Schwanensee





 頭の頂から爪先まで、寸分違わずそっくりな姫が、祭壇のような石の台の上に並んで寝かせられているのを見て、流石の王子も驚きを隠せません。
 そんな王子達の様子を、清一色はさも嬉しそうにニヤニヤと眺めています。

「このうち1体は、愚偶というわけか・・・」
「ククク・・・我は慈悲深いですからネ、チャンスを差し上げましょう。
 ご覧の通り、ここにいる姫は、薬により眠りに就いています。放っておけば、そのまま黄泉の国へと旅立つ、深い深い眠りに。
 それを覚ますための解毒剤はホラ、これですヨ」

 そう言うと、懐から小指程の大きさの小瓶を取り出しました。

「但し・・・この瓶の中には、1人分の量しか入っていません。
 この量を2人に分けても、効果は得られず、2人共死に至るわけです・・・ククク・・・」
「ということは・・・」
「さァ、これを貴方に差し上げます。本物と思う方にその解毒剤を飲ませなさい」

 清一色の思惑を知り、4人の表情が強張ります。
 もし間違って愚偶に解毒剤を与えてしまうと、本物の計都姫は二度と助からないのです。

「このサド野郎、きったねーぞ!」
「本当、いやらしい人ですね・・・」
「ククク・・・何とでも言えばイイですヨ。選択の自由は与えているのですから、間違わなければいいだけの話・・・ククク・・・」
「うわ、気色悪っ」
「下衆が・・・」

 渡された小瓶を握り締め、尚もニヤニヤと笑う清一色を横目に睨み付け、三蔵王子は2人の計都姫の傍に立ちました。
 眠っているためその美しい瞳は見ることが叶いませんが、銀糸の髪も、透き通るように白い肌も、何一つ違いは見られません。
 頬や手に触れてみても、そのしっとりとした柔らかさはどちらも同じように感じられます。

 クソ、どっちだ?

 苛立った時の癖で頭を掻き毟る王子に、話し掛けたのは、八戒。

「王子。恐れながら、間近で比較なさっても、この者が作った愚偶は精巧である故、違いを見つけるのは困難かと・・・むしろ離れた所から受ける印象で比べてご覧になっては如何でしょう?」
「・・・・・・?」

 その言葉に何か含みを感じた王子は、疑問に思いながらも数歩下がりました。

「ククク・・・無駄なことを・・・」

 清一色が、尚も癇に障る笑い声を立てたその時、



ジャラン



 遥か上方で重い金属音がしたかと思うと、



 ガッシャ――――ンッ



「姫っっ―――!?」

 大音量と共に天井から落下した何かが、2人の計都姫を直撃したのです。
 飛び散る細かい石や金属の破片から身を守るため、誰もが咄嗟に腕で顔を庇います。
 落ちてきたのは、天井に吊り下げられていたシャンデリア。
 相当な重量があると思われるそれが計都姫を押し潰すという無残な光景に、搾り出すような声を上げた王子ですが、

「これ、は・・・?」

 目の前の状況に違和を感じ、眉を顰めたのも束の間、すぐにその正体に思い至りました。

「クッ・・・!」

 王子が真相を知った事に気付いたのでしょう、清一色は、憎々しげな声を洩らすと、身を翻して逃走を図ろうとしましたが、素早く状況を悟った悟浄・八戒が剣を、悟空は棍棒を構え、それを阻みます。
 3対の鋭い視線に気圧されるように後ずさる清一色ですが、更に背後から、前方のそれを上回る殺気を感じ、首だけを廻らせると、

「よくもこの俺を陥れようとしたな・・・その度胸だけは褒めてやる」

 百獣の王を思わせる低い唸り声を上げ、銃を向けながらその間合いを詰めて来る三蔵王子。
 紫水晶を思わせる紫暗の瞳は、今は怒りを帯びて紫の炎のように煌いています。

「愚偶2体を前に手をこまねいている俺の姿を見て楽しむとは、イイ根性してやがる」
「・・・片方が本物、とは我は一言も言ってませんからねェ・・・ククク・・・」
「イイ性格でもあるか・・・このクソ野郎が」

