「3度は言わん、洗いざらい吐け」
別邸に戻った一行は流石に疲労困憊のため、ひとまず睡眠を摂り(ちゃっかり花喃も付いて来ましたが、貴族令嬢なので賓客扱いになりました)、
昼近くになってから、広間に集いました。
地下倉庫に繋がれていた計都姫の侍女達も朝のうちに解放され、今は悟空の為にありったけの料理を別邸付きの料理人と共に用意しています。
誰もが喜びに溢れた笑顔を見せる中、唯一人三蔵王子だけは、渋面を彩らせた顔を隠そうともしません。
「黙っていた事は申し訳なく思いますが、敵を欺くにはまず味方からと申します。
奇襲を掛けるのに、事実を知る人間は少ないほど成功率が上がるので」
塔の中で、部屋の上からシャンデリアと水晶玉を落下させた羅昂王子。
当然、彼が初めから塔の内部にいたわけではなく、恐らくは三蔵王子達の後を付け、共に塔に入り込んだと思われます。
塔の中での発言の内容からしても、八戒は羅昂王子の存在を知っていたに違いないのです。
「婚約の報告を国王陛下にお伝えしてここに戻る道の途中、僕は羅昂王子と会ったのです――」
別邸へ戻ろうとする八戒と接触した人物。
人目をはばかるように、灰色のフード付きマントを羽織ったその為りに反し、口調や所作は、明らかに上流階級の者のそれであり、流石の八戒も困惑を隠しきれません。
怪訝そうな顔付きの八戒の前で、その人物はフードを外し、顔を出しました。
『!――っ・・・貴方は・・・』
肩に広がる長い髪。
それは間違いなく、前夜あの湖で出逢った計都姫と同じ月光を紡いだような銀髪です。
北の国出身の者特有の透き通るような肌も、美しい顔貌も、全てがあの夜眼にしたものと寸分違いません。
ですが、唯一つ、
あの慈愛に満ちた、それでいて憂いを秘めた眼差しとは似ても似つかず、その藍い眼は油断なく周囲を警戒しつつ目の前の八戒を鋭く見定めています。
いえ、それ以前に、今はまだ日の在る時間帯。
彼女は現在、白鳥の姿で羽を休めている(比喩ではない・・・残念ながら)ところである筈。
ということは――
『貴方は、もしや・・・』
記憶を辿ると、考えられる人物の名は一つしかありません。
『流石に、聡くあられる。
如何にも、私は龍都国第一王子、羅昂と申す。
清一色の術により、妹とは逆に私は日の出ている間は人の姿でいられるが、夜になると白鳥の姿になる。
何分にも不法入国に等しい身故、このようななりで御身の前に立つ事を許されよ』
『い、いえ、貴方は何も悪くありませんから・・・私こそ、知らなかったとはいえ王族の方に馬上から話し掛ける無礼を・・・』
慌てて馬から降りようとする八戒を、羅昂王子は手振りで留めます。
『今、私の身分が明らかになっては色々と拙い・・・それに、「奴」が何処かで様子を窺っているやも知れん』
『・・・「奴」、と仰りますと・・・』
『清一色だ。彼奴は愚偶や使い魔を操る事に長けている。
奴は時折使い魔を飛ばし、私達兄妹が術を破ることの出来る者と接触していないか確認するのだ。今回も、ひょっとするとそなた等の主が我が妹と儀式を行う事を既に察知し、何らかの策を講じている可能性もなくはないだろう』
『!・・・・・・』
『見たところ、そなたは多少なり魔術に縁があるようだな?』
『えぇ・・・私自身はごく初歩的なものをかじった程度ですが、身内には邪気祓いなどを生業としている者がおります』
『やはりか・・・ならば、頼みがある――・・・』
「羅昂王子は清一色の目を欺くため、まずは結界を張ることの出来る術者を探しているとのことでした。そこで花喃――姉を紹介したんです」
