Schwanensee







 その昔、とある国に、1人の王子がおりました。
 三蔵という名のその王子は、金色の髪に紫水晶のような紫暗の瞳を持つ、それはそれは見目麗しいと評判の王子でした。
 王子は23歳。
 いつお妃をもらってもおかしくない年頃なのですが、候補として挙げられるどんな姫君に対しても、首を縦に振りません。
 このままだと世継ぎも生まれず、王家の存続が危ぶまれます。

「貴方の母親が天に召された後、再婚をしなかった私が悪いんでしょうか・・・」

 王子の様子を見守る王様が、ため息と共に自責の言葉を呟きます。
 王子の母君である王妃は、王子を産んで間もなく他界しているのです。

「母上が死んで20年以上経つ今でも月命日には公務そっちのけで墓参する人が、再婚するつもりなどあるわけないじゃないですか。出来もしない事を仰らないで下さい」

 当の王子は、周囲の声など何処吹く風で、しかも父王に対しても結構シビアです。
 言われる王様の方も、嘆いているのは口だけなので、親子共々いい性格と言えましょう。
 と、王様は芝居じみた口調をやめ、王子に言いました。

「それはそうと、今日は観音が来る予定です。
 恐らくは、これと思う姫君の絵姿を山のように持って来ると思うんですが?」
「げ」

 王子がその端正な美貌を歪めます。
 観音とは王様の妹君にあたり、隣国に嫁いでいるのですが、夫であるその国の王が逝去したことで、現在は自ら女王の座に就いています。
 その行動は破天荒で、上流階級の淑女(レディ)とは思えない言動ですが、なぜか国民の支持は厚く、結果的に隣り合う両国の架け橋となっているのです。
 三蔵王子は小さい頃からこの叔母君にとても可愛がられてきました――色々な意味で。
 なので、その来訪を喜べる心境では到底ありません。

「――父上。今日は狩りを予定していたのを思い出しました。
 ここで叔母上を迎えたいのは山々ですが、そろそろ仕度をしなければなりません」
「おやそうですか。それは残念。
 まあ年寄り同志、四方山話に花を咲かせることにしましょうかね」
「・・・年寄りって・・・」

 見た目が実年齢より確実に一回り以上若く見える父王を呆れたように見やると、王子はマントを翻して部屋を立ち去りました。
 一刻も早く、叔母上と鉢合わせないように城を出なければなりません。
 城内のサロンの扉を開けるや、

「お前ら、狩りに行くから今すぐ仕度しやがれ!」
「狩り?行く行く♪んじゃ、ゲーム終了なっ」
「・・・貴方が唐突な方というのは重々承知しているつもりですが、仮にも将来一国の主となる身であれば、出来れば状況を観察する目も養っていただきたいものですねぇ」
「地獄に仏〜っ!三蔵サマ有り難う!マジヤバかったのよ俺」
「あ・・・スリーカード・・・俺より低い手じゃん」
「フォーカード狙ってたんだよ!」
「で、僕がそのフォーカード。悟空はフラッシュ・・・ならここでゲームを強制終了させる代わりに、各々の掛け金の半分をいただきますよ」
「え゛、ノーゲームには・・・」

「イエ、ナニモ」

 王子の幼少時からの友人(悪友?)であり、現在はサロンの常連である悟浄・八戒と、三蔵専属の下男である悟空。
 本来であれば下男が上流階級の子息とポーカーを興じるなどということは有り得ないのですが、この2人に限っては、昔から悟空を弟のように可愛がっているので、公の場でない限りこのように構ってやることが多いのです。

「城内で真っ昼間から賭けポーカーしてんじゃねぇよ。
 こっちは時間がねぇんだ。とっととこの城を出ねぇと・・・」
「出ないと、何かあんの?」
「・・・観音叔母上が来る」
「ほー、そりゃまた」
「見つかったらまた遊ばれそうですねぇ」
「遊ばれるっつーか、玩ばれるっつーか」



 ちゃき



「いやいやいやいやちょっとタンマ!銃はやめてくれ銃は!!」
「王子、銃弾は貴重品なので乱用はお控え下さい」
「俺の心配は!?」

 これが、王子の周りで繰り広げられる、日常の光景なのでした。








 多少のゴタゴタはあったものの、そこは旧知の仲、4人は素早く仕度を調えると、観音叔母君が来られる方向と逆の、北西にある湖へ向かいました。
 湖のほとりには王家が所有する別邸があるので、一月程度の滞在なら問題ありません。
 湖を囲む森で狩りを楽しんだ王子達は、獲物を抱えて(といっても実際に抱えるのは悟空ですが)、帰路に着きました。
 今夜は別邸で、捕えた獲物をメインにしたジビエ料理で乾杯です。
 その別邸と湖が見える位置に来た時、

