Rotkappchen







 あるところに、一人の見目麗しい子供がおりました。
 サラサラの髪は陽光を紡いだような金糸で、大きな、しかし意志の強そうな瞳は煌く紫水晶(アメジスト)
 本名は江流というのですが、お祖母様から押し付けられプレゼントされた赤い頭巾を渋々好んで被っているので、『赤頭巾』と呼ばれていました。

「その名で呼ぶんじゃねぇっ!!」



 ガウンガウンガウンッ



 ――尤も、そう呼ぶのは父である光明氏だけで、その他の者が呼べば瞬殺されますので、ナレーションである私も『江流』と呼ばせていただきます・・・(怖)








 父君である光明氏の庇護の下、江流はすくすくと成長しました。
 そして、銃の腕前もまた、類稀なものとなったのです。
 我が子が自分を護る術を身に付けたのを見た光明氏は、ある日江流を呼びました。

「赤頭巾や、こちらへいらっしゃい」
「・・・お願いですからその呼び方は勘弁して下さい」
「どうしてですか?赤い頭巾を被っているんですから、どう考えたって赤頭巾でしょう?
 黒い頭巾なら赤頭巾と呼ぶのは変ですけど」
「・・・・・・」

 ガックリと項垂れる江流。
 長年に亘る親子関係ですが、この父親の思考だけは未だに理解不能です。

「・・・それで、俺に何の用ですか?」
「実は、川向こうの森に住む計都さんのお見舞いに行って欲しいんです」

 計都さんとは光明氏の義妹にあたる女性です。
 生まれつき目が見えず、義母、即ち江流のお祖母様と2人暮らしをしているそうです。
 江流はこれまで会ったことはありませんが、あのお祖母様と縁故関係にある以上、あまり関わり合いたくはない人種といえるでしょう。

「ここ数日風邪で臥せっていましてね。お祖母様だけでは心もとないところもあるので私が呼ばれているんですけど、今日は都合が悪くて、あなたにお願いすることにしました」
「都合・・・?」
「ええ。以前からチケットを予約していたライブに剛内と行く約束をしているんですよ♪」
「・・・・・・」

 何処の世の中にライブに行くからといって子供に見舞いを押し付ける親がいるんでしょう。
 呆れた顔で見やる江流に、

「看護・介護問題は今後深刻になると言われています。今の内に社会問題について考えられるよう実経験を積んでおくのも良いものですよ」

 にっこりと邪気のない笑みで言われれば一番問題なのは貴方ですとはどうしても言えず、結局江流は焼き菓子とワインを詰めたバスケットを手に、川向こうの森へと向かったのです。








 丘の道をてくてく歩く江流。勿論その頭を覆うのはトレードマークの赤い頭巾です。

「計都さんとは初対面でしょう?その頭巾を被って行けばあなただと判るように彼女に説明していますから、必ず被って行くんですよ」

 と光明氏から念を押されては、従わざるを得ません。

「ったく、何で俺がババァの見舞いなんざ・・・」

 頭巾の下の表情は文字通り苦虫を噛み潰したようです。
 そんなこととは露知らず、遠くの茂みの中から物欲しげに見つめる視線が2対。

「美味そーなお菓子の匂いがする・・・あー、俺腹減ったー」
「(この距離で匂いが判るのかよ・・・)頭巾で顔は見えねーけど手足はスラッとしてっし、ちょいと胸が小さめかもだけど、あの細い腰は極上だよな。間違いない」

 栗毛に金の瞳の小さな体。
 赤毛に紅い瞳の大きな体。
 近くの林に住み着き、行き交う人々を襲う狼達です。
 光明氏が江流に狼に気を付けるよう言わなかったのは、決して不注意などではなく、彼が狼の存在を知らなかったからです。
 光明氏の只ならぬオーラを感じ取った2匹は自己防衛本能を働かせ、彼だけには近付かないようにしていたのでした。
 狼だって、命は惜しいのです。
 その光明氏の愛し子とは露知らず、2匹は江流(とその荷物)をターゲットに決めたようです。

「んじゃ俺はあのお嬢ちゃん、お前はあの篭の中身。おっけー?」
「おう!」
「おっし、まずは俺様から・・・と」

 ササッと毛皮を撫で付けながら江流に近付くと、

「よぉ、かーのじょ・・・」



 ガウンガウンガウンガウンガウンッ



「誰が彼女だーっ!!」


 陳腐な誘い文句を言い切る前に、返されたのは銃弾の嵐。
 これには赤毛の狼もびっくりです。

「嘘だろーっ!?」

 栗毛のチビ狼を置いて一目散で逃げ去ってしまいました。

「エロ河童・・・じゃなかったエロ狼、行っちゃったよ・・・ま、いっか」

 予定が狂ってしまいましたが、取り敢えず自分の目標である焼き菓子は無事です。
 普段なら赤毛の相棒が女性を藪の中に引っ張り込んでいる(←最低)間に、放り出された食べ物を拾って持ち逃げするのですが、今回は勝手が違います。

