そして王宮からの使いが来る当日――
継母の言い付け通り掃除を済ませた計都は、先に義姉達の着付けを手伝う事を条件に、ドレスを着て同席する事を許されました。
喜んだのは、八百鼡を始めとする使用人達。
義姉達に出遅れてしまった計都の着付けを総出で行い、あっという間に完璧な淑女が出来上がりました。
計都が選んだドレスは、先日舞踏会で着た物です。
やや時代遅れの感のあるドレスを着た計都に、これならこの娘が使者達の目に留まることはないだろうと、継母はほくそ笑むのでした。
「申し上げます。王室からの使いの方々がお見えになりました」
召使いの一言で、屋敷は俄に騒然となりました。
屋敷中の召使いがホールに並び、正面に女主人とその娘達がすまして立ちます。
計都は、2人の義姉の後ろに立たされました。
馬車から降りた使節団一行が正面玄関から入って来ると、形式通りの礼を女主人とその娘達に送ります。
その礼を受けながら、あら、と計都は目を瞬かせます。
使者の中に、見覚えのある紅い髪と瞳。
確か、舞踏会で最初に計都に声を掛けた男性です。
『あのルビーみたいに紅い髪と瞳のお方、私ダンスをご一緒したわ』
『あら、私もよ』
計都の前で、2人の義姉が囁き合います。
・・・誰にでも声を掛けているのかしら。
心の中で首を傾げる計都を余所に、使者の代表と女主人は互いに型通りの向上を述べ終わり、場所を客間へと移していよいよ本題に入ります。
「各家の淑女の方々にお伺いしましたが、これまで王子の相手という確たる証拠を持つ方はいらっしゃいませんでした。そこで、貴女がたにも同じ事を申し上げます。
『貴女がたの中に王子と踊った方がいらっしゃるならば、ここにその証を』――」
凛とした声で問いかける碧の瞳の青年に、計都の義姉達は一瞬頬を赤らめるも、我に返って召使いに持たせていた物を差し出しました。
絹の布を取り去ると、ビロードのクッションに乗せられたガラスの靴。
姉娘は右足用の、妹娘は左足用のそれを、公爵夫人は計都から聞いた城の噂を元に、急遽贔屓にしている工房に発注して作らせたのです。
「王子様のお手元には、これと対になるもう一方の物がある筈です。それが左の物であれば姉娘が、右の物であれば妹娘が、王子様と踊った相手に相違ございませんわ」
自信たっぷりに、公爵夫人が言います。
その証拠に、後ろに控えている使者の1人も、絹の布をかぶせたビロードのクッションを手にしています。
その布の下にあるのがガラスの靴であれば、それがどちらの足のものであっても確実に自分の娘が選ばれるのです。
「・・・確かに、公表してはいませんがその証とは、王子が『水の精霊の置き土産』と呼んでいる物であり、『対となるものの一方を王子の手元に残した』とのいわれがあります」
「じゃあ――」
「ですが――残念ながら、このお2人ではありませんね」
「なっ――」
「ご不満なら・・・その片方の靴を、今ここでお履きになって、一曲踊っていただきましょうか?」
それまで柔和な印象の笑みを浮かべていた青年の瞳が、一転して冷たく光りました。
青年の言葉に、計都の義姉達は居心地悪そうに身じろぎます。
それもそうでしょう。幾ら女性とはいえ、人一人分の体重をガラスの靴に掛ければ、あっという間に砕けて足を切るのは目に見えているのですから。
と、義姉達がそわそわと動いたために、それまで殆ど見えていなかった計都の姿が、使者達の目に入りました。
「おや、恥知らずなお嬢さんばかりかと思ったら、慎ましやかなお嬢さんもいらっしゃるじゃありませんか。ああ、元々貴女がたはこの家の生まれではありませんから、真の公爵家の姫君とは比べるべくもありませんよね」
公爵夫人とその娘達に当てこすりを言いながら、碧の瞳の青年は計都に優しく話し掛けます。
「お嬢さんは、舞踏会で誰かと踊られましたか?」
問われて計都は、薄く口を開きます。
本当は、このようなやり取りは、計都にとってどうでもよかったのです。
けれど、計都の眼がある人物の存在を認めた瞬間、計都の気持ちは大きく変わりました。
「・・・私は・・・」
「その娘は舞踏会には行っておりませんもの、踊るも何もありませんわ」
公爵夫人が声高に言いますが、それに対して使者達から返されたのは、冷ややかな視線のみ。
王室からの使者との会話に横から言葉を挟むような無礼は、たとえ公爵夫人であっても許されないのです。
「・・・これを・・・」
そう言って、片耳にだけ付けていたイヤリングを外しました。
片方のイヤリングを失くした事に気付いたのは、舞踏会から逃げるように帰ってすぐの事。
ずっと馬車に乗っていたのですから、落としたのは確実にお城の敷地内です。
けれども元の暮らしに戻っていた計都に、それを拾いに行くなど到底出来ず、
そして今、その片方を持っているのは――
外したイヤリングを手に、ゆっくりと歩を進める計都。