「――あれは・・・」

 夕日を反射させる湖に、優美な曲線を描いた影。
 北の国から渡って来た白鳥です。

「白鳥の羽を取ったら、帽子屋に高く売れるよな」
「仕留めるんですか、悟浄?」
「あー、流石に殺っちまうのは可哀相だし、羽繕いしている場所に落ちているやつでも拾うか」
「俺も行く!」
「いいけど、足音と気配は消せよ」
「おう!」

 悟空と悟浄は気配を消して湖を囲む岩陰に身を寄せ、近付くタイミングを計ります。
 王子と八戒も、そのまま別邸へ向かうと白鳥達に気取られるので、その場で様子を窺うことにしました。
 太陽は既に森の向こうに沈み、辺りはどんどん暗くなっていきます。
 湖でたゆたっていた白鳥達が、岸へと近付いたその時――

「「「「――・・・!!」」」」

 4人の目が皿のように見開かれます。
 悟空など、叫び声を上げかけて、悟浄に口を塞がれる始末です。
 夕闇が支配し始める湖の岸辺に辿り着いた白鳥達。
 その白い体が真珠色に輝いたかと思うと、そこには1人の女性が立っていたのです。
 周囲を見渡せば、あちらでもこちらでも、同様の光景。
 湖にいた白鳥全てが、人間へと変貌を遂げたようです。
 その輪の中で、最も美しい人物が、王子の眼に止まりました。
 年の頃は二十歳前後でしょうか、少女と呼んでも差し支えない幼さを残す面差しは、月の女神と見紛うばかりの美しさです。
 金のティアラで飾られた髪は、月光を弾いて煌く銀糸。
 愁いを帯びた瞳は鋼玉(サファイア)の如き(あお)
 白磁のように白い肌が、その少女が陶器人形(ビスク・ドール)であるかのような錯覚を引き起こします。
 と、その光景を見守っていた王子が、不意に歩を進めだしました。

「王子!?」

 引きとめようとする八戒の声にも、耳を貸しません。
 それどころか、

「ちょっ、おい・・・!」

 前方にいた悟浄と悟空を押しのけ、岩陰から月光の下に姿を現したのです。
 当然、驚いたのは湖にいた女性達。
 怯えた表情で身を寄せ合い、銀髪の少女を護るように固まります。
 その様子と、少女の隠しようもない気品とを併せて考えると、この少女が女性達の主人である事は間違いないようです。

「安心しろ、お前達を傷付けるような真似は決してしないと誓う。
 だから、後ろにいるお前達の主人と話をさせてもらいたい」

 戸惑うような表情を浮かべる女性達。
 それはそうでしょう。いきなり姿を現した男性が、自分達に危害を加えない保障など、何処にもないのですから。
 その様子を見た王子は、金銀の装飾を施された銃と宝石を嵌め込まれた剣を腰から外し、岩の向こうにいる悟空に向かって放り投げました(暴発の危険があるので良い子も良い子でなくても真似しないで下さい)。

「わわっ;」
「これで信用してもらえないだろうか」

 女性達は、しばし互いの顔を見合わせていましたが、王子の態度に心動かされたのでしょう、スッと左右に分かれ、貴賓を迎えるかのように深く頭を下げました。
 その間を進み、王子は少女の前に立ちます。
 と思うと、やおらその場で片膝を突いたのです。
 この国の王子が膝を折るなど、国王かそれと同列の貴賓に対してでしか有り得ません。
 岩陰に集まっていた(既に気配を消すのはやめた)3人は、驚きに目を見張ります。

「驚かせた無礼は詫びるので、どうか許してもらいたい。
 俺はこの国の王子、三蔵という。
 ――名を、教えてはくれないか」

 最上の礼節をもって掛けられた問いは、同様に優美な礼と共に返されました。

計都(けいと)、と申します・・・」







えー、童話パロとしてはベタなのかそうでないのか、ちょっと微妙な『白鳥の湖』。本来はバレエ戯曲ですし。
表題はドイツ語表記。戯曲はロシア語の筈ですが、舞台はドイツだそうで、物語としてはこちらの方が一般的。
実は『白鳥の湖』の原作は、王子と姫が湖に身投げするというバッドエンドなんだそうです(驚)。
その後、戯曲の改編によりハッピーエンドの内容が作られたそうで、幼少時に読んだ絵本は普通こちらですよね。
もちろんこの話もハッピーエンドにする予定・・・ですが、さてどうなることでしょう(怪笑)。







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