ハッピーエンドになる人魚姫の話(笑)







 昔々、青き海原の底深くに、人魚の住処がありました。
 数多の人魚を統べる人魚の王様には、6人の娘がおりました。
 皆非常に美しい姫君なのですが、統治者の娘としての自覚からか、なかなかどうして逞しい根性の持ち主ばかりなのです。
 長女は長く美しい金髪と艶やかな唇を持ちつつも、その頭脳と剣の腕で、女だてらに近衛隊長の地位に就く猛者。
 次女は黒髪に切れ長の目の涼しげな顔立ちでありながら、素手で鮫の目を潰した経歴の持ち主。
 三女は鮮やかな金髪と弱い者への自愛の心を持ちつつも、そのずば抜けた視力と銛の腕で海底の無法者を退治する近衛隊のナンバー2。
 四女はストレートの栗色の髪が柔らかい印象を与えるものの、実は腕っ節は次女に継ぐ強さで、更に異種族とも会話が出来てしまう特技の持ち主。
 五女はウェーブのかかった長い亜麻色の髪が目を引く、姉妹の中で最も愛らしい容姿の持ち主でありながら、実は右に出る者がいない程の毒舌家。
 そんな規格外な姉君達に囲まれて育った末娘の計都(けいと)は、髪はどの姉君とも異なる銀の髪で、目は海の底の如く深い(あお)、誰よりも白く透きとおった肌を持つ、それはそれは美しい姫でした。
 美しいのは見た目だけではありません。
 竪琴の腕前もまた非常に素晴らしく、その音色を聞けば恐ろしい鮫や海蛇すら大人しくなると噂される程なのです。
 それでも計都は驕ることなく、美しくも逞しい、頼もしい姉君達に見守られ、一人前の大人となるべく日々を過ごしておりました。
 人魚達の間には、ある鉄の掟があります。
 『15の誕生日を迎えるまでは、海の上に出てはいけない』
 地上に住む生き物は、人魚にとって敵である事が多いため、経験の浅い人魚が海の上に出ると、それらによって捕らえられたり、傷つけられたりしてしまいます。
 そのため、人魚は周囲の大人から充分に教育を受け、15歳になると晴れて大人の仲間入りをし、海の上に出る事を許されるのでした。
 6人の姫君達の中で、15になっていないのは計都一人。
 姉君達の武勇伝を聞きながら、その日が来るのを今か今かと待つのでした。








 そして待ちに待った15歳の誕生日。
 父王や姉君達から(本人達にとっては)暖かな祝福を受け、計都は心を躍らせながら海の上へと泳いで行きました。
 水面に顔を出して初めに見たのは、藍色の空に浮かぶ真珠色の満月。
 人魚の住む海底まで月光が届くのは一月のうちほんの数日、それも波間に揺れて幾筋にも分散されるので、海面に上がることの出来ない若い人魚達にとっては『海面が昼のように輝いている』という認識だったのです。
 なので、その光の正体を知った計都は、非常に驚きました。

「あんなに高い所から、ここまで光が降り注ぐのね・・・」

 更に周囲を見渡すと、少し離れた波間に、帆船が見えます。
 人間が海を渡る時に用いる乗り物だと教わっていた計都は、少しの怯えと、そしてそれを上回る好奇心を抱え、帆船に近付きました。

「まあ・・・何て大きい・・・」

 自分の住む城に負けずとも劣らぬその大きさに、圧倒されます。
 それもその筈、この船は、とある大国の王室が所有する、世界一とされる帆船だったのです。
 船窓から中を覗くと、そこでは着飾った人間達が、音楽に合わせて踊ったり、食事をしたり、飲み物を片手に談笑したり、皆楽しそうな一時を過ごしています。

