Rotkappchen





 「やっと着いたか・・・ったく、つまんねぇ事で時間喰っちまったぜ」

 赤毛の狼に遅れること十数分。
 仏頂面の江流が計都さんのお家に着きました。
 狼とひと騒動あったせいで予定より遅れてしまった事に、大層不機嫌そうです。

「結局見舞いの品はワインだけになっちまったし・・・散々だ」

 こんなことならさっきの赤毛の狼を殺って毛皮でも採るんだった、と少々物騒な事を呟き、ドアをノックしました。



 コンコン



「はい、何方様?」

 家の中から返ってくる声に、江流は訝しがります。
 この家に住むのは、お祖母様と計都さんの2人です。
 ところが、今ノックに対して返ってきた声は、随分若々しい女性の声。
 家を間違えたかと一瞬考えますが、この周囲に他に家はありません。
 中からの声に、戸惑いながらも返事を返すことにしました。

「・・・計都という名の叔母の見舞いに来た、江流という者だが・・・」

 語尾を濁しながら伝えた内容に、以外にも反応があったのです。

「まあ、江流様?お待ち申し上げておりましたわ。鍵は掛かっておりませんので、どうぞお入りになって下さいまし」

 その返事に、僅かな逡巡の後、ドアを開けて中に入りました。
 手には、念のため拳銃を握り締めています。

「江流様?此方へいらしていただけます?」
「――あんたが、計都か・・・?」

 自分が目にしているものが信じられず、江流はあっけにとられます。
 それもその筈、奥のベッドに上半身を起こした状態で横たわり、こちらに微笑みかけるのは、自分よりほんの少し年下と思われる少女。
 その盲いた目は、晴れた夜空のように(あお)く冴え渡り、緩く編まれた長い髪は、窓からの光を受けて淡く銀色に煌いています。
 珊瑚のように淡く色付く唇が自分の名を呼ぶ事に、江流は今まで経験したことのない酩酊感が頭の芯から湧いてくるのを感じました。

「お初にお目に掛かります。私が計都ですわ。
 江流様は私が作った頭巾をいつもかぶって下さっていると伺っておりますの。ですので此方にいらして、触れさせていただきたいのですが、宜しいでしょうか?」
「・・・あんたが作った?」
「ええ。私、この通りの目ですので、独りになっても困らないよう養母から手ほどきを受けておりますの。その練習にと、養母から言われて作ったんですのよ」
「・・・・・・・・・」

 少女の言葉に嘘が無いのは、無垢な表情を見れば判ります。
 ということは、諸悪の根源は、生地を用意した祖母ということでしょう。
 頭巾自体は男がかぶっても可笑しくはないものの、流石に赤い生地は使いません。少なくとも、十代後半の男子では。
 計都さんの目が見えない事を利用して、自分への嫌がらせの品を縫わせた祖母に、改めて殺意を抱いた江流でした。

「・・・江流様?」
「――あぁ、悪い」

 不穏な気に計都さん――明らかに年下なので、ここからは『計都』とします――が不信感を抱く前に、三蔵は祖母への殺意を押し隠し、計都へと近寄ります。
 頭巾を外そうとして、ふと思い立った江流は、そのまま計都に顔を近付け、言いました。

「今、手が塞がっているんだ。あんたがこの頭巾を、外してくれないか?」
「判りましたわ。では、失礼を・・・」

 そう言って、頭巾の紐を解き、江流の頭から外したその時、
 頭巾を持つ計都の両手首を、江流はしっかと握り締めました。
 手が塞がっているというのは嘘で、持って来たお見舞いの品は、既にテーブルの上です。

「きゃっ!?」

 驚いた計都が頭巾を取り落としましたが、江流は気にしません。
 それどころかそのまま、計都を押し倒してしまったのです。

「こここ江流様!?」

 計都の驚愕を余所に、光を映さない計都の目が必死で自分の存在を捉えようとしているのを見た江流は、自分の中で理性の糸が切れる音を聞きました。
 今までどちらかというと女性不信の気があった(その原因の大部分はお祖母様の存在にありますが)分、反動が強く起こってしまったのかも知れません。
 知らず、舌なめずりした江流が、計都に顔を近付けた時です。



 ズガ――――ンッッ



「!?っ」

 一発の弾丸が、江流の前髪を掠め、窓枠に撃ち込まれました。
 計都には掠り傷一つありませんが、凄まじい音に、気絶してしまったようです。
 反射的に江流はテーブルの上の銃を取り、弾丸の発射された方向へと向けますが――

「・・・・・・貴様・・・」
「おやおや、これはさしずめ、可愛いお嬢さんに化けた狼というところでしょうか?」
「誰が可愛いお嬢さんだ!」
「狼という点は否定しないんですね」

 穏やかな声音とは裏腹に、殺傷能力抜群のライフルを構え、江流に標準を合わせる猟師。
 背後を見ると、この家の裏口の戸が半開きになっています。

「いい度胸してんじゃねぇか。不法侵入者が」
「お言葉ですが、僕は少し前までここでお見舞いがてらお茶を呼ばれてたんですよ?そこに、下心ありありの赤毛の狼が来たもんで、ちょっとお仕置きのために外へ出ていただけです」








 話は少し前に遡ります。
 赤毛の狼がノックすると、

「はい、何方様?」

 想像以上に若々しく麗しい声が返り、狼の耳がピンと立ちました。
 是非ともお近付きになりたいと返答しようとして、はたと困りました。
 狼ですよと名乗れば、警戒して戸を開けてはもらえません。
 ならばさっきの少女(と、狼は思い込んでいる)の名を騙ろうと思っても、結局自分は彼女の名を聞いてはいないのです。
 無い知恵を絞った挙句、ふと思いついた狼は、出来るだけ細い声を作って言いました。

「お見舞いに、来たんですが・・・」
「まあ江流様?早かったですのね。鍵は掛かっておりませんので、どうぞお入りになって下さいまし」

 よっしゃビンゴ。

 嬉しさの余り、狼の尻尾がゆらゆら揺れます。
 鍵が開いているということは、中の病人は完全に臥せっていて、見舞い客が来る度に鍵を開けることが出来ないということなのでしょう。

 ってことは、いわゆる据え膳状態?

 勝手に都合よく解釈しながら、狼はほくほく顔で戸を開けます。



 カチャ キイィ



 中にいたのは、ベッドに入り上半身を起こした見目麗しい少女、と、

「――おや?これはこれは、どこかでお見かけした顔じゃありませんか」
「げっ、八戒!!」

 狼にとって天敵といえる、猟師の八戒さんではありませんか。
 八戒さんは、この家に狩猟の獲物を卸していて、計都を妹のように見守っています。
 今日も今日とて、計都の見舞いに来て、お茶を呼ばれていたところだったのです。

「あら、八戒さん、お知り合いですの?」
「お知り合いというか追う者と追われる者といいますか・・・あ、計都さん、コレは貴女の見舞い客ではありません。それと、ちょっと2人きりで話があるので、裏口を通らせて下さいね♪」
「?・・・ええ、どうぞ」
「話が済んだらまた来ますので。さ、行きましょうか♪」
「え?や、あの、ちょっとタンマ!すみませんカンベンして下さいもうしませんから――!!」

 小屋の裏手は森に面していて、多少物音がしても気にする者はいません。
 そこで何が行われたのか。
 真実は全て、闇の中なのでした――







前頁で台詞だけ出て来た八戒さん登場。
といいますかこの人赤頭巾を射殺しかけてます(怖)
良い子の皆さん(良い子でなくても)は、人に銃を向けてはいけませんよ。







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