「あいつ、女なのにすっげーなー。銃なんか持ってるし」

 狼達が江流を少女と勘違いするのも無理ありません。
 江流は、普段からパフスリーブのワンピースフリル付きエプロンを着せられていたのです。
 これは、お祖母様が何かに付けて江流に贈るもので、明らかに嫌がらせ以外の何物でもないのですが、

『せっかくお祖母様が贈って下さったんですから、着なければバチが当たりますよ』

 と敬愛する父君に言われれば、袖を通すより他ありません。

「ったく、こんな格好してるせいで・・・?」

 我が身に降り掛かった災難にぼやきながら歩いていると、道の先に茶色い塊。
 念の為銃を構えながら近付くと、塊は顔を上げました。

「・・・あのバカ狼、ガキがいたのか」
『勝手に子持ちにするなーっ!!』

 別次元からのツッコミには気付かず、チビ狼を見やります。
 と、

「・・・腹減った・・・」

 グキュルルル〜、とチビ狼は腹の虫の音を響かせ、目を潤ませて江流を見つめます。

「うっ・・・」

 江流の中の良心――極僅かですが、存在するのです――が、チクリと痛みます。
 思えば先程の赤毛の狼は、このチビ狼の為に狩りをしようとしていたのでしょう(←違)。
 それを、自分は銃殺してしまったのです(←生きてます)。
 勿論どんなに小さくても自然界の掟には従わなければなりません。
 己の為に糧を得て、生きていく――そうでなければ、己より強い者の糧とされる。
 まさにDead or alive。

「だが、俺の目の前でくたばられても気持ちのいいもんじゃねぇしな・・・しょーがねぇ」

 呟くと、相変わらず銃口をチビ狼に向けたまま、地面に下ろしたバスケットに手を入れました。

「おら」

 チビ狼の鼻先に突き出されたのは、

「食い(モン)っ」

 差し出された焼き菓子に、チビ狼が目を輝かせて喰らいつこうとした瞬間、

「そらよっ!」

 ブンッと円盤投げよろしくお菓子を明後日の方向へ投げ飛ばしました。

「わーっ、俺の食料ーっ!!」

 グングン飛距離を伸ばすお菓子を追って、走り出すチビ狼。
 何気にお菓子の所有権を主張している辺り、なかなかちゃっかりしています。

「・・・フリスビー犬・・・」

 目の前の光景にぼそり、と感想を口ずさみ、江流は再び歩き出しました。








 さて、所変わりまして森の中の一軒家。
 江流がお見舞いに行こうとしている計都さんのお家です。
 その木戸の前に赤い大きな塊。
 何ということでしょう、江流に殺された筈(←だから違うって)の赤毛のエロ狼が中の様子を窺っているではありませんか(ビ○ォー○フター風)。

「赤い頭巾の嬢ちゃんが持ってた籠の中身からして、ここん家の住人の見舞いに来ようとしているに違いねぇからな、こーやって待ってるだけで向こうから来てくれるってワケだ」

 俺って頭いい♪
 しかし、待てど暮らせど目的の江流はやって来ません。
 無理もありません。駆け足でやって来た自分と違って相手は徒歩、その速度とコンパスとの差を、この狼は計算していなかったのです。

『誰の足が短いだと!?』
「やはり狼は狼なりの知能しか持ち合わせてないんですね。同情します」
「ってアンタの出番はもっと後だろ!」

 別次元からの抗議の声と更に別の次元からしゃしゃり出て来た人物の存在はさておき。

「嬢ちゃんが来るまでにこっちの方の顔でも拝んどくか。俺様人妻でもOKだし?
 どーしよーもねー程ババァならしゃーねぇ、ブツ切りにしてフォン・ド・ボーだ」

 でも出来れば許容範囲内でありますよーに、と心の中で呟きながら、狼は小屋の戸をノックしました。



 コンコン



「はい、何方様?」







何かもう色々とゴメンナサイ。
いえ、香月の中で『赤頭巾→バレッタ姐さん』という固定観念がありまして。
金髪を持つっつったらこの人しかいないでしょう、という訳で、このキャスティングに。
題名の、『Rotkappchen』は、グリム童話の原語であるドイツ語です。英語だと『Red coif』。

※バレッタ姐さん・・・ゲーム『ヴァンパイアセイバー』に出て来る赤頭巾の格好をしたモンスターハンター。
 漫画化された作品も多く出回るが、中でも印象的なのは東まゆみ先生の作品。姐さんの愛らしさと比例した強欲さと執念深さがいっそ清々しくて格好いい♪







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