 パーティーをしているんだわ・・・何てたくさんの人達・・・それに、燐光虫もヒカリゴケもないのに、とても明るいのね。

 人間は炎を自在に持ち運ぶ術(ランプ等)を発明し、それによって暗い夜でも外に出ることが出来ると、姉君達から話に聞いてはいましたが、実物を目にして、その予想以上の明るさに目が眩みそうになります。
 海底では、発光する動植物やプランクトンを集めて灯り代わりにしているので、ここまで眩しさを感じることはありません。
 と、計都は、自分が覗き込んでいる窓の方へ歩み寄る人影に気付き、慌てて窓際から身を引き、死角になる位置で様子を窺いました。
 窓に顔を向ける形で立ったのは、船にいる人間の中でも一際立派な服をまとった若者です。

 きっと、とてもご身分の高い方なのだわ・・・

 人魚達が貝殻や真珠などの装飾品で地位を表すように、人間達は身体を覆う衣服で身分の高さを示すと聞いていた計都は、この若者が、非常に身分の高い人物だと推察しました。
 目を引くのは、衣装だけではありません。
 広間の光を受けて輝く金の髪、紫水晶のような高貴な色の目、
 まるで、金銀財宝で飾った彫像のような美しさに、眼を奪われそうになります。
 ですがその顔付きは、他の人々とは違い、お世辞にもパーティーを楽しんでいるようには見えません。
 訝しく思って見ていると、若者が窓辺にいるのを見つけた人物が数名、声を掛けながら若者の傍に歩み寄り、若者を窓から引き離すように背を押しています。
 どうやら若者を人の輪の中に戻そうと促しているようで、若者は無表情でそれに従い、窓際から離れて行きました。
 別の窓から彼の姿を見ることは出来ないだろうかと、船の周りを泳いでみましたが、既に若者は大勢の人達に囲まれてしまい、見つける事は叶いませんでした。
 仕方なく船から離れた計都は、渡り鳥が月明かりの中広い海原を渡る様子や、トビウオが海面上を滑空する様子を眺めていましたが、それでも心の片隅には、あの美しい若者の姿がこびり付いて離れません。
 そうしているうちに、視界が暗くなってきている事に、計都は気が付きました。
 月が明るさを失ったのかと思い空を見上げますが、眼に入ったのは先程と同じ明るさの月と、それを隠しつつある黒い雲の塊。
 見る間に月は雲に覆われ、やがて頭上から水滴が落ちてきました。

「これが・・・雨・・・」

 雨は次第に強さを増し、風も音を立てて吹き付けます。
 嵐が来るのです。
 急に若者の乗る船の事が気になった計都は、大きな尾びれを翻して船の方へと戻りました。
 果たして、あの大きな帆船は、波のうねりに翻弄され、大勢の人間が怒号のような声を上げて必死で船を操作しています。
 先程まで明るかった船内の広間は、今は照明を落としたのかほぼ真っ暗です。
 と、人々の中に夜目にも目立つ金色を見つけ、計都の胸が高鳴りました。
 甲板の端に立ち、人々にあれこれ指示を与えている若者。
 先程とは違い軽装になっていますが、それでも品の良さが窺えます。

「早く帆を畳め!どんどん風が強くなってきているぞ!」
「王子、ここは危険です!船室にお戻り下さい!」
「馬鹿か、俺はこの船と船員船客全てを守る義務があるんだ、女子供みてぇに部屋の隅で震えてろってのか!」

 船員らしき男と言い合っているのが聞こえます。
 どうやら若者は、どこかの国の王子でいらっしゃるようです。
 見た目に反してやや粗雑さの感じられる口調ですが、どこか親しみやすさすら感じられます。

 ・・・話し方は四の姉様が怒った時に似てるかも。

 海の底で栗色の髪の人魚がくしゃみをしたようですが、それはまた別の話。
 そうこうしている間にも、天候はどんどん悪化し、強くなる雨と風と波が、船を襲います。
 強い海流に身を任せる遊びで楽しむ人魚は荒ぶる嵐に心浮き立ちますが、人間の方はそうもいかないようです。
 船の上は更に騒がしくなり、時折甲板から荷物が落ちてきます。
 生き物の動作の速さ、物が下に落ちる速度の違い一つとっても自分が生きる海底の世界とは全く違う事に、計都が食い入るように見ていると、

「王子、王子ーっ!!」

 悲鳴のような声が計都の耳に入ったかと思うと、



 ザバーンッ



 計都の居場所から少し離れた先に、大きな水飛沫が上がりました。
 飛沫が上がる直前、計都の眼に入ったのは、あの金糸の髪。

 王子様が、海の世界にいらして下さるのだわ。

 一瞬、計都の表情が明るくなりましたが、すぐに思い出しました。
 ヒトは、水の中では長く生きられない事を。
 つまり、王子は自分から海に入ったのではなく、船外に投げ出されたのです。

 お助けしなくては・・・!

