Cinderella





 数日後のことです。
 王室から、次のようなお触れが回りました。

『先日のダンスパーティーで王子と踊った淑女(レディ)を王子の妃とする。
 使いの者が各家を訪問するので、該当する者は王子と踊った証を差し出すこと』

「――だそうだけど、お前達、王子様と踊ることは出来たのかい?」

 公爵夫人が、娘2人に聞きます。
 継娘である計都に対して質問することはありません。
 それもその筈、パーティーの夜、計都は留守番だったのですから。
 母親の質問に、上の娘が不満そうに溢しました。

「それがお母様、私達王子様のお顔ってこれまで見たことがないの。
 一応、踊った紳士の顔は憶えているつもりなんだけど・・・」
「サロンでも有名よ。皇太子殿下は極度の人嫌いで、特に女性と話をするのは皆無だって」
「外交の際も、必要な議会しか出席されず、パーティーは全て断られるらしいわ。
 だから王子様のお顔をご存知なのは、ごく一部の限られた人だけですってよ」
「あぁ、でもお顔立ちは凛々しく、特に瞳は宝石のように美しいって専らの噂よ」

 2人の娘は口々に王子の噂を言い合います。

「あの人なら公務の際にお目に掛かったこともあるんでしょうけど、まだ当分お帰りにはならないそうだしね・・・
 大事な娘が皇太子妃になれるチャンスだってのに、これだから男親は・・・」

 頼みの綱であるこの家の主は、仕事に明け暮れてこのところ滅多に屋敷に戻りません。
 自分達の生活の為に働いてもらっている事を棚に上げ、公爵婦人は不平たらたらです。

「王宮からの使いがここまで来るのにはしばらくかかりそうだし・・・そうだわ、計都!」
「はい、お義母様」
「お前、出入りの業者に城内の噂をお聞き。王子様の特徴とか、踊った証が何なのかとか、どんな些細な事でも漏らすんじゃないよ」
「はい、お義母様」

 恭しく返事をしながらも、計都の心の中は冷めきっていました。
 顔を知りもしないのに、あわよくば皇太子妃の座を射止めようとする義姉達。
 確かに、公爵家の娘ともなれば、王族との婚姻も出来ない事ではないでしょう。
 ですが、それが本当に幸せなことなのでしょうか。

「結婚・・・・・・」

 計都を産んだ母君と、父君である公爵は、家同士の付き合いがあり、社交界に入る以前から結婚を誓い合った仲だと聞いたことがあります。
 しかし、箱入りで育てられた計都には、そのような殿方の友人などいる筈もありません。
 知っている紳士といえば、只一人――

「・・・・・・(///)・・・」
「計都様」
「きゃっ!?」

 彼の青年を思い出し、ポッと頬を赤らめているところに名を呼ばれ、あられもない声を上げる計都。
 振り向いた視線の先にいたのは、公爵家の使用人の中で最も年若い召使いで、名を八百鼡といいました。
 計都をこき使う継母達に真っ向から意見することは流石に出来なくても、この屋敷に仕えている者は皆、計都を陰で支えてくれます。
 特に、奉公を始めた頃から計都にとって姉のような存在である八百鼡は、計都の幸せのためなら手段を選びません。

「先程、王室にも出入りのある肉屋が来ておりましたので、宮廷での噂を聞いておきました」

 計都が給仕をしていた際に言いつけられていた事を、代わりに聞いてくれたのでした。

「あの方々からどんな扱いを受けようと、計都様はこの公爵家の姫君でいらっしゃいます。
 下々の者と直接話をすることは、私共にお任せ下さい」
「八百鼡さん・・・有り難う・・・」
「いいえ、私共には、これくらいのことしかできませんから・・・」

 そして、自分の聞いた宮廷内の噂を計都に耳打ちしました。

「・・・・・・・・・それ、本当なの?」








 王室からのお触れが出回って更に十余日後――

「お前達、来たわ!先触れよ!」

 屋敷中に響き渡る声で、公爵夫人が叫びます。
 その手に握り締められているのは、王室の紋章の入った便箋。
 どうやら、王宮から派遣される一行が、この屋敷に来る日程が決まったようです。

「本当、お母様?」
「ねぇ、いついらっしゃるの?」
「慌てるんじゃないよ。使いの方々は明後日にいらっしゃるそうだわ。お前達、抜かりのないように仕度をなさい。
 計都、お前はこの屋敷を隅から隅まで徹底的に掃除なさい。塵一つ残さないよう念入りに磨き上げるんだよ」
「・・・はい、お義母様」
「あらお母様、この手紙、お父様からじゃありません?」
「何だって?」

 妹娘の言葉に、公爵夫人は眉を上げます。
 娘から差し出された封筒には、確かに公爵家の紋章を捺した封蝋が見られます。

「これから賓客をお迎えしなきゃいけないというのに、一体何なの?」

 そうは言っても、この家の主からの手紙を無視する事は許されません。
 ペーパーナイフで封筒の上部を切り離し、便箋を取り出します。
 文字を追っていた眼が、やがてある一点を見据え、その表情は見る見る強張っていきます。

「どうなさったの、お母様?」

 姉娘が尋ねると、苦虫を噛み潰したような顔で、公爵夫人は言いました。

「明後日・・・旦那様がお帰りになられるわ」
「お父様が?」
「明後日って・・・」
「王宮からの使いがいらっしゃるのと、同じ日だわ・・・」

 娘達の言葉に呟くように返しながら、歯軋りせんばかりの表情で、公爵夫人は横目で計都を睨み付けます。
 常日頃召使い扱いしている継子ではありますが、自分の夫の唯一の実子です。
 もちろん、この家の実権を握っているのは自分なので、計都もその他の召使い達も、公爵に告げ口することは出来ませんが、公爵自身の目にこの状況が入れば、言い訳の余地はありません。
 腹立たしいことこの上ありませんが、背に腹は変えられないのです。

「・・・仕方ないわ――計都!」
「はい、お義母様」
「明後日は特別に、お前も私達と同じ席に着く事を許します。但し、明日までに掃除を済ませてしまうこと。でなければ旦那様には病気で臥せっていることにして物置に閉じ込めてしまうからね、いいこと!?」
「承知致しました、お義母様」







子供の頃に読んだ絵本のシンデレラって、召使いの服装のままもう片方のガラスの靴を差し出して『お妃様が見つかったぞ』ってなパターンですが、正直言ってボロい服の小間使いが王室の使者達に近付けるわけないよね、なんて事を考えて、計都に正装させる流れを作ってみました。夢のない大人になってしまったもんです。







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