会釈しながら、碧の瞳の青年や紅い髪の青年の横を通り抜け、更にその奥。
「・・・お探しなのは、こちらでございますでしょうか――王子様?」
差し出したのは、ビロードのクッションを捧げ持って後方に控えていた、使者の1人。
大きな帽子で髪の色は判りませんが、その端整な顔立ちは、紛れもなくあの時の青年です。
「「「王子様!?」」」
「口を慎みなさい、無礼者」
「―――・・・」
計都の言葉に少なからず驚いたのでしょう、青年は目を見張り、計都を見つめます。
ややあって、傍に仕えていた小姓らしき少年に合図すると、かぶっていた大きな帽子を取らせました。
月の下で見るよりも更に眩く輝く金糸の髪が、部屋中の視線を集めます。
紫水晶の瞳で計都を見つめると、そこで初めて青年は口を開きました。
「――驚いたな。なぜ判った?」
「・・・先日お見受けした際の貴方様のご衣裳は、決して人の下に仕える者が身に付けるものではありませんでしたわ。それに、この周りの方々は、常に貴方様を守っていらっしゃる――お帽子を深くかぶっていらっしゃっても、その気品溢れる佇まいは、隠しようもございませんもの」
「そう言うのはお前くらいのものだ。今まで行ったどの屋敷でも、俺の正体を見破った者はいなかったぞ」
「そーそー、それどころか選ばれなかったお嬢さん方に、ものすっごく睨まれてたよな」
「真偽を見抜く眼力を持つ事こそ、真に高貴なる者の証ということです」
紅い髪の青年と碧の瞳の青年が合いの手を入れます。
そんな2人を(なぜか)少し嫌そうに一瞥すると、王子は手にしていた物の絹布の覆いを取り去りました。
そこには、計都の落とした片方のイヤリング。
クッションを小姓に持たせると、王子自ら計都にそれを付け始めました。
先程計都が外したイヤリングも付け直し、両方のイヤリングが揃った瞬間、周囲の使者達は全員片膝を突き、
「おめでとうございます、殿下」
と声を揃えて2人を祝福しました。
公爵夫人とその娘達も、慌てて深く頭を下げます。
捜し人が見つかった王子は、祝福の声の中で、そっと計都に話し掛けます。
「名前・・・まだ聞いていなかったな」
そういえばそうでした。
自分の迂闊さに頬を染め、計都は小さな声で答えました。
「――計都、と申します・・・」
その後計都はお城に迎えられ、国を挙げての結婚の宴は3日3晩続きました。
また、計都の望みで、八百鼡も計都専属の女官としてお城に上がる事が許されたのです。
「あの家で私を支えてくれたお礼がしたいの。本当は皆連れて来たかったくらいだけどそれは無理だから、貴女だけでもと思って」
「本当に、良かったですわ・・・私も、危険な橋を渡った甲斐がありました」
「・・・・・・え?」
「旦那様の手紙に、少し細工をしたんです。
あの日に旦那様が戻られるとなれば、奥方様も計都様に正装させるしかないと思って・・・」
慎重に封蝋を剥がし、中に書かれている日程に手を加えてから再度蝋を暖めて封をする。
掃除という名目で公爵の書斎に入り込めば、蝋を溶かす道具も公爵家の印章も揃っています。
そうしてペーパーナイフで封筒を開いても気付かれないような細工で、まんまと公爵夫人に公爵が帰宅する日程を勘違いさせることに成功しました。
果たして八百鼡の作戦は功を奏し、計都は召使いとしてではなく、正式な公爵令嬢として使者達を迎えることが出来たのです。
王子の捜し人が計都だったとは八百鼡も知らなかった事ですが、召使いの姿では、たとえ証拠を見せても一笑に付されるのは想像に難くありません。
事実上、今回の件の立役者と言えるでしょう。
「有り難う、本当に・・・貴女がいてくれて、本当に良かった・・・」
こうして晴れて皇太子妃となった計都は、有能な人材に囲まれ、自らもその頭脳と人柄で人望を集め、末永く幸せに暮らしたのでした――
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―了―
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あとがき
蓋を開ければ、なぜか策士な八百鼡ちゃん(爆)。
舞踏会の時に使用人達の手を借りなかったのは、彼等に秘密を守らせるのが心苦しかったからです。まあ最終的にはバレるんですが(笑)。
あと、微妙に他のメンバーの地位が判り辛く、ここに補足すると、悟浄が大臣の息子兼近衛隊員兼悪友(笑)で、悟空は名前すら出ておりませんが、このページで『小姓』とされているのがソレです(悟空ファンの皆様ごめんなさい)。
シンデレラといえばガラスの靴ですが、超現実主義の香月からすれば「そんな物履いてダンス踊れるわけないじゃん」の一言。実はお城の噂は、王室側が意図してぼかしたという裏設定です。 |
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