Schwanensee





 目の前にはこちらに向かって銃を構え、感情の窺えない眼で標準を合わせる三蔵王子。
 その背後には、形勢逆転にほくそ笑む清一色。
 このまま自分達は王子に殺され、この国は清一色によって支配されるのか、
 絶体絶命の状況に悟空が目を瞑った時、



 ドスッ
 ガシャン



「「「・・・・・・?」」」

 銃声とは異なる音に、悟空が恐る恐る目を開くと、そこには二の腕から僅かに血を流し、痛みに銃を取り落として顔を歪める三蔵王子と、

「な・・・に・・・・・・?」

 胸に、矢が突き立てられた清一色。

「策に溺れたのはお前の方だ、清一色」

 悟空達の背後、やや上の方から、涼やかで通りの良い声が聞こえてきました。

「お前は我々が羽を休める場所にこの湖を選んだのを知り、密かにこの塔を建てた・・・真実の愛で呪いを解く者が現れた時、すぐに行動に移せるように。
 そうしてこの塔から我々を看視し、この国の王子が妹に求婚した事を知ると、早速計画を実行した・・・妹をこの塔に幽閉し、愚偶を使って儀式を潰しただけでなく、王子をこの塔に招き寄せ、王子を操ることでこの国すらも支配しようとした・・・
 だが、お前はたった一つ、重要な事を忘れていた。
 『片方が人の姿をしている時、もう片方は白鳥の姿となる。
 千の昼と夜を繰り返しても、互いが人の言葉を交わすことはない』
 ――お前自身が、我々兄妹に掛けた呪いは、未だ効力を失っていないという事をな」

 語りながら部屋の内壁を伝うように造られた階段を下りて来たのは、灰色のフード付きマントを身にまとう人物。
 その手に弓が握られているところからすると、この人物が三蔵王子の腕を掠めて清一色を射抜いたのでしょう。

「あんた・・・まさか」

 悟浄の言葉に、その人物はフードを外しました。
 フードの下から現れたのは、灯明を受けて真珠色に輝く長い髪。
 陽光の下では銀色に煌くであろうその髪の持ち主は――

「ク・・・ククク・・・姫が求婚を受けたと同時に姿をくらましたものですから、呪いが解けると信じて自分の国に戻ったと思いましたヨ・・・まさか、この場にいたとはネ・・・」

 計都姫と同じ銀の髪に(あお)い瞳。
 悟浄達の前に立つこの若者こそ、計都姫の双子の兄である、羅昂王子なのでした。

「万が一にもそこの王子が妹を見つけないよう、妹や侍女達に術具を付け、人の姿に戻らない細工を行った。が、そのお陰で私はこうして人の姿を維持出来た・・・水晶玉を探し当てたのも、シャンデリアを落としたのも、この私だ」

 羅昂王子が話し終えた後、僅かな間沈黙が訪れましたが、それを破ったのは、

「・・・クク・・・ククク・・・愉快ですねェ、我の掛けた呪いが、我の首を絞めるとは。
 いずれこの身体が老いた時に利用出来ると踏んで、殺さずにいたのが仇になりましたか・・・ククククク、ハハハハハ・・・」
「・・・あぁ、マジ笑えるぜ」

 可笑しくて堪らないと言わんばかりの清一色の甲高い笑い声と、それは対照的に、台詞とは真逆の地を這うような低い声。
 八戒によって腕の応急処置を施された王子が、据わった眼で清一色を睨み付けます。
 その瞳は煌きを取り戻し、術から完全に解放されたのが窺えます。

「貴様は己の術を悪用して一国を乗っ取り、何の罪もねぇ姫達を国から追い出しただけでなく、汚ぇ手を使って俺を姫から引き離そうとし、更にはこの国までも手に入れようとした・・・貴様だけは絶対に赦さねぇ」
「!・・・お待ちなさ・・・っ!」



 ガウンッ



 たった一つ発射された弾丸は、清一色の眉間に過たず命中しました。
 大陸一と呼ばれた魔道士の、あっけない最期でした。








「――吐け、洗いざらい吐け」
「王子・・・他国の王族の御前ですよ?もう少し口調を改めてはいただけませんか?」
「ハ、さっきから山ほど喋ってんだろうが、今更だろ」
「私の事は構わない。それより妹の身が心配だ」
「・・・あんたひょっとしてシスコン?」



 ドスッ



 何処に隠し持っていたのか、悟浄の頬を掠めて後ろの扉――最初に入ってきた――に当たったのは、細身の短剣。

「っぶねーなっ!」
「悟浄、うちの王子と同じ感覚で話さないで下さい。とにかく羅昂王子の言う通り、姫の保護が先です。きっとこの塔の何処かに閉じ込められているのでしょうが・・・」

 思案顔で八戒が呟いた時、



 コンコン



「・・・・・・へ?」
「今、ノック聞こえなかった?」
「こちらの扉ではなかったが?」
「つーかそっちの扉は地下通路としか繋がってねぇし、地下通路は清一色が封じたんだろうが」
「っていいますか、むしろあちら側から聞こえたような・・・」
「皆、ご苦労様ー♪」

