・ご無礼を、お許し下さい。もう・・・もう、帰らなくては・・・」

 その言葉に、急に若者の目つきが険しくなりました。
 踵を返して走り去ろうとする計都の手首を、一瞬早く捕らえます。

「!っ・・・お願いです、離して――」
「何処へだ?」
「ぇ・・・」
「月か?湖か?俺の眼にはお前が人ならぬ者に映る――月の女神(アルテミス)水の精霊(ウンディーネ)のように、だ。
 今別れたら・・・二度と逢えないのではないのか?」
「・・・そのようなものでは・・・ですが・・・」
「後の言葉は否定しないんだな」
「・・・・・・」

 若者の言葉に、計都はいたたまれずに眼を伏せます。
 魔法が解ければ、再びあの家で義母や義姉にこき使われる毎日が始まるのです。
 目の前の若者がどのような地位の持ち主かは判りませんが、普段の自分の扱われ方を考えると、再び逢うこともないでしょう。

「今宵は、楽しゅうございました・・・全ては、夢の中の出来事と思し召し下さいませ・・・」

 それは、計都自身に言い聞かせる言葉でもありました。
 夢から覚めれば、待っているのは辛い現実なのですから――

「・・・・・・」

 そうこうしているうちに、問題の時間は刻々と迫ってきます。
 掴まれた手を再び振り解こうと力を入れた瞬間、

「――きゃぁっ!?」

 逆に力を込めて引き寄せられ、計都の身体は若者の懐の中へと飛び込む形をとったのです。
 自分の身に何が起こったのか、理解するよりも早く、

「―――っっ!!!」

 珊瑚のような唇に降りてきた、暖かく柔らかな感触。
 流石にそれが何か判らない程、計都は子供ではありません。
 ただ、どう振舞えばいいのか分からないのと、得体の知れない恐怖とで頭は混乱し、身体は竦み小刻みに震えだして。
 気が付けば無我夢中で若者を突き飛ばし、駆け出していました。
 どうやってカボチャの馬車に乗り込み、どれだけの速度で走らせていたのか、全く憶えていません。
 馬車が屋敷の玄関に辿り着いたと同時に教会の塔から響き渡る12時の鐘の音。
 ドレスが汚れるのも構わずポーチに崩れ落ちる計都の背後で、馬車は元のカボチャへと戻ってしまいました。
 見上げれば、冴え渡った夜空に浮かぶ十三夜の月。
 あの時見たものと同じ月なのに、心はあの時とは全く違う事で一杯で。

「もう・・・二度と、会えない・・・」

 サロンに出たことのない世間知らずの自分を、真の淑女(レディ)として見てくれた若者。
 お世辞にも眼つきがいいとは言えないけれど、それでも真摯に自分を見つめる紫水晶(アメジスト)

「あ・・・・・・」

 月がぼやけたことで、計都は自分が涙を流している事に気付きました。
 一旦溢れ出た涙は、留まることを知らず、

「う・・・・・・うっ、うぅ・・・、・・・っ」

 ポーチの階段に顔を伏せ、涙が枯れるまで泣き続けるのでした――








「・・・・・・ということで・・・・・・ていた・・・は・・・・・・になりますので・・・・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・それで宜しいでしょうか、殿下」
「・・・・・・」
「・・・・・・殿下?」
「・・・・・・」
「――三蔵」

 敬称ではなく名で呼ばれた違和感にやっと己の置かれた状況を思い出し、『三蔵』と呼ばれた人物は顔を上げました。

「・・・いきなり何だ、八戒・・・」

 公の場ではないにせよ、執務中に雇用主を名で呼んだ事を咎めるように、自分の第一秘書を務める碧眼の青年をひと睨みしても、

「いきなりじゃありませんよ。貴方先程からずーっと心ここに有らずという感じで、さっき僕が言った内容も右から左へ聞き流してしまっているんじゃないですか?」

 鋭い視線をものともせず、呆れたと言わんばかりに返します。
 王室秘書官の一員である以前に皇太子の幼い頃からの学友でもある八戒は、人付き合いを極端に嫌う皇太子に意見出来る数少ない1人なのです。

「・・・・・・チッ・・・」

 八戒の言う事は間違ってはいないので、何も言えずに舌打つ三蔵。

「まったく・・・他の大臣がいる会議中でなくてホント良かったですよ」
「馬鹿か、ジジィ共の前で他の考え事なんか出来るかってんだ」
「それは僕に対して気を許しているという意味なのか、軽んじられているという意味なのか、どっちなんでしょうね?」
「・・・・・・」

 その湖水の瞳同様深く底の知れない笑みを浮かべる友人兼秘書の言葉に、三蔵は一気に脱力してしまいました。
 世界広しと言えど、自分を脱力させることの出来る人間は、父王とこの秘書だけでしょう。

「――で、お相手はどなたなんです?」
「・・・・・・何の話だ」
「決まってるじゃありませんか。極度の女性不信でいらっしゃる我が国の皇太子殿下のハートを射止めた女性の事ですよ♪」
「!!っ・・・」
「察するに先日のダンスパーティーに招待された淑女(レディ)ではありませんか?それからの貴方の態度といったらもう、『恋をしています』って言わんばかりで・・・」
「な・・・・・・!」

 自分はそんなにだらしない顔をしていたのか、と慌てて書棚のガラス戸に映る己の顔を見る三蔵に、八戒は苦笑を抑えきれない様子です。

「でも変ですよね。貴方はあの夜パーティー会場にはいらっしゃらなかったんですから、招待客と顔を合わせることもない筈じゃありませんか?」

 八戒の含むような物言いに、再び紫暗の瞳が眇められました。

「おい・・・」
「大丈夫ですよ。『3人』で口裏を合わせていたので、貴方がパーティー会場を抜け出していた事は誰にもバレていません。
 あぁ、国王陛下は別としてですけど」

 げ、と。
 王子の口から、気品ある顔立ちとは程遠いうめき声が小さく洩れました。
 自分にそのつもりはなくても、結果的に父王を騙し、その好意を無にすることになったのは事実なのです。
 敬愛する父王を悲しませるのは本意ではありません。
 それを察したのか、八戒は安心させるように表情を和らげました。

「心配には及ばないでしょう。『あの子の為に催したんですけどねぇ』とは仰っておられましたが、ご立腹の様子はございませんでしたよ」
「そうか・・・」
「それはそうと皇太子殿下、先程私めが申し上げた質問にはまだお答えをいただいていないのですが」

 わざとらしく家臣然とした態度を取り直して話の方向を修正する八戒に、三蔵はしばらく思案した後、マホガニーの机の小引き出しから白いハンカチに包まれた何かを取り出しました。

「・・・それは?」
「・・・水の精霊(ウンディーネ)の、置き土産だ」
「・・・・・・・・・はぁ?」







『国王陛下』は勿論アノ人です(笑)。
それにしてもうちの三蔵様、パラレルだと気障な台詞もポコポコ出て来るようですね(汗)。
しかも手も早・・・ゴホゴホ。







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