「それから昨日まで、結界を張った私の店の中で寝泊りしていただいていたわ。小さなお店で申し訳なかったけど、流石に日が出入りする度に変身する王子様を人の多い実家に泊めるには無理があったんですもの。
あと、邪眼返しの護符も身に付けていただいて、これであの黒魔道士の監視の眼を避けることが出来たわけ」
「花喃殿が湖の周辺を調べて回ったところ、清一色の術の存在が窺えた――つまり、儀式の妨害のため、既に何らかの手段を講じていたのは判ったが、その拠点となる場所は術の作用により視界からは隠されていた――そこで、機会を探り、内部から術の源を破壊することにしたのだ。侵入経路が見つかったのは、儀式の当日だったがな」
「その儀式の最中、見回りをしている僕の前に、羅昂王子が人の姿で現れたんです。
姫が人の姿を取っている時、羅昂王子は白鳥の姿、逆の場合もまた同様――つまり、その時刻に王子が人の姿をしているという事は、姫に清一色の手が及び、何らかの方法で白鳥の姿のままにされている証でした」
「ムシャムシャ・・・それで八戒、姫が偽者と摩り替わって礼拝堂にいるって・・・ムシャ、俺達を集めて・・・ムシャムシャ・・・明り取りの窓から攻撃させたんだな。王子も・・・ムシャ・・・ボーッとした感じだったし、八戒の言う通りだって、・・・ムシャ、俺思った」
「食うか喋るかどっちかにしろよ猿」
「俺猿じゃねぇ!」
「話が逸れる、黙ってろ。・・・八戒、続きを」
「地下通路を通っていた時、王子、貴方が背後に気配を感じたのは、羅昂王子が後から付けていらしたからです・・・見付かった場合はきちんとお話しようと思っていたのですが」
「その時は気のせいということになったもんだから、口を閉ざしたままでいたのか」
「先にも申し上げましたように、事実を知る人間は少ないほど良いので。
そして塔のあの部屋に入った時、僕は木戸と自分の身体を目隠しにして、清一色に見つからないように羅昂王子を部屋に入れました」
「あの魔道士、貴公らを混乱させるためか、妹の愚偶で茶番を見せていたが、その間に私は部屋の内側の階段を使って天井へと移動した・・・壁掛けが目隠しになり好都合だったわけだ」
「ここでも、羅昂王子が人の姿を保っているので、2人の姫がどちらも愚偶だという事はすぐに判りました。が、清一色の油断を誘うため、敢えて踊らされる振りをしていたわけです」
「・・・お前、貴族辞めて軍の参謀にでもなるか?」
「あはは、流石に家督を放棄するわけにはいきませんので。
でも実を言うと、羅昂王子に天井付近を捜索していただいたのは、塔の術の源を見つけるためだけで、シャンデリアを落とすのは計画に入っていなかったんです」
「・・・・・・何?」
「何となくですが、剣呑な気配を感じたもので、さり気なく天井を窺ったところ、羅昂王子がシャンデリアの金具を外そうとするのが見えたものですから、咄嗟にあんな出まかせを言ったんですよ。我ながら苦しかったですが」
言われてみれば、八戒の言葉に誘導される形で、三蔵王子は2体の愚偶から距離を置いたのでした。
そうでなければ、落ちてきたシャンデリアに巻き込まれていたでしょう。
その事に思い至り、三蔵王子の額を冷や汗が伝います。
「水晶玉と一緒に落とすことで結界の解除に気付かせなかったのも、本当のところ結果オーライみたいなもので、殆ど後付けの理由だったんですよ」
「・・・・・・羅昂、あんたとはいずれ決着を付けた方がいいようだな・・・」
「フン、あのような小細工に惑わされる方が悪い」
「羅昂、この方達がいらっしゃらなければ私達、ずっとあのままだったのよ?そのような意地悪を言わないで・・・」
「済まない、計都・・・」