 三蔵王子達が入って来た扉とは逆の壁、
 タペストリーに隠れた別の木戸から、何とも場違いな弾んだ声と共に、白い外套に身を包んだ亜麻色の髪の女性が入って来たのです。

「花喃・・・え、ちょっと待って下さい」
「花喃って、じゃあこのヒトが八戒の姉ちゃん?」
「・・・似てるような、似てねぇような」
「オイここ塔の上じゃねぇのか?」
「んー?まあ塔の中というのは間違いじゃないけど?ほら♪」

 そうやって今しがた入って来た扉を大きく開けて見せると、その向こうには紛う事なく黒々とした地面と、その先には鏡のような湖面が。

「・・・どゆこと、コレ?」
「つまりね、塔に施されていた術ってのは、塔を周囲の眼から隠すだけでなくて、地下通路からこの部屋までの高さを錯覚させるものでもあったのよ。実際には貴方達は湖の深さの分+α程度上っていただけ」
「じゃああんだけ階段歩いたのって殆どが錯覚だったってのか?散々歩いたせいで無駄に腹減ったじゃん、損した〜!!」
「手前は黙ってろ」
「それより花喃、肝心の姫君の所在が分からず・・・」
「まーったく、八戒ってば、肝心なところでお馬鹿さんなんだから。
 いいこと?術が仕掛けられている場所には、必ずそれなりの理由や原因があるの。この場合、地下からこの部屋までの部分――つまり、この床の下よ」
「!・・・・・・じゃあ・・・」
「私の見たところ、そこの祭壇のような石の台が怪しいわね」
「!・・・悟空、あと一仕事したら別荘の食料好きなだけ食わしてやる。あのシャンデリアと石の台を動かせ!」
「マジ!?やるやる!」

 『別荘の食料好きなだけ』という三蔵王子の台詞は効果覿面で、
 その小さな身体の何処にそれだけの力があるのか、通常の大人でも動かすのに苦労しそうな石の台を、悟空はたった一人でものの見事に動かしてみせたのです。
 あらわになった床面の一ヶ所を、花喃が指差しました。

「ほらご覧なさい、魔法文字よ」

 器物や建物の一部、地面などに刻まれた魔法文字は、その多くが、術者が死んでも効力が維持されるようにできています。
 その代わり、その方面の能力に長けた者であれば、解呪は可能なのです。
 程なくして花喃の手により床石に施された術は解かれ、現れた隠し部屋に捕らわれていた一羽の白鳥が見つかりました。
 頭の頂に輝く金のティアラが、その白鳥が計都姫である証です。
 花喃が首輪に刻まれた魔法文字に指を添え、解呪の呪文を唱えると、繋ぎ目のない首輪は真っ二つに壊れ、ほとばしる光が白鳥の体を包み込みます。
 光がフェードアウトした後には、三蔵王子が求めてやまなかった姫の姿が――

「計都姫――・・・」
「計都!」

 感極まって姫を腕に抱こうと近付いた三蔵王子ですが、それより早く――というより三蔵王子を押し退けんばかりに羅昂王子が姫に駆け寄り、その手を取ったのです。

「羅昂・・・!」
「辛かったろう、計都・・・だがもう案ずる事はない」
「羅昂・・・私達、やっとあの魔道士から解放されたのね・・・!」

 長きに亘り、言葉を交わすことの許されなかった双子の兄妹。
 忌まわしい呪いから解き放たれた喜びに、しっかと互いの手を握り締めます。
 その、幸せに満ち溢れる空気の外では、

「止めんじゃねぇ八戒、あの野郎、一度シメる!」
「ですから外交問題になりますってば。ここは我慢して下さい」
「まー三蔵サマの気持ちも解らんでもないけどよ。これって小舅問題?」
「なーなー、早く別邸(むこう)に戻ろうよ、俺もう腹減って腹減って」
「・・・大丈夫なのかしら、この国?」

 ――完全にお株を奪われた三蔵王子が羅昂に食ってかかろうとし、それを八戒が必死で止める光景が繰り広げられたのでした。

「あ・・・・・・」

 何かに気付いたような計都姫の声。
 先程花喃が開け放った塔の入り口の向こう、東の空が白み始めようとしています。
 長かった夜が、明けようとしているのです。
 朝日を身に浴びても、もう姫の姿は白鳥にはなりません。
 姫の目に、喜びの涙が溢れます。
 陽の光を反射しながら白磁の頬を伝うそれは、まるで真珠のように美しく、
 誰もが言葉を失い、しばしその儚い宝石に見入るのでした――







原作では眉間を撃ち抜かれてもピンピン(?)してらした殿下ですが、この話では一応生身なので。
ただ裏設定として、自身の身体が老いると、若くて魔力を受け入れやすい身体に乗り換えるという術で、200年以上生きており、羅昂王子は次の『器』候補だったのです。計都姫はその際の人質用。
終盤、姫の方に悪気は欠片もありません。が、羅昂王子の方は悪気120%(爆)
これでほぼ大団円ですが、要所要所疑問が明かされていないので、疑問解決という名の伏線収拾が次頁に。
あと少しだけお付き合い下さいませ。







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