 波を掻き分けて水飛沫の上がった辺りまで移動すると、水面や水中を探し回りました。
 すると、水の中、海底へと沈みかけた王子の姿が見えるではありませんか。
 船内にいる時に垣間見えた美しい紫暗の瞳は、今は力なく閉ざされた瞼の下です。
 船から転落する際、どこかを打って意識を失っているようでした。

 まずは水面の上に・・・船の上の人が見つけてくれればいいのだけど。

 木切れやロープ、箱や袋状の物――船員達が船体を軽くするために、あらゆる船の荷を海に投げ捨てた――が散乱する中、それらで体を傷付けないよう注意しながら王子の下へ近付くと、その胴に白い腕を回し、抱えるようにして水面に上り、顔を出させます。
 そして先程の船を捜しましたが、

 ・・・あぁ・・・どんどん遠ざかってしまうわ・・・

 船員の操縦によるものか、それとも嵐で流されているのか、
 城のように大きな船は、今は風と波の狭間で大きく揺れながら、自分達のいる場所から見る見るうちに離れていきます。
 近付こうにも、先程船から投げ落とされた荷らしき物が水面にも散乱し、無理に進もうとすると自分だけでなく王子にも傷を負わせかねません。

 陸へ・・・ヒトの住む地へ、向かいましょう・・・

 それは、今日始めて海の上に上がった計都にとって、危険極まりない判断でした。
 陸地に辿り着いた時、そこにヒトがいれば、自分は捕らえられたり、傷つけられたりする恐れがあります。
 下手をすれば、命を落とすかも知れないのです。
 ですが、腕の中の王子の事を思えば、そのような危険など、考える暇もありません。
 海底で教わった海と陸地の位置を思い出し、計都は銀の尾びれで波を叩きました。








 荒れた海の波間をヒトを抱えて泳ぐのは、水中を自由に泳ぐのとは訳が違い、計都が海岸へと到達したのは、もう夜明けになってからでした。
 王子の様子が心配でしたが、どうやら浅いながらも息はあるようで、計都はホッとしました。
 ですが、安心ばかりもしていられません。
 日が昇るということは、人々が眠りから覚め、活動を始めるという事です。
 急いで砂地に王子を横たえると、計都は周囲を見渡しました。

「あ・・・!」

 海岸の向こう、崖の中腹が削られてできたらしい道を、2人の人影が歩いています。
 崖は海岸に続いているので、左程経たないうちに王子の存在に気付くでしょう。
 計都は慌ててその場を離れると、岩場の影に隠れました。
 波が岩に打ち付けられてできる泡で長い髪を隠し、波間からそっと様子を窺います。

「まぁ、あそこ、ひょっとして人が倒れているのでは?」
「大変!如何致します、八百鼡様?」

 予想通り、2人の人物は王子に気付いたようで、慌てて駆け寄ってきました。
 顔貌からして、ヒトの女性のようです。
 女性達は王子を波打ち際から引き離すと、介抱を始めました。
 そして2人のうち1人が、元来た崖の道へと走っていきます。
 きっと、人手を集めに行ったのでしょう。
 もう大丈夫、そう安堵する一方で、計都の心に暗い影が差します。

 私には、あのように陸の上を走る足が無い・・・







今のところは割と原典遵守。ええ今のところは(笑)
ハッピーエンドと先に言ってる時点で、アレンジしまくりなのは見え見えですが(^_^;)
この話で一番力を入れたのが、つわもの揃いのお姉様方(爆)。
後日種明かしをするつもりですが、皆様お判りでしょうか?







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