「・・・やっぱシスコン・・・」
ドスッ
またしても羅昂王子の手から放たれた短剣が、悟浄の肩を掠めてソファの背もたれに深く刺さりました。
「相済まなかった八戒殿、話を続けられよ」
「いやこの場合俺に謝るべきだろ!?」
「悟浄、外交問題になりますから口を謹んで下さいって何度も言ってますよね?」
「悪いの俺かよ!?」
「煩ぇ、黙ってろ」
「まあ、後は皆さんもご存知の展開だったんで、申し上げる事はもうないんですが、流石に花喃があの場所に来ているとは知りませんでした」
「ふふ、実際、役に立ったでしょう?」
「そなたの力なくしては、妹は永久にあの隠し部屋に閉じ込められたままだっただろう・・・心より礼を言う」
「あら、恐縮ですわ♪」
「それよりよ、姫様、うちの王子との結婚はどうすんの?儀式は途中で潰れたし、どのみちあの儀式は呪いを解くためのものだから、もう一度やる必要はねぇだろ?」
「えぇ。仰る通りですわね」
「なら、改めて婚姻の儀を執り行いたい。
恐らく姫の国元は、清一色の術が解けた影響で一騒動起こっている筈だ。まずはその収拾をしなきゃならん・・・父王と叔母に掛け合い、可能な限り早く復興出来るように計らおう。
混乱が収まったところで、改めて正式な式を挙げようと思うのだが・・・」
「有り難うございます、王子様。
――ところで私、あの隠し部屋で、儀式の光景や塔の部屋の様子を、清一色の術で見せられておりましたの」
「・・・何?」
姫の言葉に、当時の状況を思い出した三蔵王子の顔が、一気に青褪めていきます。
「あの者の策略とはいえ、愚偶を抱きしめるなんて・・・少し、傷付きましたわ」
「いや、その、あれは、そのだな・・・」
「本人がこう言っているのだ、国の事も憂慮の種になっている故、疲弊した心身の療養のため、婚姻についてはこちらが申し出るまで無期限の延期、ということで了承いただきたい」
「無期限って、そりゃねーだろっ」
そうでなくても、姫に掛けられた呪いが解けた安堵から、すぐにでも自分のものにする気満々だったんだ――とは、口が裂けても言えませんでしたが。
「え、じゃあこの話、御破算?」
「んー・・・というより、これって姫様の可愛いやきもちでしょ。
それに故郷の国が落ち着くまでそれどころじゃないのは事実だし、まあちょっとした言い訳みたいなものよ、きっと」
「ムシャムシャ・・・大人って、ワケ解んねぇ・・・ムシャ」
――そうして。
三蔵王子の言葉通り、清一色の作った愚偶が崩壊し、操心術が解けたことで、計都姫の故郷は一時混乱に陥りましたが、帰国した双子の王子と姫、そして周囲の国々の尽力により、復興するまで半年とかかりませんでした。
その後、改めて三蔵王子は計都姫に求婚し、翌年盛大な式が挙げられたのです。
王子が国王となり、更に年月を経て子供に王位を譲ってからもずっと、
ちょくちょく小舅との小競り合いはあったものの、
2人は互いに愛し合い、末永く幸せに暮らしたのでした――
|
―了―
|
あとがき
これでハッピーエンドですよね?ハッピーエンドですよね?(笑)
原典でも、王子がオディールを(悪魔の計略で)オデットと思い込み、自分の婚約者だと公表してしまう様子を、本物のオデットが別の場所から見ていてショックを受けるシーンがあるんです。なので、この作品でも三蔵様が偽者に惑わされる様子を姫が見ていた設定に。
っていいますかこの頁、終始八戒さんが出張っていて、三蔵様ファンの方々には大変申し訳なく(平謝)。
こんな拙い話ですが、お付き合い下さり有り難うございました♪ |
読んだらぽちっと↑
貴女のクリックが創作の励みになります。 |