 そう。
 横たわっていた2人の計都姫は、どちらも愚偶だったのです。
 その証拠に、シャンデリアが落下した場所には、血肉はおろか骨の一欠片もありません。
 石の台やその周囲に飛び散った土くれが、そこにあったのが愚偶だと示していました。

「クク・・・見破られることはないと踏んでいたのですが・・・我の計算違いですネ」
「貴方は自分の術に慢心した・・・その驕りが仇となったんですよ」

 自嘲気味に笑う清一色の言葉に答えたのは、三蔵王子ではなく八戒。
 その言葉に、王子はほんの少し眉を上げましたが、再び目の前の魔道士を睨み付けます。
 一歩踏み出し、銃口の標準を合わせた時、それを制するように、清一色が言いました。

「お待ちなさい。この塔は、我の張った結界により、外界からは見えないように出来ているんですヨ?そしてそれは、我が死んでも効力を失うことはありません。
 貴方達が入って来た地下通路は、貴方達がこの部屋へ足を踏み入れた時点で既に封鎖済み・・・つまり、貴方達が我を手に掛ければ、それと同時にこの塔の中で干からびる運命が決定するわけですヨ・・・ククク・・・」

 切り札をちらつかせる清一色ですが、それに返されたのは、八戒の嘲笑。

「先程言いましたよね?その驕りが仇となった、って」
「何・・・?」

 訝しげに八戒を見やった清一色ですが、やがてハッとした表情でシャンデリアの残骸に視線を向けました。

「地下通路を通ってこの塔まで来た時、気付いたんですよ。
 この塔は、湖の中の小島に建てられている。けれど、外からは見えないよう、何らかの術が施されていると。
 天井近くに仕込まれていた水晶玉、それがこの塔に掛けた魔法の源ですね?
 あの高さから落としたんです、流石に復元の余地はありませんねぇ」
「・・・・・・!」

 大きなシャンデリアが派手な音を立てて床に叩きつけられれば、如何に清一色といえども動揺を禁じ得ません。
 そのタイミングで水晶玉が破壊されれば、塔に施した術が解けた事に気付きにくくなる、全て計算され尽したかのようなその行動に、清一色の額に汗が滲みます。

「クク、ククク・・・思ったより賢い方々だ・・・
 仕方ありませんネ、本来なら絶望の底に堕ちる顔を拝んでからにしようと思ったのですが・・・」
「―――っ!?」
「王子!」

 八戒が叫ぶより早く、三蔵王子をひたと見つめる清一色の目が怪しく光りました。

「テメ、王子に何すんだよっ!」

 咄嗟に悟空が棍棒を振りかぶりますが、

「!?っ」

 目の前の光景に、その身体が止まりました。
 清一色を庇うように身を投げ出したのは、なんと三蔵王子その人。
 先程まで怒りに燃えていた紫暗の瞳は表情が消え、濁ったガラス玉のようです。
 清一色に向けられていた銃口は、今は悟空に標準が合わせられており、少しでも清一色を攻撃する素振りを見せれば、その指は躊躇いなく引き金を引くでしょう。

「ククク・・・貴方達も策に溺れていたというところでしょうか。我が人のココロを操ることが出来るのを姫から聞いていたでしょうに、すっかり忘れていたでしょう?」
「「「・・・・・・」」」

 返事はありませんが、沈黙は肯定の意味でした。

「おいどーするよ、八戒?」
「術に掛かって間もない状態なら、痛みなどで意識を取り戻させることは可能でしょうが・・・」
「痛みっつったって、俺ら三蔵サマに手ェ上げたら、下手すりゃ極刑だぜ?」
「で、でも、このままじゃ王子が・・・」
「ククク・・・少々脱線などしましたが、概ね計画通りですネ。
 本来ならば、王子をこの塔に閉じ込め、我の愚偶とすり替えることでこの国を我が手中にと考えたのですが、王子自身を操るのもまあ同じ事でしょう・・・
 我の計画を邪魔しようとした罰です、貴方達は、主君の手により黄泉の国へと旅立ってもらいましょう・・・ククククク・・・」







原作清一色編では八戒さんが操られそうになっていたのですが、同じ事をしても芸がないので別の面子に操られてもらうことに。ということで(どういうことよ)最初は悟浄にしようかと考えたのですけど、他のメンバーに躊躇いなく瞬殺されそうになったので、慌てて三蔵様にした次第(滝汗)。







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